World Heritage Sites

世界遺産一覧

(執筆協力:達川 恭之)

ポツダムとベルリンの宮殿と庭園

Palaces and Parks of Potsdam and Berlin
ポツダムとベルリンの宮殿と庭園
ベルリン市の南西端とポツダム市にまたがるハーフェル川湖畔とグリーニッケ湖湖畔の2,064haもの広大な区域内に残る宮殿や庭園で、これらは1730年から1916年にかけて建造されました。クノーベルスドルフ、ゴンタルト、ランハンス、シンケル、レネといったドイツにおける著名な建築家、造園家によってその構想は手掛けられ、この一帯を国際的にも評価の高い総合芸術作品として作り上げられました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ホヤ・デ・セレンの考古遺跡

Joya de Cerén Archaeological Site
ホヤ・デ・セレンの考古遺跡
エルサルバドル西部の「ホヤ・デ・セレンの考古遺跡」は600年頃のロマ・カルデラ火山の噴火によって埋もれた農村集落の遺跡です。200人ほどの住民が暮らしていたと考えられていますが、突然の火山の噴火によって急に集落を放棄せざるを得なかったためか、豆の入った鉢などが散在した状態で見つかるなど、当時の生活の様子をそのまま伝える貴重な遺跡です。この集落跡は1976年に穀物貯蔵庫を建設する工事の際に偶然見つかったものですが、その後の発掘調査により、スペイン到達前のメソアメリカにおける村落の様子が非常に良好な保存状態で見つかっています。日干しレンガでつくられた住居跡や共同浴場跡、木製農耕具がほぼ完全な状態で発掘されたほか、陶器や香具、染料などの日用品やトウモロコシやカカオ豆といった食料までもが発見されています。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: エルサルバドル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ホレズの修道院

Monastery of Horezu
ホレズの修道院
ルーマニア中部ワラキア地方西部のホレズ近郊に1690年に建てられた修道院です。当時の領主であったコンスタンティン・ブルンコヴァヌ公によって建造されたもので、彼とその家族はワラキアの多くの修道院や教会の建設に尽力し、それらは彼の名を取ったブルンコヴァヌ様式と呼ばれています。ホレズの修道院はこの様式を代表する建造物として知られ、ギリシャ十字型の土台の中央に主聖堂のカトリコン聖堂が置かれ、東西南北の四端に付属聖堂としての使徒聖堂、聖母聖堂、聖ステファヌス聖堂、天使聖堂が配置されています。主聖堂のカトリコン聖堂は1690年から1692年にかけて建設され、内装を含めてさらに2年後に完成しました。3つの側廊を持ち、非常に大きなナルテクス(拝廊)を持っており、これは16世紀初頭に建造されたクルテア・デ・アルジェシュ修道院の大聖堂に倣ったものです。内部下層の壁面は、コンスタンティン・ブルンコヴァヌとその妻、11人の子供達の奉納画で埋め尽くされており、エクソナルテクスの東壁には「最後の審判」が描かれています。これらの内部装飾や外観はワラキア独自の文化とギリシャから伝わった様式の融合が見られます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)
詳細ページを見る Arrow-right

ホローケーの伝統的集落

Old Village of Hollókő and its Surroundings
ホローケーの伝統的集落
1.45㎢におよぶ農村建築群で、55棟の住宅、農場、教会などで構成されており、20世紀の農業革命以前の農村生活を今に伝える活きた例となっています。パローツ様式と呼ばれる白壁が特徴的な建築様式は、耕作地、果樹園、牧草地や森林などの周囲の景観や自然環境とも見事に調和しています。1783年にこの地で出された法令では木材を建築物に使用することを禁止しましたが、住民たちはこれを遵守しませんでした。村は定期的に火災に見舞われましたがそのたびに家々はパローツ様式の建築技術によって再建されました。最後の火災の記録は1909年となっており、現在もそのときに再建された際の歴史的要素と伝統を守り続けています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ハンガリー / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (v)
詳細ページを見る Arrow-right

