World Heritage Sites

世界遺産一覧

(執筆協力:北宮 枝里子)

アルタイ・ゴールデン・マウンテン

Golden Mountains of Altai
アルタイ・ゴールデン・マウンテン
アルタイ山脈はロシア・モンゴル・中国にまたがる全長約2,000kmの大山脈で、浸食の進んだ地形のため多くの分水嶺があり、オビ川とイルティシ川の2つの大河の源流となっています。このうち、ロシア領内の1万6000km²あまりが自然遺産に登録され、タイガやツンドラが広がるアルタイ自然保護区とテレツコヤ湖、希少な動植物が生息するカトゥン自然保護区とアルタイ山脈最高峰のベルーカ山、そしてウコック高原保護区の3つの地域を擁しています。また、数多くの氷河が見られ、その総面積は900km²以上といわれています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (x)
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ウルル、カタ・ジュタ国立公園

Uluru-Kata Tjuta National Park
ウルル、カタ・ジュタ国立公園
『ウルル、カタ・ジュタ国立公園』は、オーストラリア中央の半砂漠地帯に位置し、一枚岩のウルル(エアーズ・ロック)と、そこから約45km西にある36の巨岩群カタ・ジュタから構成されています。ウルルは周囲約9km、高さ348m、全長3,400mの巨大な花崗砂岩で、一枚岩としては世界2位の大きさを誇ります。約3~4億年前の造山運動により、水平だった砂岩層がほぼ垂直に立ち上がって地表に現れ、硬い岩質のため浸食や風化を免れて現在の姿が残りました。地中には岩全体の3分の2以上が埋まっていると考えられています。カタ・ジュタも同じ過程で形成されましたが、より軟らかい岩石でできていたため浸食と風化が進み、異なる形状になりました。名称は先住民アボリジナル・ピープルのアナング族の言葉で、ウルルは「日陰の場所」、カタ・ジュタは「たくさんの頭」を意味します。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (v)(vi)(vii)(viii)
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キリグア遺跡公園

Archaeological Park and Ruins of Quirigua
キリグア遺跡公園
キリグアは、グアテマラ東部のホンジュラス国境近くにあるマヤ文明の都市遺跡です。紀元200年頃に、マヤの都市国家コパンの影響を受けて建設されたと考えられています。マヤ古典期の時代、この地域では金や銀などの金属が存在せず、特に翡翠は最高価値の宝石として珍重されており、周辺のモタグア川渓谷では翡翠や黒曜石が大々的に採掘されていました。そのため、キリグアは翡翠と黒曜石をほぼ独占し、カリブ海沿岸地域との交易で大いに繁栄しました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: グアテマラ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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サカテカスの歴史地区

Historic Centre of Zacatecas
サカテカスの歴史地区
サカテカスは、首都メキシコ・シティの北西約620km、メキシコ中央高原北端に位置する植民都市です。もとは緑豊かな土地でしたが、16世紀半ばにスペイン人が銀鉱脈を発見したことで銀の採掘と都市建設が進み、森林資源は急速に失われていきました。発見された銀はスペイン王室に莫大な富をもたらし、1552年には王室財務局、1810年には造幣局がサカテカスに設置されるほど重要な拠点都市となりました。また、サカテカスからグアナフアトを経由してメキシコ・シティへ至る道は「銀の道」と呼ばれ、17世紀前半にこの道を通って運ばれた銀は、当時スペイン全植民地で採掘された銀の約3分の2を占めていたといわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ソチカルコの古代遺跡地帯

Archaeological Monuments Zone of Xochicalco
ソチカルコの古代遺跡地帯
ソチカルコは、テオティワカンやパレンケ、ティカルなどメソアメリカの大国が崩壊した後の動乱期(紀元650〜900年頃)に築かれた要塞都市遺跡です。マヤ文化の影響に加え、メキシコ湾岸やオアハカなどメソアメリカの諸文明と交流していたことが判明しており、様々な文化が混ざり合って発展した時期の文化的・宗教的特徴が見られます。名称はナワトル語で「花々の館」を意味し、保存状態が非常に良く、当時の都市構造を今に伝えています。都市は最も高い丘を中心に6つの低い丘が取り囲み、大規模な土木工事によって階段やテラス、斜路が複雑に結ばれ、南北の大通りは基壇やピラミッドで空間が区切られていました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(iv)
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フェニキア都市ビブロス

