Properties & Sights

構成資産・みどころ一覧

(古都奈良の文化財)

春日大社

Kasugataisha Shrine
春日大社
古くから神が宿る山として人々の信仰を集めてきた春日山(御蓋山)の西麓に、春日大社は鎮座しています。国家鎮護の社として創建された春日大社は、山も含めると約30万坪(約100万㎡)にも及ぶ神域を有しています。その起源は、8世紀に武神として崇敬される武甕槌命が白鹿に乗って御蓋山に降臨したという伝承にあります。春日大社は藤原氏の氏神を祀っていることから、藤原氏や朝廷の篤い崇敬を受けて栄えました。平安時代に神仏習合思想が広まると、藤原氏の氏寺であった興福寺と一体化し、さらなる発展を遂げました。現在、毎年1月2日には、興福寺の僧侶が春日大社に参詣する社参式が行われており、神仏習合時代の神前読経の歴史を今に伝える行事となっています。
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春日山原始林

Kasugayama Primeval Forest
春日山原始林
奈良市の市街地東方に位置する春日山原始林は、春日大社の神山・御蓋山の後方に広がり、美しい稜線を形成している緑豊かな森です。ここは841年に仁明天皇の勅命により狩猟と伐採が禁止され、春日大社の神域として守られてきました。常緑のシイやカシなどの照葉樹林が広がるなかに、「春日杉」と呼ばれるスギやモミ、ツガといった針葉樹、ツル性植物やシダ植物など、約800種もの植物が生育しています。また、メタリックブルーの体をもつルリセンチコガネをはじめとする昆虫類、さまざまな野鳥、シカやムササビなど哺乳類の住処でもあります。市街地に隣接しながらも原始的な姿を保っているこの森は、その貴重な植生が評価され、1924年に天然記念物、1955年には特別天然記念物に指定されました。
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元興寺

Gangô-ji Temple
元興寺
元興寺は、蘇我馬子が6世紀に創立した日本最初の本格的寺院である飛鳥寺(法興寺)を起源としています。平城京遷都に伴って飛鳥から移転し、そのしばらく後に造営が始まり、8世紀後半にかけて大伽藍が整えられました。朝廷の保護を受けた南都七大寺のひとつとして発展し、三論・法相(ほっそう)など教学の中心となりました。現在、市内中心部で町家が軒を連ねる「ならまち」として親しまれる一帯は、奈良時代にはほぼ全域が元興寺の境内でした。広大な敷地には金堂や講堂、五重塔などが立ち並び、南都を代表する大寺院として隆盛を誇りました。しかし、律令国家の衰退によって、経済的基盤を失い、元興寺は徐々に凋落の道をたどりました。
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興福寺

Kôfuku-ji Temple
興福寺
法相宗の大本山である興福寺は、その前身である「山階寺」が669年に造営されたのが始まりです。これは、藤原鎌足が大病した際、妻である鏡女王が夫の回復を祈願し、釈迦三尊や四天王といった諸仏を安置するために建てたものと言われています。のちに飛鳥の「厩坂寺」を経て、平城遷都に伴い平城京に移されて興福寺となりました。ここは藤原氏一門の氏寺ですが、主要堂塔の建立の発願は、天皇や皇后によるものが多いことが特徴です。平安時代以降は再三の火災に見舞われながらも、その都度復興を遂げてきました。そうした背景には、藤原一族の強大な権力がありました。
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東大寺

Tôdai-ji Temple
東大寺
「奈良の大仏」で知られる東大寺は、1,300年近い歴史をもつ華厳宗大本山の寺院です。東大寺という名称は、平城京の東方に建てられた官大寺であることに由来します。創建当時、平城京では政変や反乱、自然災害などが相次ぎ、疫病も流行っていました。聖武天皇はそうした社会的不安を仏教の力で鎮めようと全国に国分寺の建立を命じました。その頂点に立つ総国分寺として位置づけられたのが東大寺です。生きとし生けるすべてのものの幸福を願いつくられた大仏は、752年に開眼供養会が盛大に営まれました。高さが約15mという世界最大級の金銅仏である大仏とそれを安置する大仏殿の造営には、延べ260万人もの人々が関わったと伝えられています。なお、大仏は正式には「盧舎那仏」もしくは「毘盧遮那仏」と言います。
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薬師寺

Yakushi-ji Temple
薬師寺
法相宗大本山である薬師寺は、680年、天武天皇が皇后の病気回復を祈念して発願したのが始まりです。当時の都・藤原京に造営されますが、その後、皇后は回復し、完成を見る前に天武天皇のほうが病に倒れてしまいます。亡き夫の意志を継いだ皇后は持統天皇となり、伽藍を完成させました。その後の平城京遷都に伴って、718年、現在地に移されました。金堂より手前に東西に2基の塔が並び立つ「薬師寺式伽藍配置」は、日本初の伽藍配置です。これら堂塔の各層には「裳階」と呼ばれる庇状の構造物がつけられており、その華麗な姿は「龍宮造り」と称えられました。なお、藤原京での創建時の薬師寺は、本薬師寺跡として国の特別史跡に指定されており、当時の伽藍を記憶する礎石が残されています。
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