マウルブロンの修道院関連建造物群

Maulbronn Monastery Complex
マウルブロンの修道院関連建造物群
1147年に設立されたシトー会のマウルブロン修道院は南ドイツに位置します。アルプス以北で最も完全かつ保存状態の良い中世修道院群とされています。城壁に囲まれた主要な建物は12世紀から16世紀にかけて建造されたもので、ロマネスクからゴシックへの過渡期にあたります。聖堂は三廊式で、縦に長いラテン十字型のプランを持つロマネスク様式で創建されましたが、13世紀の初めにゴシック様式の柱廊玄関ホールなどが加えられました。北ヨーロッパから中央ヨーロッパの多くの地域のゴシック建築の普及に大きな影響を与えたと考えられています。修道院は町外れに位置し、かつ城壁に囲まれていることから市街地とは明確に区別され隔たれており、これは第一世代のシトー会建築の典型例の一つです。また、併設されていた神学校は、作家のヘルマン・ヘッセや詩人のフリードリヒ・ヘルダーリンなどが学んでいたことでも知られています。ヘッセの自伝的小説である『車輪の下』はマウルブロン神学校での体験を元にしているとされています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

マルペロ動植物保護区

Malpelo Fauna and Flora Sanctuary
マルペロ動植物保護区
コロンビア西方沖約500㎞に位置するマルペロ島(3.5㎢)とその周辺海域(8571.5㎢)含む海洋保護区です。東太平洋の熱帯地域において最大の禁猟区となっているこの保護区は、絶滅危惧種を含む多くの海洋生物の重要な生息地となっています。マルペロ島とその岩礁は、小規模ながら多くの海洋生物の繁殖地として重要な役割を果たしていると考えられています。5種の植物、3種の爬虫類、2種の節足動物を含む、限定的ながらも高度に特殊化した陸生生物の生息地となっているほか、岩礁はナスカカツオドリ、アカメカモメ、アオツラカツオドリ、絶滅危惧種のガラパゴスミズナギドリの重要なコロニーにもなっています。保護区の海洋においては、最大水深約3,400mにも達する起伏に富んだ海底地形とカリフォルニア海流や北赤道海流などの複数の海流が合流すると言う複雑な条件から、非常に多様な生態系が見られます。17種の海生哺乳類、7種の海生爬虫類、394種の魚類、340種の軟体動物が生息しており、このうち5種の魚類と2種のヒトデが固有種として知られています。
地域: 南米 / 国名: コロンビア共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (vii)(ix)
詳細ページを見る Arrow-right

メッセルの化石採掘地区

Messel Pit Fossil Site
メッセルの化石採掘地区
19世紀からオイルシェール(油母頁岩)の鉱山として操業してきたドイツ中部のヘッセン州メッセルにあるメッセル・ピットでは1876年にワニの化石が発見されて以来、様々な化石が発見されています。これまで発掘された1000種を超える動植物の化石では、全身骨格や羽毛、皮膚、毛、胃の内容物などが非常に良好な状態で保存されており、貴重な研究材料として利用されています。特に保存状態の良質なコウモリの化石における反響定位(エコロケーション)の研究や霊長類、鳥類、昆虫の進化に関する重要な新しい発見などがなされています。鉱山としての採掘は1960年代には終了していますが、地元ヘッセン州やメッセル市とゼンケンベルク自然研究協会等によって組織されたNGOによって共同管理され貴重な遺産の保護保全を行っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (viii)
詳細ページを見る Arrow-right

モヘンジョ・ダーロの遺跡群

Archaeological Ruins at Moenjodaro
モヘンジョ・ダーロの遺跡群
モヘンジョ・ダーロの都市遺跡は、紀元前3千年紀初頭にまで遡れる都市遺跡で、焼成レンガによって建てられた都市は、大きく東西二つのエリアに分かれています。東側の市街地地区は碁盤目状の街路が広がっているだけでなく、高度に整備された下水道網までも設置されていることから高度に計画された都市であったことが見て取れます。西側の城塞地区の丘の上には2世紀頃に仏教徒によって建造されたストゥーパ(仏塔)が残されています。それ以外にも公衆浴場や学校、穀物倉庫なども配置されています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (ii)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