Byblos
フェニキア都市ビブロス
レバノンの地中海沿岸に位置するビブロスは、人々の生活が継続して営まれてきた世界最古の都市の一つです。最も古い住居跡は約7,000年前のもので、泥土でつくられた簡素な小屋が集まった漁村でした。紀元前3,000年頃、地中海交易を担うフェニキア人によって港町として発展し、王墓やオベリスク神殿などが建造されました。神殿からは、経済的・文化的に強く結ばれていたエジプトのファラオからの貢ぎ物である、太陽を表す円盤やスフィンクスなどの遺物が出土しています。商業都市として栄えたビブロスはその後、アッシリアやギリシャ、ローマなど相次いで支配者が入れ替わり、636年にイスラム勢力の支配下に入りました。市内には、フェニキア時代やローマ時代、イスラム時代の建造物だけでなく、12世紀に十字軍が築いた要塞や城郭の遺構、そしてキリスト教の聖堂など異なる時代の遺構を見ることができます。
地域: 西・南アジア / 国名: レバノン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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ブルー・マウンテンズ地域

Greater Blue Mountains Area
ブルー・マウンテンズ地域
ブルー・マウンテンズは、シドニーから西へ約120kmに位置するグレートディヴァイディング山脈東部の一部で、南北約100kmの山岳地帯です。約3億年前以降の堆積岩からなる台地に深さ700mもの渓谷が刻まれ、厚い砂岩層や石炭層が見られます。標高1300mほどの峰々は、この地域一帯に自生するユーカリ林から揮発した油分が太陽光を反射することで青く霞んで見えることがあり、これが「ブルー・マウンテンズ」の名の由来となっています。この地域には世界のユーカリの約13%にあたる90種以上が生育し、そのうち12種はシドニーの砂岩地域にのみ生育しているといわれています。その他にも数百の固有種や絶滅危惧種といった貴重な植物が自生しています。こうした多様な植物群によって400種以上の脊椎動物(うち約40種は絶滅危惧種)の生息地にもなっており、中にはカモノハシやハリモグラといったおなじみの動物もこの地域に生息しています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ix)(x)
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モレリアの歴史地区

Historic Centre of Morelia
モレリアの歴史地区
モレリアは、首都メキシコ・シティと第2の都市グアダラハラの間に位置し、16世紀半ばにスペインの植民都市バリャドリードとして築かれました。1570年に司教座が置かれて以降、この地域の宗教・文化の中心として発展し、18世紀には大聖堂や市庁舎などが建設されました。現在も約250の植民地時代の建造物が残り、多くがピンク色の石材で造られています。市内にはルネサンス、バロック、新古典主義が融合した建築が並び、その様式は「モレリアのバロック」といわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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レッド・フォート建造物群

Red Fort Complex
レッド・フォート建造物群
ムガル帝国を大国へと導いた皇帝アクバルの孫であり、同帝国の最盛期を築いた5代皇帝シャー・ジャハーンは、世界遺産『タージ・マハル』の建造者として広く知られています。しかし彼の建築への情熱はそれだけにとどまらず、生涯に数々の壮麗な建造物を残しました。その一つが、デリーにあるレッド・フォート(ヒンディー語で「ラール・キラー」)です。レッド・フォートは、シャー・ジャハーンが17世紀半ばに都をアーグラからシャージャハナバード(現在のデリー)へ移した際に築いた居城で、赤い砂岩の城壁が特徴的です。また、隣接する16世紀建造の城塞サリームガルとともに世界遺産に登録され、シャー・ジャハーンの建築美学とムガル帝国の栄華を象徴する重要な遺構となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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レプティス・マグナの考古遺跡

Archaeological Site of Leptis Magna
レプティス・マグナの考古遺跡
レプティス・マグナは、紀元前10世紀にフェニキア人が築いた古代植民都市レプティスを起源としています。海洋国家カルタゴの衛星都市として発展し、後にローマ支配下では商業・港湾都市として繁栄を極めました。同名の別都市と区別するため、「マグナ(偉大な)」という形容詞を冠したとされています。紀元前146年の第3次ポエニ戦争によるカルタゴの滅亡後、ローマ人の入植が進むと、アウグストゥス帝の時代以降多くのローマ式建築物が建てられ、ハドリアヌス帝の時代には大公共浴場が建設されました。この地出身の皇帝セプティミウス・セウェルスは地中海の海上輸送網を整備し、街はローマの都に匹敵する巨大都市へ成長して、黄金期を迎えました。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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