World Heritage Sites

世界遺産一覧

(執筆協力:藤井 翼)

アイールとテネレの自然保護区群

Air and Ténéré Natural Reserves
アイールとテネレの自然保護区群
ニジェールにある『アイールとテネレの自然保護区』は、アフリカ最大の保護区のひとつであり、その面積は約7万7,000㎢で、約1万2,800㎢のアダックス厳正保護区を含みます。登録されている地帯は、標高約2,000mのアイール山地から広大な砂漠地帯のテネレへと続き、非常に厳しい環境です。特にテネレ砂漠の気温は11月から2月は零度を下回り、逆に3月から6月にかけては最高気温が50度に達するので、年較差が非常に大きいです。また、7月から10月にかけては大雨が降るため、涸れ川であるワジが危険な濁流に変貌します。しかし、自然環境は多様で、半乾燥地域のサヘルや、砂漠の窪地に水が溜まったゲルタ、広大な砂砂漠などが見られます。このような過酷な環境の中でも、希少生物が逞しく生息しています。
地域: アフリカ / 国名: ニジェール共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (vii)(ix)(x)
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アガデスの歴史地区

Historic Centre of Agadez
アガデスの歴史地区
サハラ砂漠南端に位置するアガデスは、サハラ砂漠の玄関口として有名であり、ニジェール北部で最大の都市となっています。サハラ交易を生業としてきた遊牧民トゥアレグ族が創設したアイール・スルタン国の拠点となりました。アイール・スルタン国は15世紀から16世紀にかけて創設された国であり、名前からもわかる通りイスラームを受容しています。トゥアレグ族の人々は次第に定住化し、それに伴い市街が形成されるようになりました。伝統的なスルタン国制度は今も残っており、アガデスには現在も約2万人の人々が暮らしています。
地域: アフリカ / 国名: ニジェール共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iii)
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アグリジェントの考古地区

Archaeological Area of Agrigento
アグリジェントの考古地区
イタリアのシチリア島西部にある『アグリジェントの考古地区』は、紀元前6世紀に「アグラガス」という名で建設された古代ギリシャの植民都市の遺跡です。人口は約30万人ほどだったと言われ、紀元前406年にフェニキア人の都市であるカルタゴに滅ぼされるまで、約150年以上繁栄しました。その美しさに関しては、当時の叙情詩人であるピンダロスに、「人間が建設した最も美しい町」と言わせるほどでした。古代遺跡は、地中海を見下ろすアクロポリスにあり、「神殿の谷」と言われる一帯には、約20のギリシャ神殿がほぼ一直線状に並んでいます。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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アテネのアクロポリス

Acropolis, Athens
アテネのアクロポリス
アテネは古代ギリシアを代表するポリス(都市国家)であり、民主政の基礎が築かれた場所でもあります。その中心となった場所が「アテネのアクロポリス」です。アクロポリスとは「高いところ」を意味し、今でもアテネの市街地を見下ろす高さ70mほどの丘にアクロポリスが鎮座しています。このアクロポリスの中心に立つのが、世界的に有名な「パルテノン神殿」です。この神殿は、古代のペルシア戦争終了後に、天才的な政治家であったペリクレスの指導の下、建設されました。ペルシア戦争の勝利を祝ってアテナに捧げられた神殿であり、大彫刻家のフェイディアスが中心となり手がけました。この神殿の特徴のひとつは、円柱の中央部が微妙に膨らんでいる「エンタシス」という技法です。重圧感を和らげ、軽快さを演出するという効果があり、驚くことにはるか東の日本の法隆寺の柱でもこの技法が伝わっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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アフラージュ-オマーンの灌漑システム

Aflaj Irrigation Systems of Oman
アフラージュ-オマーンの灌漑システム
アフラージュとは、井戸の底を横穴でつなげた灌漑システムのことです。そのもととなるファラジ(アフラージュはファラジの複数形)はオマーンに約3,000あると言われています。その歴史は古く、紀元前2500年頃から存在していたという説もあります。アフラージュでは地下水や地表水などの限られた水資源が収集され、家庭用およびナツメヤシを含めた農業用水として公平に分配されました。その際、日時計などで各水路に水を流す時間を管理していました。このあたりは年間降水量が非常に少ないため、水の分配は命に関わることでした。先人たちの知恵により造られたこれらの灌漑施設は、今でも現役で稼働しており、重要な役割を果たしています。
地域: 西・南アジア / 国名: オマーン国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (v)
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アル・アハサ・オアシス:進化する文化的景観