モンゴルのアルタイ山脈にある岩面画群

Petroglyphic Complexes of the Mongolian Altai
モンゴルのアルタイ山脈にある岩面画群
モンゴル領のアルタイ地域に残る、ツァガーン・サラー・バガ・オイゴル遺跡、上ツァガーン・ゴル遺跡、アラル・トルゴイ遺跡の3つの岩面画遺跡が世界遺産として登録されています。いずれも更新世の氷河によって削り取られた渓谷に位置しており、岩絵だけでなく葬祭儀礼等の痕跡も残されています。後期更新世(紀元前1万1,000年頃)に形成されたと考えられる最初期の岩絵にはマンモス、サイ、ダチョウなどが含まれており、北部アジアが寒く乾燥した時代の証拠となっています。その後気候環境が乾燥したステップから森林ステップへと変化していった前期完新世(約1万1,000~6,000年前)の頃ではヘラジカやオーロックス、アイベックスなどへと移っており、この時代の岩絵はこの地域が狩猟に適した地域に変化したことを示しています。さらに植生が変化した中期完新世(約6,000~4,000年前)では、狩猟に変わって牧畜がこの地域の経済基盤となっていったことを反映しており、その後も前1,000年頃のスキタイ人や7~8世紀頃のテュルク系の人々の描写など1万2,000年にもわたるこの地域の文化や社会の変遷をすることができる貴重な証拠となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: モンゴル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (iii)
詳細ページを見る Arrow-right

モンバサのフォート・ジーザス

Fort Jesus, Mombasa
モンバサのフォート・ジーザス
ケニア南部の街、モンバサの南端のサンゴ岩の尾根の上に、1593~1596年に築かれた要塞です。これは、ポルトガル人ジョバンニ・バッティスタ・カイラティの設計によるもので、モンバサ港とインド洋の海上貿易路の防衛を目的として建造されました。要塞の配置や形状は、人体には完璧なプロポーションと幾何学的な調和があるというルネサンスの理想を反映しており、上空から見ると人体を模したようにも見えます。フォート・ジーザスは、長らく東洋文明の影響下にあったインド洋海上貿易路を西洋文明が始めて支配しようとしそれに成功したことを物語る存在です。建築技術においては15世紀から16世紀にかけての軍事技術の革新を反映させる近代的な要塞ですが、1世紀ほどのポルトガル支配の後はアラビア人、スワヒリ人、イギリス人など支配者が幾度となく変わったという歴史を経ながら、その間幾度もの改修や変更があったにも拘わらず、当初の姿を保っている貴重な遺跡です。それと同時に、インド洋地域においてアフリカ、アラブ、トルコ、ペルシャそしてヨーロッパといった様々な地域の人々が交流した地としてもその価値は非常に高い遺産となっています。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ラホール城とシャーラマール庭園

Fort and Shalamar Gardens in Lahore
ラホール城とシャーラマール庭園
ラホールはパキスタン北東部、インドの国境付近にある都市で、ムガル帝国第3代皇帝のアクバル(在位:1542~1605)はこの地に都を置き、11世紀以前から伝わる城砦を再建する形で現在のラホール城を築きました。彼は焼成レンガと赤砂岩を特徴的に用いて、謁見の間であった「ハーネ・ハース・オ・アーム」などの象徴的な施設を建造しました。次代のジャハーンギール(在位:1605~1627)は、アクバルが着工した広大な北側の中庭を完成させると主に、砦の北壁や北西壁に装飾を施しました。さらに次代のシャー・ジャハーン(在位:1627~58)は、白大理石をふんだんに用いた「真珠のモスク」や謁見の間「ディーワーネ・アーム」、世界で最も美しい宮殿の一つとも言われる「シーシュ・マハル」などの豪奢な建造物を築いています。これらの建造物はムガル帝国の建築様式の優れた見本を構成しています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム

Mines of Rammelsberg, Historic Town of Goslar and Upper Harz Water Management System
ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム
ドイツ中央部にあるゴスラーは、その南方にある銀鉱山ランメルスベルクの開発によって大きな発展を遂げた都市です。この地では11世紀初頭に後の神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世によって、「オットー・アーデルハイト・ペニヒ」と呼ばれる銀貨を鋳造したり、鉱山の近くに宮殿を開いたり、また、1009年からは同宮殿において帝国集会が開催されました。以降神聖ローマ帝国の主要都市として栄え、13世紀頃までは帝国集会が頻繁に開催されました。その後は自治都市としての性格が強くなりハンザ同盟に加盟した後も鉱山として繁栄しましたが、16世紀頃から鉱山の権益をニーダーザクセン地方の領主に奪われたこともあり衰退しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

リューカン・ノトッデンの産業遺産

Rjukan-Notodden Industrial Heritage Site
リューカン・ノトッデンの産業遺産
産業革命期を経た急激な人口増加対応するため、食糧の増産が喫緊の課題となっていたヨーロッパにおいて、20世紀初頭に空気中の窒素を利用した合成肥料の生産方法が確立されました。この肥料の作成には大量の電力が必要であったため、生産を担ったノシュク・ハイドロ社はノルウェーの水資源に着目し、ノトッデンにスウェルグフォス水力発電所(1907年)、リューカンにヴェモルク水力発電所(1911年)を建設しました。この水力発電所を中心とした送電線、工場、交通システムや居住区などの複合施設が、ノルウェーの深い谷や豊富な水量といった自然景観を利用した20世紀初頭の新たな産業活動の事例として評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ノルウェー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

リュブリャナにあるヨジェ・プレチニクの作品群:人間中心の都市デザイン

The works of Jože Plečnik in Ljubljana – Human Centred Urban Design
リュブリャナにあるヨジェ・プレチニクの作品群:人間中心の都市デザイン
大戦間期は、オーストリア・ハンガリー帝国の崩壊を受けて、中欧や東欧において独立国家や都市の建設プロジェクトが惹き起こされた時代です。各地で起こったモダニズム(近代建築)運動による都市建設とは異なり、建築家ヨジェ・プレチニクは、都市に暮らす「人間」を中心としたアプローチを行っています。緑の遊歩道や水路沿いの遊歩道を都市の軸として捉え、それを中心として旧来の教会や庭園といった施設なども都市のネットワークの構成要素として構築しています。他の都市計画における「機能」のみを優先した都市計画ではなく、様々な用途を結びつけることで、都市全体に新たなアイデンティティをもたらしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スロベニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ

Old town of Regensburg with Stadtamhof
レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ
ドイツ南東部、ドナウ河畔にあるレーゲンスブルクは、古くは石器時代から人の居住が始まり、西暦80年頃にローマ軍による砦が築かれて以降、2000年もの歴史を持つ都市です。特に中世以降はイタリア、ボヘミア、ロシア、ビザンツ帝国へと続く大陸交易路の重要な中継地として栄えました。9世紀以降は政治的、宗教的、経済的にも重要な位置を占めた都市であり、古代ローマ様式、ロマネスク様式、ゴシック様式といった様々な時代の建築物が混在して保存されています。また、中世から近世のドイツを統治していた神聖ローマ帝国の帝国議会が置かれた都市としても知られ、当初は各地の持ち回りで開催されていた議会でしたが、17世紀以降は常設議会として頻繁に開催されました。その後、神聖ローマ帝国の終焉・解体につながる決議がなされた地もレーゲンスブルクであり、帝国内において重要な位置を占める都市でした。旧市街には帝国の文化的伝統を伝える証拠として9世紀の宮殿の遺跡や多数の教会群、ゴシック様式に市庁舎など多くの歴史的建造物が残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

