World Heritage Sites

世界遺産一覧

(執筆協力:達川 恭之)

シュパイヒャーシュタットと、チリハウスのあるコントールハウス地区

Speicherstadt and Kontorhaus District with Chilehaus
シュパイヒャーシュタットと、チリハウスのあるコントールハウス地区
エルベ川に浮かぶ全長1.1kmの細長い島々の上の倉庫群がシュパイヒャーシュタットです。1885年から1927年にかけて開発された、世界最大級の統合型歴史的港湾倉庫群とされています。倉庫群の統一された赤レンガのファサードは、ハノーファー建築派の様式で建てられています。旧市街が近いこともあって歴史主義的な外観を持ちながらも、先進的な設備や機器を備えた15棟の倉庫群と6棟の付属建物、それらを結ぶ道路や運河などによってこの遺産は構成されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

スタリ・ラスの遺跡とソポチャニの修道院

Stari Ras and Sopoćani
スタリ・ラスの遺跡とソポチャニの修道院
スタリ・ラスは、ラシュカ川とセベチェヴォ川の合流点近くの山岳地帯に位置し、セルビア王国の最初の首都となった都市です。丘の上のグラディナ要塞や麓のトゥルゴヴィシュテの待ちなど、9世紀頃から建造された建造物が残る考古学遺跡となっています。これらは、中世においてセルビア民族がスラヴ文化や他の民族の文化にもたらした独自の貢献を象徴しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: セルビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

ステチュツィ:中世の墓碑の残る墓所

Stećci Medieval Tombstone Graveyards
ステチュツィ:中世の墓碑の残る墓所
ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、モンテネグロ、セルビアの4ヵ国28箇所の墓所と4,000基もの中世の墓碑がシリアル・サイトかつトランスバウンダリー・サイトとして世界遺産に登録されています。これらの墓石は12世紀後半から16世紀にかけて築かれたもので、正教会、カトリックに加えて15世紀後半まで存続していたボスニア正教会などによって埋葬に使用されていたため、宗派を超えた多様性を持つことで知られています。ステチュツィの形態はヨーロッパの広範囲な地域の影響を受けており、その形状やレリーフに用いられている装飾文様や文字などは中世におけるヨーロッパの文化の多様性の証拠となっています。
詳細ページを見る Arrow-right

ストゥデニツァ修道院

Studenica Monastery
ストゥデニツァ修道院
12世紀から15世紀に隆盛を誇ったセルビア王国ネマニッチ朝の始祖、ステファン・ネマニャによって創建された修道院で、セルビア盛況で最大の規模を誇っています。彼の遺体のほか、その妻アナスタシアや初代セルビア国王であるステファン1世もこの修道院に眠っています。この修道院を中心にコンスタンティノープル総主教庁からの独立によってセルビア正教会が成立しており、セルビアの文化的な中心となっていました。
地域: ヨーロッパ / 国名: セルビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

青銅器時代のサンマルラハデンマキ墓群

Bronze Age Burial Site of Sammallahdenmäki
青銅器時代のサンマルラハデンマキ墓群
フィンランド南東部にあるサンマルラハデンマキ墓群は、紀元前1500年から紀元前500年頃にかけてのスカンジナビア地方の青銅器文化の遺跡群で、36㏊の敷地には33基の埋葬墓が点在しています。墓は崖から採取された花崗岩の巨石で作られるのが通常でしたが、「フルート長石塚」と呼ばれる古い石壁に囲まれたものや「教会の床」として知られる大きな四角形をしたものなど、他では見ることのできない珍しいものも現存しています。これらの墓は、この地域に広まった太陽崇拝という新しい信仰に関係しており、農耕の導入と共に現れたと考えられている親族集団による土地所有の在り方を示しているとも考えられています。墓群は、この地域における社会的・宗教的構造を示す貴重な証拠であり、死者崇拝の文化や独特の埋葬法方など、当時の風習を物語る重要な遺産です。
地域: ヨーロッパ / 国名: フィンランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ダウリアの景観群

