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アクスムの考古遺跡
Aksum
エチオピア北部ティグレ州にある『アクスムの考古遺跡』は、かつてのアクスム王国の繁栄を知ることができる貴重な遺跡です。アクスム王国の歴史は古く、1世紀前後に建国されたと言われています。以降、9世紀頃までビザンツ帝国やササン朝ペルシアなどと対峙しながらも象牙貿易などで繁栄しました。しかし、7世紀にイスラーム勢力が拡大すると、衰退に向かいます。滅亡した時期は未だ断定されておらず、950年頃や1137年頃という説が有力です。アクスム王国は古代アフリカの国としては珍しくキリスト教を受容し、国教としていきます。なお、このキリスト教とは、451年のカルケドン公会議で異端となったキリスト単性説を教義とするものであり、ローマ・カトリック教会とは異なります。
アワッシュ川下流域
Lower Valley of the Awash
オモ川下流域
Lower Valley of the Omo
ゲデオの文化的景観
The Gedeo Cultural Landscape
エチオピア高原東部の断崖に沿って広がるゲデオの文化景観は、地域社会が長い年月をかけて自然環境を抑制された中で最大限に活用する共生システムを考案してきたことを示す類いまれな例です。先住民ゲデオ族は長年にわたり、そして今もなお、「アグロフォレストリー(森林農業)」という文化的伝統を守っています。アグロフォレストリーは、同じ土地に樹木と農作物を植え、農業と林業を同時に行う手法です。この地域では、主要な食用作物エンセーテを巨木が覆い、さらにその下には主要な換金作物であるコーヒーなどの低木が植えられている様子が見られます。樹木を階層的に栽培し、作物の生育環境を確保しているのです。自然の生態系に近い、持続可能な土地利用ができる農法として注目を集めています。
コンソの文化的景観
Konso Cultural Landscape
エチオピアのコンソ高原には、石積みの段々畑と要塞化された集落が広がっています。約400年前、この地に移住してきたコンソ族は、20世代以上に渡り独自の文化を育んできました。山の斜面に沿って築かれた段々畑には、土壌を浸食から守り、限られた水を確保する工夫が凝らされています。段々畑を登った丘の上には、石壁によって要塞化された集落が形成されており、茅葺の家屋や倉庫、「モラ」と呼ばれる公共広場が点在しています。また、儀礼や埋葬の際に使われる、神聖なる森林が3つあります。この地では、崇敬された人物や英雄たちの死後、「ワカ」と呼ばれる木像にしてたたえるという葬儀の習俗が続いており、カラの森やモラ、城門近くで木像を見ることができます。
城塞歴史都市ハラール・ジュゴル
Harar Jugol, the Fortified Historic Town
ティヤの石碑群
Tiya
ファジル・ゲビ、ゴンダールの遺跡群
Fasil Ghebbi, Gondar Region
メルカ・クントゥレとバルチット:エチオピア高原地域の考古学的・古生物学的遺産群
Melka Kunture and Balchit: Archaeological and Palaeontological Sites in the Highland Area of Ethiopia
エチオピア高原のアワッシュ川上流域にあるこの遺産群は、200万年前から人類の集団がこの地域に居住していたことを証明する先史時代の遺跡です。海抜約2,000mから2,200mにあり、地表の下は、河川による沖積堆積物と火山起源の堆積物が凝灰岩を挟んで堆積し、比較的連続した地層構造が形成されています。堆積物の下に埋もれた古景観の断片と動植物の化石から、更新世のエチオピア高地の高山生態系を復元することができます。考古学的に正確な年代測定ができる地層からは、ホモ・エレクトゥス、ホモ・ハイデルベルゲンシス、古代ホモ・サピエンスの化石が発見されています。これらは、人類が高地に居住し、低地の乾燥サバンナとは異なる高地の厳しい環境や気候条件に適応したことを示す最古の証拠の一つで、人類史の重要な段階を示すものとなっています。
ラリベラの岩の聖堂群
Rock-Hewn Churches, Lalibela