Properties & Sights

構成資産・みどころ一覧

(執筆協力:横田 美晴)

外朝(北京の故宮)

Outer Court
外朝(北京の故宮)
北京の故宮の顔ともいえるのが、外朝と呼ばれるエリアです。敷地中央の乾清門を境とした南北2つのエリアの南側に当たります。ここは皇帝が公務を行った場所で、前三殿と称された3つの建物、太和殿・中和殿・保和殿が南北に並びます。最も南にある太和殿は現存する中では中国最大の木造建造物。東西約64m、南北約37m、高さ約35m以上にも及び、その威容は見る者を圧倒します。ここは皇帝の即位や結婚、祭礼など重要な行事や儀式が執り行われた場所で、龍をモチーフにした彫刻が随所に施されているのを見つけることができます。内部には金箔張りの柱や玉座などもあり、別名「金鑾殿」とも呼ばれました。1420年に創建されましたが、幾度かの火災に見舞われ、現存しているのは1695年に再建された建物です。
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景山

Jingshan Hill
景山
北京の中軸線上で最も高い地点にある景山公園は、故宮の北側に位置し、明・清代にわたって皇帝の庭園として利用されてきました。高くそびえる景山(旧称・万歳山)は、明の永楽帝の時代、故宮建設のために堀が掘られた際、その土が積み上げられて形成されたものです。園内には、皇帝が宴会を催したり花見をしたりする娯楽活動の場所として、数々の宮殿や東屋、楼閣なども建てられており、その建物は南北軸に沿って対称になるように配置されています。人工的に積み上げられた山と華麗な宮殿建築が一体となって、美しい園林を作り上げているのです。1928年に一般開放されてからは、民衆の憩いの場として機能しています。山頂に登ると、南には華麗な故宮の宮殿、東には現代の高層ビル群が広がり、北京の長い歴史を体感できる雄大な景色を見渡すことができます。景山公園は四季折々で違った表情を見せるのも魅力で、園内には牡丹や芍薬などの花々が咲き、木々の葉が色づく秋には青空とイチョウ、そして紅い城壁のコントラストが人々の目を楽しませています。
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紫禁城

Forbidden City
紫禁城
北京の中心部に位置する故宮は、かつて紫禁城と呼ばれ、明・清時代の約500年間、計24人の皇帝が居城とし、政治の中枢となった場所でした。清が滅びた後、「昔の宮殿」を意味する「故宮」と改称され、現在は博物館として機能しています。「紫」は天帝の在所や皇宮・朝廷を指した紫微垣に、「禁」は宮殿が一般の立ち入りを厳しく禁じていたことにそれぞれ由来して、紫禁城と呼ばれるようになったそうです。敷地は東西約750m、南北約960mと広大で、周囲は壮麗な深紅の城壁に囲まれ、四方にそれぞれ門が配置されています。ハイライトの一つが、敷地の南側、皇帝が政務を行った外朝と呼ばれるエリアに並ぶ3つの建物です。現存する中国最大の木造建造物、太和殿をはじめとする壮観な眺めを楽しむことができます。
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城門(北京の故宮)

The Gates of the Forbidden City (Beijing)
城門(北京の故宮)
北京の故宮の周囲には東西南北それぞれひとつずつ城門があり、南は午門、北は神武門、東は東華門、西は西華門と呼ばれます。また、故宮内部にも多くの門が存在します。南側の外朝(政治や儀礼の場)と、北側の内廷(皇帝の私的空間)の間には、2つの空間を隔てる乾清門があります。皇城の南端に位置する天安門を入り、故宮の入り口となる端門、正門である午門、外朝入り口の太和門、そして乾清門を経て内廷へと至る多層構造は、中国古代の都城の配置である「五門三朝」の制度に影響を受けているとされています。
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鐘楼・鼓楼(北京の中軸線)

Bell and Drum Towers
鐘楼・鼓楼(北京の中軸線)
南北に延びる北京の中軸線の最北端に位置し、鮮やかな朱色の壁や灰色の瓦が目を引くのが鐘楼と鼓楼です。これらは元・明・清代の700年以上にわたって巨大な銅鐘や太鼓で街中に時を告げ、都市の時報の中心として機能しました。現存する鐘楼は清代に再建されたもので、高さ47.9m。梁のないレンガと石造りのアーチヴォールト構造が特徴で、中に重さ63トンもの巨大な銅鐘が吊り下げられています。かつては柔らかく大きな余韻のある響きを持つこの鐘の音が数十km先まで届けられていました。
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瀋陽の故宮