Al-Ahsa Oasis, an Evolving Cultural Landscape
アル・アハサ・オアシス:進化する文化的景観
アラビア半島東部に位置するアル・アハサ・オアシスは紀元前の新石器時代から人々が住んでいることが証明されている、世界最大のオアシスです。また、250万本ものナツメヤシが生育し、1960年代に大量生産技術が導入されるまでは、世界最大のナツメヤシ生産地でありました。今でもナツメヤシはこの地の人々にとっては主食であり、地元住民はナツメヤシの包装や販売、流通に深く携わっています。また、このオアシスには庭園や運河、農業用排水湖など12の構成資産が残り、素晴らしい文化的景観が広がっています。
地域: 西・南アジア / 国名: サウジアラビア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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アルジェの旧市街カスバ

Kasbah of Algiers
アルジェの旧市街カスバ
アルジェリアの首都アルジェには、イスラムの城塞地区が残ります。16世紀にはスペインに侵略されたこの地は、地中海支配の拠点とすべく、幾つもの要塞が築かれていました。しかし、ほどなくしてこの地域を奪回した人物がいました。海賊の首領であったバルバロス・ハイレッディンです。彼は赤褐色の髪とひげをもつため「赤ひげ」と呼ばれていました。彼はこの地をオスマン帝国に献上すると、地方長官に任命され、以後キリスト教国の商船から略奪した財宝や人質の身代金でカスバの礎を築いていきました。カスバとは本来「城塞」を意味しますが、現在はアルジェの旧市街のことをカスバと呼びます。ただし、その後のフランスの植民地支配により、当時の建物はほとんど破壊され、当時の面影はわずかしか残されていません。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (ii)(v)
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アルスランテペの遺丘

Arslantepe Mound
アルスランテペの遺丘
トルコ中央部、肥沃なマラティヤ平原に位置するアルスランテペは、紀元前6000年紀には人が住んでいたことがわかる高さ30mの考古学的遺丘です。「ライオンの丘」を意味し、これはヒッタイト時代の遺跡からライオン像が発見されたことに由来因ています。ウルやウルクなどのさまざまな都市国家がメソポタミア地方で出現しますが、それらの都市国家の影響を、アルスランテペは少なからず受けていたことも知ることができます。また、世界最古の文字は、メソポタミア地方でシュメール人が使用していたとされる楔形文字と言われていますが、それよりはるか前にこの地域で、官僚制度が登場したことも判明しています。文字のなかった時代(先史時代)で官僚制度が存在したというのは俄かに信じがたいかもしれませんが、食料の分配や物資の移動を管理するために用いられた何千もの印影が発見されたことから、官僚制度が存在していたことが明らかとなりました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (iii)
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アルダブラ環礁

Aldabra Atoll
アルダブラ環礁
インド洋上に浮かぶアルダブラ環礁は、アフリカ大陸から640kmも離れているため、これまでほとんど人間が近づくことはありませんでした。「環礁」とはサンゴ礁の一種であり、中央の島の部分が完全に水没してしまっている状態のサンゴ礁を示します。アルダブラ環礁はラグーン(潟湖)を含めると琵琶湖の半分ほどの大きさを誇り、独自の生態系が広がります。ここにはインド洋上でもっとも多くの海鳥が集まり、またタイマイやアオウミガメが産卵場所を求めてやってきます。この状況をみた『進化論』でも有名なチャールズ・ダーウィンは、当時の政府に保護を進言したほどでした。
地域: アフリカ / 国名: セーシェル共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (vii)(ix)(x)
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アル・ファーウ考古地域の文化的景観

