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グリーニッケ宮殿
Glienicke Villa / Schloss Glienicke
ベルリンの「グリーニッケ宮殿」は、木々が生い茂る丘からハーフェル川へと緩やかに広がる緑地にあります。この地にはもとは、造園家ペーター・ヨーゼフ・レネが、前の所有者であるカール・アウグスト・フュルスト・フォン・ハルデンベルク侯爵のために手がけた見事な庭園が広がっていました。1823年、初めてのイタリア訪問からベルリンへと帰国した当時21歳のプロイセンのカール王子は、砂だらけで不毛なこの土地に南国を思わせるイタリア風別荘を建てるという夢を抱き、それをこの地で実現させたのです。1824年、建築家カール・フリードリヒ・シンケルの設計により、グリーニッケには、宮殿やカジノ、大小の東屋(ノイギーアデ)といった古典主義的な建物が古代様式で建てられました。調和を重んじて建てられた建物と、カール王子が熱心に収集した数多くの古代芸術品は、この宮殿に地中海地方を思わせるたたずまいをもたらしています。
サンスーシ宮殿
Schloss Sanssouci
シャルロッテンホーフ宮殿
Charlottenhof Villa / Schloss Charlottenhof
新宮殿(ポツダム)
New Palace / Neues Palais
ツェツィーリエンホーフ宮殿
Schloss Cecilienhof
バーベルスベルク宮殿
Babelsberg Palace / Schloss Babelsberg
ハーフェル川のほとりには、イギリスのネオ・ゴシック様式で建てられた「バーベルスベルク宮殿」があります。1833年から1835年にかけて、建築家カール・フリードリヒ・シンケルが設計した最初の宮殿は、小さなコテージほどの大きさでした。しかし、1840年にヴィルヘルム王子がプロイセン王位継承者に任命されて職務が増えると、宮殿は1844年から1849年にかけて拡張されることになります。この拡張工事は、建築家ルートヴィヒ・ペルシウスとヨハン・ハインリヒ・シュトラックが手がけました。ヴィルヘルムとアウグスタ夫妻は、この宮殿の設計と家具選びに積極的に関わります。1860年代から1880年代にかけて、バーベルスベルクはプロイセン政治における最も重要な中心地のひとつとなり、1871年のドイツ帝国誕生にいたる時代に最盛期を迎えました。1833年の造営以降、バーベルスベルク宮殿は50年以上にわたり、皇帝夫妻の夏の離宮として使われたのです。
バーベルスベルク公園
Babelsberg Park / Park Babelsberg
ルイーネンベルク
Ruinenberg
ポツダムのサンスーシ宮殿の北側に位置する「ルイーネンベルク」は、18世紀半ば、プロイセン国王フリードリヒ2世がサンスーシ公園の噴水に水を供給する浅い人工池を建設したことから始まります。彼はイギリスの景観を模してこの池の周りを、巨大な円柱やドーリア式の円形建物、ピラミッド、古代劇場を思わせる壁、そして木々の自然な植栽で囲みました。そのためこの場所は、『遺跡の丘』もしくは『廃墟の丘』とも呼ばれています。その後、フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の命によって「ノルマン塔」が建設されたことで、この景観はさらに素晴らしいものへと発展しました。同時に、造園家ピーター・ヨーゼフ・レンネによってルイーネンベルクや近接するボルンシュテット家の領地が取り込まれ、サンスーシ公園は美しく拡張されることとなりました。