Landscapes of Dauria
ダウリアの景観群
モンゴル東部とロシア・シベリアにまたがる4つの保護区、9,126㎢が世界遺産として登録されています。モンゴル側のダグール特別保護区、ウグタム自然保護区、ロシア側のダウルススキー自然保護区、ジェレン自然保護区で構成され、草原から森林までの様々な形態のステップが見られます。構成地域の多くの部分は、ラムサール条約の登録地及びUNESCOの人間と生物圏計画に基づく生物圏保護区と重複しています。この景観群には手付かずのステップ環境が残されており、乾季と雨季を繰り返すステップ気候に起因する多様な生態系が見られます。また、マナヅルやノガン、ゴビズキンカモメ、サカツラガンなどの絶滅の危機にある渡り鳥やその他の希少動物の重要な生息地となっており、モウコガゼルの渡りのルートとしても重要な地域となっています。
地域: / 国名: モンゴル国, ロシア連邦 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (ix)(x)
詳細ページを見る Arrow-right

タキシラの都市遺跡

Taxila
タキシラの都市遺跡
パキスタンの首都イスラマバード近郊のタキシラは、中石器時代の洞窟や4つの異なる時代の都市遺跡、仏教寺院やイスラム教のモスクなどを含む多種多様な遺跡が残されています。シルク・ロードの支流ながら重要な位置にあったタキシラは1世紀から5世紀頃に最盛期を迎えたとされています。特にサライカラ、ビール、シルカップ、シルスークの4つの居住地遺跡はインド亜大陸における都市の発展を示す重要な遺跡です。最も古いサライカラは先史時代の最古の集落跡で、新石器時代、青銅器時代、鉄器時代の居住の痕跡が残されています。次の時代にあたるビール(ビール・マウンド)は、紀元前6世紀にアケメネス朝が築いたとされるタキシラの「都市」としては最古のもので、石壁や家屋の基礎、街路などに都市化の遺構が残されており、紀元前326年にアレクサンダー大王が凱旋入場した地としても知られています。さらに時代が下ったシルカップは紀元前180年頃にギリシャ人によって築かれた都市で、碁盤目状の都市に配置された家屋や仏塔、寺院などにはヘレニズム時代のヨーロッパ建築の影響が強く見られます。シルカップはその後クシャーナ朝によって破壊されましたが、そのクシャーナ朝が残した都市が4つめのシルスークです。ここでは発掘調査によって不規則な長方形の切石積みの城壁と丸みを帯びた堡塁が見つかっています。これらには中央アジアの建築様式の影響が見られ、インド亜大陸と中央アジアとの関連を物語っています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iii)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

タッタとマクリの歴史的建造物群

Historical Monuments at Makli, Thatta
タッタとマクリの歴史的建造物群
パキスタン南部のタッタは、この地方を支配したサンマーン朝、アルグン朝、タルハーン朝の3王朝の首都が置かれ、インダス川の河口近くに栄えた町です。16世紀後半にはムガル帝国の支配下となり、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンによって建設された、青を基調として彩釉タイルで有名なジャーミ・マスジド(金曜モスク)はシャー・ジャハーン・モスクとも呼ばれています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (iii)
詳細ページを見る Arrow-right

タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市

Buddhist Ruins of Takht-i-Bahi and Neighbouring City Remains at Sahr-i-Bahlol
タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市
タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市は、パキスタンのガンダーラ地方で最も印象的な仏教遺跡のひとつで、同じ時代に属する2つの全く異なる要素で構成されています。タフティ・バヒーの仏教遺跡は1世紀初頭に建設された僧院群で、標高約36~152mの丘陵地帯に位置しています。7世紀頃まで使用されたタフティ・バヒーは、複数の仏塔を中心とした僧院や中庭、屋根付きの階段状の通路などで構成され、石材を石灰とモルタルで固めるというガンダーラ様式の技法が見られます。一方のサリ・バロールの歴史的都市は、タフティ・バヒーから5㎞ほど離れた地の細長い丘陵の上に築かれた古代の要塞都市の遺跡で、往時はガンダーラ様式の城壁に囲まれていたと考えられています。しかしながらサリ・バロールの遺跡は集落・住宅地の拡大によってその遺産の境界の管理が不十分で都市拡大による危機にさらされています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