Imperial Palaces of the Ming and Qing Dynasties in Shenyang
瀋陽の故宮
清の前身、後金を建国したヌルハチによって建設されたのが瀋陽の故宮です。中国を統治した最後の王朝、清の礎を築いた場所とも言えます。敷地面積は約6万㎡と北京の故宮に比べて規模は小さいものの、東路・中路・西路の3つのエリアに分けられ、約70の建物が建ち並びます。最も早い時期に建てられたのが、1626年創建の大政殿です。東路に位置し、遊牧民族の住居パオのような八角形の建物となっています。大政殿へといたる通路の両側には、すべて同じ建築様式で建てられた10の建造物群があり、十王亭と呼ばれています。ここは、ルーツである女真族の狩猟組織を発展させた清の軍事制度「八旗」の拠点であり、またそれを象徴する建物でもありました。中路の正殿である崇政殿は、清代皇帝の居住地でした。2代目ホンタイジはここで政務を行ったそうです。西路の北部には文遡閣と呼ばれる建物があり、乾隆帝によって編纂された四庫全書が納められていることで知られます。瀋陽の故宮は現在、北京の故宮と同様に博物館として公開され、かつての栄華を今に伝えています。
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太廟

Imperial Ancestral Temple
太廟
中軸線上にある天安門の東側に位置する太廟は、1420年に建立され、明・清の皇帝により祖先をまつるために使われた聖地です。祖先をまつることは中国の伝統社会において極めて重要な意味を持ち、北京では元・明・清時代にわたって多くの壮大な祭祀建造物が建てられました。その中でも最大規模かつ最も格式高い建築群が太廟です。敷地は南北475m、東西294mの長方形で、三重の大きな塀に囲まれています。塀の中には、南から北にかけて3つの殿堂形式の建物、前殿・中殿・後殿が並びます。最も格式が高いのが大殿とも呼ばれる前殿で、皇室の祖先の位牌が納められ、皇帝が大きな祭祀を行った場所でした。故宮と同じく赤い壁と黄色の釉薬瓦の屋根が特徴の建築群は、日差しを遮る高い古木に囲まれ、荘厳で落ち着いた雰囲気に包まれています。1951年に一般公開された太廟は、今では歴史博物館として皇族の歴史とその威厳を伝えています。
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端門

Upright Gate
端門
端門は、明・清両時代に皇帝の儀礼用品を保管していた場所で、同時に儀仗を整備する場でもありました。端門の両側には官吏が休んで待つ部屋もあり、皇帝が儀礼を執り行う朝堂空間を構成していました。北京の中軸線上では、北側にある故宮南面の午門と、南側にある天安門の間に挟まれた位置にあります。建物は壮麗な装飾に彩られ、天安門や午門と共に美しい軸線を描いて皇宮建築の威厳を引き立てる重要な門戸の一つとなっています。2018年には、故宮博物院が展示施設「端門デジタル館」を開設。明、清時代の紫禁城をVR技術で再現した作品が、館内のVRシアターで一般公開されました。
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天安門広場

Tiananmen Square
天安門広場
都心にある世界最大の広場とされる天安門広場は、明・清両時代、皇帝が政務を行った紫禁城(現在の故宮)の正門の外にあった宮廷広場でした。1912年以降、徐々に開放型の現代的な公共広場として整備され、現在の姿になりました。広場の重要な構成要素である天安門は明代に建てられました。かつては承天門と呼ばれていましたが、清時代に改築され、天安門と呼ばれるようになったそうです。北側と南側にはそれぞれ、宮殿前に建てられるような装飾性の高い石柱が一対ずつ配置されています。天安門は国家の儀礼の象徴でもあり、広場で繰り広げられた国家の歴史的瞬間を見守り続けてきました。広場には他にも、人民英雄記念碑、毛主席記念堂、人民大会堂、中国国家博物館などの建物が並び、荘厳な都市空間を形成しています。北京の中軸線における建築景観に調和した空間は、20世紀後半の中国において最も重要な建築上の成果の一つとされています。
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内廷(北京の故宮)

Inner Court
内廷(北京の故宮)
北京の故宮を南北2つのエリアに分けた北側の部分は内廷と呼ばれます。主に皇帝のプライベートな生活空間として使われた場所で、多数の宮院が建ち並んでいます。建物を支える大理石の基礎、皇帝のみが使うことを許された黄色の瑠璃瓦、赤く塗られた壁や柱……。いたるところから当時の華やかな宮廷生活がしのばれます。神事を行った祭壇などからは、清のルーツである女真族の伝統文化をうかがい知ることもできます。
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万寧橋

Wanning Bridge
万寧橋
北京の中軸線上にある万寧橋は、世界遺産に登録されている『京杭大運河』を構成する玉河故道の一部でもあり、中軸線と大運河を結ぶ役割を果たしてきました。河川沿いには「運河埠頭遺跡」と刻まれた碑も立っています。北京の中軸線上で最も古い橋梁で、建設されたのは元代の13世紀です。明代に再建されましたが、その位置は元代の頃から変わっていません。万寧橋は単アーチ橋で、長さ約34.6m、幅約17m。元々は木造でしたが、後に石造に改築され、橋の路面には細長い石が敷き詰められています。橋の両側の欄干には、蓮の花と宝瓶の図案の彫刻もあり、行き交う人の眼を楽しませています。万寧橋は、水位調整する機能を持つ水門でもあります。今も橋の西側には4体、東側には2体、元・明時代の石彫刻の水獣像が残り、神獣に洪水を鎮める祈りを託した人々の思いを伝えています。
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