The Cultural Landscape of Al-Faw Archaeological Area
アル・ファーウ考古地域の文化的景観
サウジアラビア南部のルブ・アルハリ砂漠の近辺に残る『アル・ファーウ考古地域の文化的景観』は、5世紀に突然放棄された遺跡です。先史時代の頃から、砂漠諸部族の連合組織であったキンダ朝の時まで繁栄したオアシス都市で、過酷な環境において、人類の生活の痕跡が残ることは極めて貴重です。旧石器時代、新石器時代の石器や紀元前2000年から紀元前1900年にかけての墳墓群なども発見されており、またこのあたりは古代文明の交易路上にあり、さまざまな文化や産物などが流入して栄えました。
地域: 西・南アジア / 国名: サウジアラビア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (ii)(v)
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安徽省南部の古村落-西逓・宏村

Ancient Villages in Southern Anhui – Xidi and Hongcun
安徽省南部の古村落-西逓・宏村
中国南東部の安徽省にある西逓と宏村には、明代から清代、14世紀から20世紀にかけての古民家が残ります。これらの古民家は「徽派建築」と言われ、漆喰を塗られた白い壁と濃灰色の瓦を特徴とした中国伝統の住居様式であり、現存数が少なく貴重です。また、中国史でもおなじみの明代の「新安商人」はこの安徽省出身であり、西逓と宏村には、交易で巨万の富を得た新安商人の住宅も数多く残されています。これらの村落は、明から清にかけての生活の様子を今に伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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アンジャル

Anjar
アンジャル
レバノンの東部、アンティ・レバノン山脈の麓にアンジャルという遺跡が残っています。レバノンにはフェニキア人の遺跡や古代ローマの遺跡がよく残っているのですが、このアンジャルはイスラームに関連する遺跡です。イスラーム最初の王朝とも言えるウマイヤ朝661年~750年)の第6代カリフ、アル・ワリード1世の命によって築かれた保養地です。アンジャルは当時の都であったダマスクスから約40km離れていましたが、この地には豊かな泉水があり、暑さを凌ぎやすかったので避暑地として選定されたのです。ローマ帝国やビザンツ帝国の遺構を再利用して作られたためその特色が残っており、発掘当初はそれらの帝国の遺跡だと思われていました。しかし、1940年代の調査でイスラーム王朝の都市遺跡ということが判明したのです。
地域: 西・南アジア / 国名: レバノン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ヴァッセのアポロン・エピクリオス神殿

Temple of Apollo Epicurius at Bassae
ヴァッセのアポロン・エピクリオス神殿
ペロポネソス半島中央部のアルカディア地方の緑の丘に、壮大な神殿がそびえたっています。この神殿は紀元前5世紀後半のギリシャ文明最盛期にあたる、紀元前420~前400年頃にフィガリア人により建設されました。当時、近隣ではペストが流行していたのですが、この地方には被害が及ばなかったため、市民はそれをアポロン神の加護だと信じて、標高1,160mの地に神殿を建てました。僻地に建設されたこともあり、1765年に発見されるまで1,700年以上歴史の舞台から姿を消していましたが、同時に石材などが盗まれることもなく、結果的に保存状態の良いままで遺されました。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ヴァッハウ渓谷の文化的景観

Wachau Cultural Landscape
ヴァッハウ渓谷の文化的景観
ドイツ南部から中・東欧を抜けて黒海へと注ぐドナウ川の流域のうち、オーストリア北東部の都市メルクとクレムスの間に広がるヴァッハウ渓谷は、特に風光明媚なことで知られ、訪れる人に感動を与えてくれます。この地域の歴史は非常に古く、先史時代の遺物が数多く出土しており、ガルケンベルクでは約3万2,000年前の、ヴィレンドルフでは約2万6,000年前のものと推定される像が発見されています。その後の青銅器時代、鉄器時代を経て、ケルト人の王国ノリクムや、ローマ帝国の国境都市マウテルンが置かれるなど、歴史の舞台となりました。中世にはバーベンベルク家の支配下で町や修道院が発展し、11〜12世紀には現在の街の基礎が築かれました。ヴァッハウはドイツ叙事詩『ニーベルンゲンの歌』にも登場し、地域の歴史的重要性を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ウィーンの歴史地区