タラマンカ山脈地帯:ラ・アミスタ自然保護区群とラ・アミスタ国立公園

Talamanca Range-La Amistad Reserves / La Amistad National Park
タラマンカ山脈地帯:ラ・アミスタ自然保護区群とラ・アミスタ国立公園
コスタリカとパナマの国境沿いに広がる、タラマンカ山脈一帯の自然保護地域です。1983年にコスタリカ側のラ・アミスタ自然保護区群が、1990年にパナマ側のラ・アミスタ国立公園が登録されました。コスタリカ最高峰のチリポ山(セロ・チリポ、3,820m)がそびえ、氷河湖や氷河圏谷(カール)など第四紀の氷河作用に由来する地形が残されています。高低差のある地形と気候が多様な生態系を産み出しており、雲霧林、低地熱帯多雨林、熱帯高山草原(パラモ)など8つの植生帯が見られ、約10,000種の顕花植物や4,000種以上の非維管束植物が生息しています。また、動物群においても、中央アメリカに生息する全てのネコ科動物や絶滅危惧種のオルナトクモザルやベアードバク、危急種のセアカリスザルなどを含む215種の哺乳類や、他にカザリキヌバネドリ(ケツァル)や希少な猛禽類といった約600種の鳥類、約250種の爬虫類と両生類、115種の淡水魚が生息しています。両生類の内の絶滅危惧種のヤドクガエルなど6種はこの山脈のみに生息する固有種となっています。
詳細ページを見る Arrow-right

ダルムシュタットのマチルデンフーエ(マチルダの丘)

Mathildenhöhe Darmstadt
ダルムシュタットのマチルデンフーエ(マチルダの丘)
ドイツ中西部の街、ダルムシュタットで最も標高の高いマチルデンフーエ(マチルダの丘)に、19世紀末のヘッセ大公エルンスト・ルートヴィヒの招きにより多くの芸術家や建築家が集まるコロニーが形成されました。彼らを中心として、1901年から1914年にかけて4つの国際的な建築博覧会が開催され、実験的で機能的な建築や革新的な家具を備えた部屋など多くの初期モダニズムを代表するデザインが紹介されました。これらの建築物は建築史に残る重要な「総合芸術」作品として高い評価を受けています。19世紀末から20世紀初頭のアーツ・アンド・クラフツ運動やウィーン分離派からも大きな影響を受けていると共に、後のドイツ工作連盟やバウハウスにも影響を与えており、20世紀のモダニズムにおいて、大きな位置を占める存在と言えます。マチルデンフーエの最も印象的な建物の一つであるウエディング・タワーは、ヘッセ大公エルンスト・ルートヴィヒの結婚を記念して、1908年のヘッセン州博覧会のために、ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒの設計により建設されたものです。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

チトワン国立公園

Chitwan National Park
チトワン国立公園
インドとの国境付近の丘陵地帯の「タライ」と呼ばれる地域に位置しており、総面積932㎢を誇る一帯は王室の狩猟地として保護されてきた歴史を持っています。タライ地域の生態系が残された貴重な場所で、公園周辺の750㎢の中にはラムサール条約に指定されているビーシャザール湖と関連湖なども含まれています。
地域: 西・南アジア / 国名: ネパール / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (vii)(ix)(x)
詳細ページを見る Arrow-right