レーロースの鉱山都市と周辺

Røros Mining Town and the Circumference
レーロースの鉱山都市と周辺
レーロースで銅鉱山が発見されたのは1644年ですが、1646年にはすでに鉱山町が形成されました。遺産は街とその産業景観、フェムンドシッタ精錬所とその周辺地域、輸送路などで構成され、1977年に銅鉱山が倒産するまでの333年もの期間操業していた銅鉱山と深く結びついています。鉱山町は1679年にスウェーデン軍の侵攻による破壊の後再建され、約2,000棟の木造住宅や精錬所が現存していますが、これらの多くの建物には黒焦げになった木造のファサードが残されています。フェムンドシッタ精錬所においては、精錬所跡を含む産業景観に加えて、水管理システムやそれらを仲介に発展したコミュニティの痕跡などが残った景観となっています。これらの景観は、採掘、輸送、生活様式などが、山岳地帯の寒冷な気候や道路のない辺境地という立地など、他の産業(農業や林業)への従事が制限される環境にいかに人間が適応していったのかを示す証拠でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ノルウェー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ロータス城塞

Rohtas Fort
ロータス城塞
ロータス城塞は、スール朝の創始者シェール・シャーが1541年に現在のパキスタン北部の戦略拠点、ロータスに築いた強固な要塞群です。初期イスラム軍事建築の優れた例として知られ、城塞の主要な部分は良好な状態のまま残されています。0.7㎢の規模を誇る要塞の主要部分は、周囲4㎞を超える巨大な石積みの城壁で構成され、68の稜堡と12の門を備えています。城壁は最大12m以上もの厚さを持ち、高いところでは18mにも達する規模で、丘の頂上の地形に沿って建造されています。堅固な城壁の内部にはバオリ(階段井戸)による給水設備を備えていたため、水を確保することもできました。ほかにもカブーリ門の近くのシャーヒー・マスジド(王のモスク)と呼ばれるモスクや、ムガル帝国時代後期には宮殿風の邸宅(ハヴェリ)も建設されています。ロータス城塞は、火薬や大砲の導入によって発展したトルコの軍事建築を基本としつつ、インド亜大陸の様式も取り入れる形で発展した要塞建築の代表例となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ロック・アイランドの南部ラグーン

Rock Islands Southern Lagoon
ロック・アイランドの南部ラグーン
パラオ最大の都市コロールのあるコロール島の南西に浮かぶ、サンゴ由来の石灰岩でできた445もの島々がロック・アイランドです。世界遺産の登録範囲だけで1,002㎢にも及び、広大な地域は385種類を超えるサンゴをはじめとして、13種のサメやエイ、7種の巨大な貝類、固有種のオウムガイなど様々な生物の生息地となっています。また、淡水、汽水、海水の様々な湖も特徴的で、タコクラゲの生息地として知られる「ジェリーフィッシュ・レイク」などの海水湖は固有種を含んだ多様な生態系を有しており、「自然の実験室」として科学的な研究にも寄与しています。
地域: オセアニア / 国名: パラオ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (iii)(v)(vii)(ix)(x)
詳細ページを見る Arrow-right

ロルシュの修道院遺跡

Abbey and Altenmünster of Lorsch
ロルシュの修道院遺跡
ドイツ中西部、ヘッセン州の小都市ロルシュにある修道院遺跡は、8世紀のカロリング朝時代に政治・文化の拠点として栄えた施設の名残です。修道院は764年頃にフランク人の貴族によって設立されましたが、その翌年の765年には聖ナザリウスの聖遺物(遺骨)がこの地にもたらされ、多くの巡礼者によって大いに栄えました。その後772年にはカール大帝の保護下に置かれることとなって以降は、王立修道院・帝国修道院として特権的な地位を与えられ,13世紀にその地位が失われるまで政治的、宗教的な中心地として繁栄しました。特に修道院の重要な施設であった写本室、図書室はその名声を高める拠点となり、現存する蔵書は世界中の73の図書館に伝えられています。修道院はまた、医学分野でも大きな貢献を果たしており、8世紀後半のロルシュ薬局方は、古典期以降で現存する最古の医学・薬学の写本として知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right