Historic Centre of Vienna
ウィーンの歴史地区
「音楽の都」として名を馳せるウィーンは、世間では「ウィーン少年合唱団」などでも有名でしょう。ウィーンの起源は紀元前1世紀までに遡り、ローマ帝国においては「ウィンドボナ」と呼ばれていました。13世紀以降ハプスブルク王家から神聖ローマ皇帝が選出されるようになってから、ウィーンは王都となりました。ウィーンが劇的な変貌を遂げるのは17世紀後半なのですが、それまでの歴史を語る建造物も多く残されています。例えばオーストリア最古の修道院であるショッテン修道院や、14~15世紀に建造された聖シュテファン大聖堂などはその代表例と言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ヴィルンガ国立公園

Virunga National Park
ヴィルンガ国立公園
ヴィルンガ国立公園は、1925年にマウンテンゴリラの保護を目的として設立された、コンゴ民主共和国初の国立公園です。この国立公園は、アフリカ大地溝帯(グレート・リフト・バレー)にあるアルバーティーン地溝帯の中心に位置しています。アフリカでも屈指の活火山であるニアムラギラ火山と、富士山に近い標高3,470mのニイラゴンゴ火山があり、この二つの活火山でアフリカの歴史的な大噴火の5分の2が発生していることから、地質学的にも非常に重要な場所として世界遺産に登録されました。また、隣国ウガンダの世界遺産『ルウェンゾリ山地国立公園』にも隣接しており、山地林だけでなく、サバンナや氷河も広がっています。
地域: アフリカ / 国名: コンゴ民主共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (vii)(viii)(x)
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ウルク・バニ・マアリド

Uruq Bani Ma’arid
ウルク・バニ・マアリド
アラビア半島南部のおよそ3分の1を占めるルブアルハリ砂漠は、「何もない」という意味であり、サハラ砂漠に次ぐ世界最大級の砂漠です。世界遺産の『ウルク・バニ・マアリド』はサウジアラビア初の自然遺産です。ルブアルハリ砂漠の西端に位置し、砂漠地域ならではの雄大な光景が広がっています。ここにはジャバル・トゥワイクと呼ばれる石灰岩の断崖や、長さ最大200m、高さ170mの縦砂丘(アラビア語でウルクという)、枯れ川のワディや砂の回廊などが存在しています。縦砂丘とは、卓越風に平行に形成される砂丘のことを指し、この地域は世界有数の縦砂丘地域となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: サウジアラビア王国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (vii)(ix)
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雲南保護地域の三江併流群

Three Parallel Rivers of Yunnan Protected Areas
雲南保護地域の三江併流群
中国南西部の雲南省は緑の森林に恵まれています。東部にはカルスト地形(『中国南部のカルスト地帯』として世界遺産に登録されています)が広がりますが、西部には中国最長の川である長江、東南アジアの「母なる川」としてされるメコン川、タイとミャンマーの国境の一部を成すサルウィン川という三つの大河の上流域があります。この三つの大河の上流はそれぞれ中国では金沙江、瀾滄(らんそう)江、怒江と呼ばれ、これらの川がほぼ並行して流れる約1.7万㎢が世界遺産に登録されています。約5,000万年前に、ユーラシアプレートにインドプレートが衝突しました。この地はその衝突部分に近い場であり、古代のテチス海がその衝突により閉鎖したことや、ヒマラヤ山脈とチベット高原の隆起に関連することを示す、地質学的にも非常に重要な場所なのです。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (vii)(viii)(ix)(x)
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エゲ(現代名ヴェルギナ)の考古遺跡

Archaeological Site of Aigai (modern name Vergina)
エゲ(現代名ヴェルギナ)の考古遺跡
現代名をヴェルギナとするエゲ(当時の発音ではアイガイ)は、古代のマケドニア王国の最初の首都とされています。19世紀後半から、ナポレオン3世の支援を受けた考古学者レオン・ユーゼによる発掘が始まり、その結果宮殿跡などが発見されました。さらに調査が進められた結果、1977年頃にはアレクサンドロス大王の父であるフィリッポス2世の墓が発見されたのです。フィリッポス2世は紀元前4世紀を生きた人物であり、前338年のカイロネイアの戦いで、ギリシャのポリス連合軍を破って本土を制圧した人物として名高い王です。そのような王の墓が発見されたことで当時世界中に衝撃を与え、またこの地がエゲであるという可能性が強くなったのです。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(iii)
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エディルネのセリミエ・モスクとその関連施設