ディルムンの墳墓群

Dilmun Burial Mounds
ディルムンの墳墓群
紀元前2050~紀元前1750年頃の初期のディルムンの墳墓群で、バーレーン島西部の21の遺跡群で構成されています。このうちの6つは、数十基から数千基の古墳からなる古墳群で合計11,774基にも及ぶ古墳で構成されています。これらは様々な階級を含む数千人以上で個々人の埋葬が行われていたことの証明ですが、ディルムン文明の遺跡では集落跡のものは少なく、また厚い地層の下に埋もれているため、この古墳群が当時の社会階層やその変遷を証明する貴重な証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: バーレーン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国

Garden Kingdom of Dessau-Wörlitz
デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国
18世紀後半、アンハルト=デッサウ侯レオポルド3世・フリードリヒ・フランツと、友人の建築家フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・エルトマンスドルフは、旅行で訪れたイギリスの風景式庭園やイタリアの古代建築の影響を受けて、エルベ川流域のヴェルリッツに、ヨーロッパ大陸では初の風景式庭園を造園しました。その後40年以上にわたり、ヴェルリッツとその周辺には、視線軸(視覚的なつながり)や、並木道や小道(空間的なつながり)によって結ばれた庭園群がつくられ、ヨーロッパでは他に類を見ない規模での庭園景観が生まれました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

テ・ワヒポウナム

Te Wahipounamu – South West New Zealand
テ・ワヒポウナム
ニュージーランド南島の南西部の2万6,000㎢(ニュージーランドの陸地面積の10%)に広がり、フィヨルドランド、マウント・アスパイアリング、マウント・クック、ウエストランドの4つの国立公園をはじめ、2つの自然保護区、3つの科学保護区、13の景観保護区、4つの野生生物管理保護区などが含まれています。ニュージーランド最高峰(アオラキ/マウント・クック(標高3,724m))、最長の氷河(ハウパパ/タスマン氷河(長さ27km))をはじめとした様々な景観美を堪能することができます。
地域: オセアニア / 国名: ニュージーランド / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (vii)(viii)(ix)(x)
詳細ページを見る Arrow-right

トカイ地方のワイン産地の歴史的文化的景観

Tokaj Wine Region Historic Cultural Landscape
トカイ地方のワイン産地の歴史的文化的景観
ハンガリー北東部、ティサ川流域のトカイ地方は世界三大貴腐ワイン(他はフランスのソーテルヌとドイツのラインガウ)の一つ、アスーワインの産地として知られています。火山岩やミネラル豊富な土壌とその気候条件によってブドウ栽培に適した地域として古くから知られ、その伝統は1,000年以上にも及ぶとされています。また、この地域は1737年のカール6世(神聖ローマ皇帝、ハンガリー王としてはカール3世)の勅令によって、世界初の閉鎖型ワイン産地として定められたことを契機として300年近くにわたって生産が厳格に管理されてきた地域でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ハンガリー / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (iii)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ノルウェー西部のフィヨルド、ガイランゲルフィヨルドとネーロイフィヨルド

West Norwegian Fjords – Geirangerfjord and Nærøyfjord
ノルウェー西部のフィヨルド、ガイランゲルフィヨルドとネーロイフィヨルド
ノルウェーの南西部の海岸線、南北約500kmにわたって雄大なフィヨルド地域が広がっています。ノーベル文学賞を受章したノルウェーを代表する文学者、ビョルンスティエルネ・ビョルンソンは、「ガイランゲルに牧師はいらない。フィヨルドが神の言葉を語るから」という言葉で、この地域のフィヨルドの美しさと荘厳さを表現しています。また、フィヨルドという言葉は、ノルウェー語の「氷河に深く削られ狭く急が掛けが海中まで続く谷」を語源としており、氷河による造形美の代表例であることを表しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ノルウェー王国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (vii)(viii)
詳細ページを見る Arrow-right

ハード島とマクドナルド諸島

Heard and McDonald Islands
ハード島とマクドナルド諸島
ハード島とマクドナルド諸島は、オーストラリア西部のパースから南西に約4,100㎞、南極大陸からは北に約1,700㎞の場所に浮かぶ島々です。登録範囲の総面積は約6,589㎢におよび、そのうち陸地は5%強にあたる約370㎢のみで、残りの大部分は海域が占めています。陸地はケルゲレン海台が海面上に露出して形成された、極めて孤立した火山性の島嶼群です。絶海の孤島であり、気候条件も非常に厳しいことから、人間の手がほとんど入っていません。事実上外来種が存在しないことから、原初的な島嶼生態系の広がる貴重な環境となっています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (viii)(ix)
詳細ページを見る Arrow-right

パーヌルル国立公園

Purnululu National Park
パーヌルル国立公園
西オーストラリア州の北東端に近い地域に立地する約24万㏊の規模を持つ自然保護区です。その立地からアクセスが比較的困難なため、最近までオーストラリアでもあまり知られていませんでしたが、その並外れた自然美で国際的に認知されるようになりました。公園中央に位置する「バングル・バングル」と呼ばれる奇岩はその象徴とも言えるもので、縞模様の蜂の巣のような形状を持つ円錐状の岩が立ち並ぶ光景が見られます。「バングル・バングル」とは現地のアボリジナルピープルの言葉で「砂岩」という意味を持ち、シアノバクテリアの生物学的作用によって形成された砂岩層が、堆積作用と風化作用によって黒とオレンジの縞模様を織りなしています。他にも様々な形状を持つ奇岩や崖が多く点在しており、公園の砂岩カルスト地形はその形成過程を示すものとして地質学的に貴重な価値を持つ存在となっています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (vii)(viii)
詳細ページを見る Arrow-right

パナマのカリブ海側の要塞群:ポルトベロとサン・ロレンツォ

Fortifications on the Caribbean Side of Panama: Portobelo-San Lorenzo
パナマのカリブ海側の要塞群:ポルトベロとサン・ロレンツォ
「ポルトベロ(美しい港)」の名を持つパナマ地峡北部の湾にスペイン人が整備した防衛施設群と、そこから南西に約43㎞離れたチャグレス川河口近くのサン・ロレンツォ要塞がこの遺産の構成資産となっています。ポルトベロとチャグレス川河口を要塞化するという最初の計画は、1586年にバッティスタ・アントネッリによって策定され、最初の要塞は1590年代に着工されました。これらは、パナマ地峡を横断する道のカリブ海側の終点であったこの地を守るための防衛線として機能しており、アメリカ大陸の植民地からスペインへ送られる物資を守るために、約3世紀にわたって重要な役割を果たしました。初期の建造物は中世の特徴を持つ軍事建築様式が主流でしたが、度重なる襲撃による破壊を受け幾度も再建・修復されました。18世紀には新古典主義様式で再建が進められ、サンティアゴ、サン・ヘロニモ、サン・フェルナンド、サン・ロレンツォの各防衛施設にその特徴を見ることができます。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: パナマ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

バルジェヨウ街並保存地区

Bardejov Town Conservation Reserve
バルジェヨウ街並保存地区
ポーランドとの国境付近、カルパティア山脈の中腹に位置するバルジェヨウは、ハンガリーとポーランドを結ぶ主要な交易路に近いことから税関が設置され、13世紀頃から主要な交易都市として発展しました。今も残る、町を取り囲む城壁や市門、見張り塔などは14~15世紀に市民がその権益を守るために設置したものです。城壁に囲まれた旧市街は広場の中央にルネサンス様式の旧市庁舎が残る市庁舎広場を中心とした都市計画がなされています。この広場の三方には直線的なファサードを持つ46軒の市民の住宅によって囲まれており、もう一方には聖エギディウス教会が面しています。聖エギディウス教会は、後期ゴシック様式で建造された三身廊のバシリカで、内部の11基の祭壇には貴重なコレクションが収められています。また、バルジェヨウには保存状態の良いユダヤ人街もあり、18世紀のシナゴーグのほか、食肉処理場や、浴場、集会所などのユニークな建物が残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スロバキア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ハ・ロン湾とカット・バ諸島