Selimiye Mosque and its Social Complex
エディルネのセリミエ・モスクとその関連施設
エディルネはブルサに代わるオスマン帝国2番目の都であり、1453年に都がイスタンブルに移るまで都として栄えました。そのエディルネに、オスマン帝国を代表する建築家、ミマール・スィナンがセリミエ・モスクを設計したのは16世紀後半。イスタンブルが都になってからもエディルネは副都として機能し、特にセリム2世がこの地を気に入っていたため、壮大なモスクの建設をスィナンに命じました。巨大なドームと4本の細いミナレット(尖塔)からなるこのモスクは、イスタンブルにある多くのモスクにも負けない存在感を放っています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (i)(iv)
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エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域

Sanctuary of Asklepios at Epidaurus
エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域
ペロポネソス半島東部の谷間に位置するエピダウロスは、医療の神アスクレピオスが祀られている聖地です。元々は先史時代から治癒の力をもつ神々に捧げられ、紀元前800年頃に治癒の神・アポロンの聖域となった丘がありました。その後紀元前6世紀頃までに、ギリシャ神話においてアポロンの息子とされ、人間の健康と幸福の守護神であるアスクレピオスに捧げられた聖域が、アポロンの聖域の丘から1kmほど離れた平地に築かれました。二柱の治癒の神の聖地であるエピダウロスには、ギリシャ中から病で苦しむ人々が訪れるようになりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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オカピ野生動物保護区

Okapi Wildlife Reserve
オカピ野生動物保護区
コンゴ民主共和国北東部には、 コンゴ盆地の北東部、イトゥリの森には、世界三大珍獣のひとつに数えられるオカピの保護区があります。オカピは、20世紀初頭にイギリス人探検家ヘンリー・ジョンストンに発見された動物で、ロバとウマの中間ほどの大きさで、シマウマのような横縞のある脚をもちます。かつてはシマウマの仲間と思われていましたが、実際はキリンの仲間だそうです。アフリカに生息するオカピの約6分の1にあたる、約5,000頭が生息すると言われています。
地域: アフリカ / 国名: コンゴ民主共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (x)
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オモ川下流域

Lower Valley of the Omo
オモ川下流域
トゥルカナ湖近く、エチオピア南部を流れるオモ川の下流域では、1967年に400万年前のアウストラロピテクス・エチオピクスの化石が見つかって以降、様々な人類の化石が発掘されました。同国の東北部に「アワッシュ川下流域」という世界遺産もありますが、こちらでも人類の化石が発掘されていることから、現在のエチオピア周辺は、人類がアフリカで誕生したということを如実に証明する場所であると言えます。また、この流域の平地では、多様な民族が伝統的な生活様式を守って暮らしています。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iii)(iv)
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オリンピアの考古遺跡

Archaeological Site of Olympia
オリンピアの考古遺跡
オリンピアの考古遺跡は、首都アテネから西へ190kmにあるクロノスの丘の麓にオリンピアはあります。神々の山であるオリンポス山にその名を由来とするこの町では、紀元前8世紀頃から神々の父でもあるゼウスを奉納するための競技が定期的に開かれ、やがてこの競技会はギリシャ世界だけでなく、近隣諸国から参加者を集める国際的なスポーツ祭典となりました。長らく続いた祭典でしたが、キリスト教が国教となった4世紀末には、異教の祭典という理由から開催が禁止となりました。以降、長い間埋もれていましたが、18世紀に遺跡が発見されます。ローマ皇帝の命令で数多くの建築物が破壊されましたが、ゼウス神殿やヘラ神殿、短距離走などの練習場であったギムナシオンなどの基盤が一部残ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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カザン連邦大学の天体観測所群

Astronomical Observatories of Kazan Federal University
カザン連邦大学の天体観測所群
ロシア連邦の東部、タタールスタン共和国の首都カザンにあるカザン連邦大学は、ロシアでモスクワ大学に次ぐ2番目に長い歴史を持つ大学であり、1804年に創立されました。かの革命家レーニンはこの大学で学んでおり、彼はソビエト連邦の「建国の父」となったため、大学本館前に彼の銅像が立っています。この大学に付属している二つの天文台が2023年に世界遺産に登録されました。その内の一つであるカザン天文台は、大学のキャンパス内にあり1837年に建てられました。古典様式のこの建物は、天文機器を収容するために建てられたドーム付きの三つの塔が特徴的です。もう一つのエンゲルハルト天文台は、西近郊の森林の中にあり1901年に完成しました。この天文台は天体観測専用の複数の建物と住宅棟で構成されています。この天文台内にある「太陽儀」は1908年に設置されて以降、世界で唯一使用されている装置となります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iv)
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カナディアン・ロッキー山脈国立公園群