Ha Long Bay - Cat Ba Archipelago
ハ・ロン湾とカット・バ諸島
『中国南部のカルスト地帯』に含まれる中国の桂林に似ていることから「海の桂林」とも称されるベトナム随一の景勝地です。最大1,000mにも達する厚い石灰岩層が、気候変動や海洋環境のサイクルの影響から隆起や沈降、海進や海退によって多種多様なカルスト地形を形成しました。塔状の峰林カルストや円錐状の峰叢カルストのほか、洞窟群でも一般的な溶食洞窟だけでなく海食洞窟が見られるなど、基本的なカルスト地形のほぼ全てを包含しているとも言われています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ベトナム社会主義共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (vii)(viii)
詳細ページを見る Arrow-right

パンノンハルマの千年の歴史をもつベネディクト会修道院と周辺の自然環境

Millenary Benedictine Abbey of Pannonhalma and its Natural Environment
パンノンハルマの千年の歴史をもつベネディクト会修道院と周辺の自然環境
996年に創建された大修道院は、ハンガリー最古の修道院であり、中世の中央ヨーロッパにおけるキリスト教の普及に大きな役割を果たしました。現在の教会は1224年に再建されたものですが、その後も増改築が繰り返されたため、ロマネスク様式やゴシック様式、新古典様式などが混在する建造物となっています。三廊式の聖歌隊席は、この建物で最も古い部分とされ、その下にある同じく三廊式の地下聖堂は再建以前の遺構と考えられています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ハンガリー / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

フィリピンのコルディリェーラの棚田群

Rice Terraces of the Philippine Cordilleras
フィリピンのコルディリェーラの棚田群
フィリピンの少数民族イフガオ族が2,000年前に作り上げた棚田群は、標高1,000~2,000mの急勾配の斜面に位置しており、石や土でできた壁で形作られた丘や山の自然なかたちを活かした形状と複雑な灌漑システムによって形成されています。考古学的な調査によってもこの高度な技術がこの地域で2,000年もの間、ほとんど変わらずに使用されてきたことが明らかになっており、棚田文化という伝統の存続とその優れた耐久性の証拠となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: フィリピン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

フィリピンのバロック様式の教会群

Baroque Churches of the Philippines
フィリピンのバロック様式の教会群
スペイン統治時代の16~18世紀にかけて建築されたバロック様式の教会群で、マニラのサン・アグスティン教会、パオアイ(ルソン島北部)のサン・アグスティン教会、サンタ・マリア(ルソン島北部)のアスンシオン教会、パナイ島ミアガオのビリャヌエバ教会の4つが登録されています。これら4つの教会は、バロック様式をフィリピンの気候風土に合わせて再解釈した優れた例であり、その後のフィリピンにおける教会建築に大きな影響を与えました。
地域: 東・東南アジア / 国名: フィリピン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ブダペスト:ドナウ河岸とブダ城地区、アンドラーシ通り

Budapest, including the Banks of the Danube, the Buda Castle Quarter and Andrássy Avenue
ブダペスト:ドナウ河岸とブダ城地区、アンドラーシ通り
ブダペストはドナウ川西岸のブダ地区と東岸のペスト地区で構成されていますが、もともとは、ブダとオーブダ、ペストという3つの街でした。この一帯はかつてのローマの都市アクィンクムの跡地でもありますが、13世紀のモンゴル軍の侵攻によって荒廃したこの地にベーラ4世によってブダ城が築かれました。彼は復興に尽力した王として知られていますが、ハンガリーはその後もオスマン帝国の興隆といった苦難の時代を経てきました。17世紀後半にハプスブルク家によって街が奪還されると荒廃していたブダ城はバロック様式で再建されました。ブダ城は時代とともに増改築が繰り返され、幾多の民族支配に翻弄されてきたハンガリーの歴史を象徴する建造物とも言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ハンガリー / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

仏陀の生誕地ルンビニー

Lumbini, the Birthplace of the Lord Buddha
仏陀の生誕地ルンビニー
仏教の開祖であるガウタマ・シッダールタ(ブッダ)は、紀元前623年(生年については諸説あり)、カピラヴァストゥの王妃であったマーヤー(マーヤーデヴィ)が首都ティラウラコットから実家のあるデーヴァダーハへの里帰りの途中にあった、ルンビニーの庭園で夫人の右脇から生まれたとされています。この地は、ブッダの生誕地として仏教の重要な巡礼地の一つとされ、初期には中国から法顕(4世紀)や玄奘(7世紀)らもその巡礼の記録を残しています。しかし、15世紀以降は巡礼地として仏教徒が訪れることはなくなり、寺院は荒廃し廃墟となっていました。時代が下って、1896年にドイツ人考古学者のフューラーが地元の知事であったカドガ・シャムシェルとともにこの地を訪問し、埋もれていた石柱に古代のブラーフミー文字の碑文を発見しました。碑文の発見によって、この地がブッダの生誕地のルンビニーであることが確認されました。
地域: 西・南アジア / 国名: ネパール / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (iii)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ペーチ(ソピアナエ)の初期キリスト教墓所

Early Christian Necropolis of Pécs (Sopianae)
ペーチ(ソピアナエ)の初期キリスト教墓所
ハンガリー南部の街ペーチは、ローマ帝国の属領時代はソピアナエと呼ばれており、ここには4世紀頃に作られた地下墓所が残されています。1782年に始まった考古学的発掘調査によって、4世紀頃のローマ帝国衰退期から8世紀のフランク王国による征服期に至るまでの連続性を持つ遺跡として発見されました。地上には礼拝堂や霊廟が建設されていた痕跡があり、地下には聖書をモチーフにした壁画で飾られたカタコンベが存在しています。世界遺産としては16の地下墓所で構成されており、主要な遺構の周辺には500基以上の墓が点在しています。地下の埋葬室と地上の礼拝堂という2つの構造からなっており、貴重な遺構といえるでしょう。
地域: ヨーロッパ / 国名: ハンガリー / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ペタヤヴェシの古教会

Petäjävesi Old Church
ペタヤヴェシの古教会
1763年から1765年にかけて、フィンランドの伝統的な木造建築技術を用いて建造されたルター派の教会です。教会の建設は、地元の建築職人であったヤッコ・レッパネンの指揮の下に行われ、鐘楼と渡り廊下は彼の孫であるエルッキ・レッパネンによって1821年に増築されました。この教会は針葉樹林地帯に住む地元の農民が用いてきた伝統的な丸太造りの建築技術の独特な形状を有しており、教会部分はギリシャ十字型の身廊を持ち、丸太を横に組んだ日本の校倉造に似たような外壁と板をうろこ状に並べた寄棟造が特徴的です。教会のレイアウトや内装は、ヴォールトや中央のクーポラなど、ルネサンス、バロック、ゴシックといった各建築様式の影響を受けつつ、フィンランド特有の木造技術の伝統が融合しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フィンランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ベルゲンのブリッゲン地区

Bryggen
ベルゲンのブリッゲン地区
ベルゲンはノルウェー南西端に位置する北海に面した港湾都市で、11世紀に港が開かれて以降、海上交易の拠点として繁栄しました。13世紀以降はこの時期の北海とバルト海沿岸の海上交易を掌握したハンザ同盟の拠点都市のひとつとなり、その中でもベルゲンのブリッゲン地区には1350年に在外ハンザ商人が設けた4つの商館のうちの1つが設立されました。他の3つのものは現存していませんので、ブリッゲンに残るものが現存する唯一の在外ハンザ商館となります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ノルウェー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iii)
詳細ページを見る Arrow-right