Canadian Rocky Mountain Parks
カナディアン・ロッキー山脈国立公園群
ロッキー山脈は、約6,000万年前に造山活動によって地上に姿を現したとされています。4,500kmにも連なる山々の内、カナダ側の2,200kmの連峰がカナディアン・ロッキーと呼ばれています。世界遺産に登録されているのは4つの国立公園と3つの州立公園です。中でも、表玄関となるのが「バンフ国立公園」です。大陸横断鉄道が通ることから地元民から「この美しい景観を輸送できないなら、観光客を輸入しよう」と言われるほど、カナダが誇る世界有数の景勝地となっています。また、バンフ国立公園内にあるルイーズ湖も有名で、「カナディアン・ロッキーの宝石」と称えられています。1882年に先住民以外の人に初めて発見され、当初は「エメラルド湖」という名だったのですが、ルイーズ王女の名にちなみ「ルイーズ湖」となりました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (vii)(viii)
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カルタヘナの港、要塞、歴史的建造物群

Port, Fortresses and Group of Monuments, Cartagena
カルタヘナの港、要塞、歴史的建造物群
スペインが他のヨーロッパ諸国に先駆けて新大陸に進出したことは有名ですが、本遺産はそのスペイン黄金時代を今に伝えるものです。1533年6月1日、スペイン人のペドロ・デ・エレディアによって、カリブ海に面した半島に都市カルタヘナ(カルタヘナ・デ・インディアス)が建設されました。細長い地形をもつカルタヘナは、新大陸で産出された金銀やエメラルド、香辛料などを本国スペインへ積み出す港であり、多くの船が停泊できる複数の湾と天然の防御線となる狭い水路を兼ね備えた良港として発展しました。
地域: 南米 / 国名: コロンビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (iv)(vi)
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カルハットの古代都市

Ancient City of Qalhat
カルハットの古代都市
オマーンの東海岸に位置するカルハットは、11~16世紀にかけてのホルムズ王国の主要港として栄えた都市です。都市は二重の壁で囲われており、城壁の外には共同墓地も存在していました。アラビア半島東岸沿いの重要な港として、インドと東アジア、東南アジア、そしてアラビア半島を結ぶ貿易の中心地として機能していました。ナツメヤシや真珠、馬や香料といった交易品を輸出することにより潤いましたが、ポルトガルの攻撃を受けた後、16世紀に放棄されました。
地域: 西・南アジア / 国名: オマーン国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (ii)(iii)
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グラーツ:歴史地区とエッゲンベルク城

City of Graz – Historic Centre and Schloss Eggenberg
グラーツ:歴史地区とエッゲンベルク城
ウィーンに次ぐ歴史的な都市 オーストリア南東部にあるグラーツは、シュタイアーマルク州の州都としても知られる、首都ウィーンに次ぐ同国第二位の都市です。人類がこの地に住み始めたのは、新石器時代まで遡ります。14世紀にハプスブ
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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クラック・デ・シュヴァリエとカラット・サラーフ・アッディーン

Crac des Chevaliers and Qal’at Salah El-Din
クラック・デ・シュヴァリエとカラット・サラーフ・アッディーン
シリアに十字軍時代の様子を表す二つの要塞が残っています。その内の一つクラック・デ・シュヴァリエとは「騎士の城」という意味であり、1142年から1271年にかけて聖ヨハネ騎士団によって建設されました。小高い丘の上に建てられ、当時の建築技術の粋を集めたので、難攻不落の要塞として有名です。また、13世紀後半にはマムルーク朝によってさらに建設が進められ、十字軍時代の要塞の中でも最も保存状態の良い要塞の一つとなっています。そのことから、映画『アラビアのロレンス』で知られるT.E.ロレンスも「世界で最も美しい城」という言葉を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iv)
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