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ドイツ連邦共和国 | 世界遺産一覧

(文化遺産)

ハンザ都市リューベック

Hanseatic City of Lübeck
ハンザ都市リューベック
ドイツ北東部、トラーヴェ川の中州にあるリューベックは1143年、北ドイツのバルト海沿岸に設立され、1230年から1535年までハンザ同盟の主要都市の一つとして、バルト海と北海の貿易を独占する商業都市連盟の一翼を担いました。1226年には、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世から「帝国自由都市」の特権上を与えられました。その後ハンザ同盟が誕生すると、同盟の盟主となり、1669年まで繁栄を続け、「ハンザの女王」と呼ばれました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (iv)
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バンベルクの旧市街

Town of Bamberg
バンベルクの旧市街
バンベルクは、ドイツ南部のバイエルン州北部フランケン地方に位置しています。町の基本的な構造は初期中世の都市計画をよく残しており、中世の宗教建築や世俗建築が数多く現存している中央ヨーロッパの都市の好例となっています。バイエルン公ハインリヒ2世が1007年にドイツ王となった際、彼はバンベルクを司教座の所在地とし、「第二のローマ」とすることを意図しました。現在の町が示している、農業(市場向けの菜園やブドウ畑)と都市の流通拠点との結びつきは、特に興味深いものです。10世紀以降、バンベルクはスラヴ諸民族、特にポーランドやポメラニアの人々との重要な交流拠点となりました。12世紀以降の最盛期には、この町の建築は北ドイツやハンガリーに強い影響を与えました。18世紀後半には、バンベルクは南ドイツにおける啓蒙思想の中心地となり、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルやE.T.A.ホフマンといった著名な哲学者や作家がここに住んでいました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂

St Mary's Cathedral and St Michael's Church at Hildesheim
ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂
ドイツ北部のヒルデスハイムにある聖ミヒャエル聖堂と聖マリア大聖堂は、どちらもロマネスク時代の建築様式を理解するうえで非常に貴重な内部装飾の要素を数多く含んでいます。2つの建物は800mほど離れており、1015年に造られた「聖マリアの青銅の扉」は創世記とキリストの生涯を描いていて、聖ミヒャエルの青銅柱(1020年頃)はトラヤヌスの柱に着想を得た螺旋装飾で新約聖書の場面を表現しています。これらは古代以来で初めての大規模な鋳造作品で、どちらもベルンヴァルト司教の依頼によって制作されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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フェルクリンゲンの製鉄所

Völklingen Ironworks
フェルクリンゲンの製鉄所
フェルクリンゲン製鉄所は、フランス国境に近いドイツ西部に位置し、6ヘクタールに及ぶ敷地を持つ、西ヨーロッパにおける銑鉄生産の独特な記念碑です。これほど完全な形で銑鉄生産の全工程を示し、かつ高い真正性と完全性を備え、さらに革新的な工学技術の数々を示す歴史的高炉施設は、他に例がありません。フェルクリンゲンは、19世紀の産業史全般、そして特にヨーロッパの中心に位置するザール地方からロレーヌ地方,そしてルクセンブルクまでの国境を越えた産業地域の歴史を象徴した製鉄所となっています。また、この製鉄所は、19世紀から20世紀初頭にかけての第一次・第二次産業革命における人類の技術的成果の象徴でもあります。当時の宰相ビスマルクが推進した富国強兵政策の後押しもあり、最盛期には1日に約1,000トンの銑鉄を生産しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルスト

Castles of Augustusburg and Falkenlust at Brühl
ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルスト
ドイツ西部、牧歌的な庭園風景の中に建つブリュールのアウグストゥスブルク城は、建築家ヨハン・コンラート・シュラウンによって着工され、フランソワ・ド・キュヴィイエによって完成されました。ケルン大司教兼選帝侯の豪奢な居城であるこの城と、田園に建つ小さな狩猟館ファルケンルストは、18世紀ロココ建築のドイツにおける最初期かつ最良の例であり、当時のヨーロッパにおける比類ない豊かな建築・芸術文化と直接結びついています。1725年、バイエルン出身のケルン選帝侯クレメンス・アウグスト(1700–1761)は、中世城館の基礎の上にこの壮大な居城をブリュールに建設しました。建物は粗い塗装を施したレンガ造りの三翼構造で、南側には礼拝室を含むオランジュリー、北側には付属施設を収めたオランジュリーが接続しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ブレーメンのマルクト広場にある市庁舎とローラント像

Town Hall and Roland on the Marketplace of Bremen
ブレーメンのマルクト広場にある市庁舎とローラント像
ドイツ北西部ブレーメンの市場広場にある市庁舎とローラント像は、ヨーロッパの神聖ローマ帝国において発展した都市の自治権と市場特権を象徴する優れた遺構です。旧市庁舎(ラートハウス)は15世紀初頭にゴシック様式のホール建築として建てられ、17世紀初頭にはいわゆるヴェーザー・ルネサンス様式で改修されました。20世紀初頭には旧市庁舎の隣に新市庁舎が建設され、第二次世界大戦の爆撃を生き延びた建築群の一部となっています。旧市庁舎は、41.5m × 15.8m の長方形平面を持つ二階建てのホール建築で、「横長の矩形ホール構造」と呼ばれています。1階はオーク材の柱を持つ大広間で、商人の取引や演劇の場として使われていました。2階には同じ大きさの祝祭ホールがあります。窓の間には、ゴシック期の皇帝や選帝侯を表す石像が並び、後期ルネサンスの装飾と融合して市民自治を象徴しています。地下には1階と同じ規模の石柱を持つ大きなワインセラーがあり、後に西側へ拡張され、現在はレストランとして利用されています。17世紀の改修では、列柱の11軸のうち中央3軸が大きな矩形窓と高い破風を持つ張り出し部で強調され、これがヴェーザー・ルネサンス様式の好例となっています。さらに、砂岩による精巧な彫刻装飾がファサードに加えられ、寓意的・象徴的な表現が施されました。新市庁舎は建築コンペの結果、ミュンヘンの建築家ガブリエル・フォン・ザイドルによって設計され、1909年から1913年にかけて建設されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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ヘーゼビューとダーネヴィルケの国境の考古学的遺跡群

Archaeological Border complex of Hedeby and the Danevirke
ヘーゼビューとダーネヴィルケの国境の考古学的遺跡群
ヘーゼビューの交易拠点とデーン人の防衛施設ダーネヴィルケは、現在のドイツ北端、ユトランド半島のシュレースヴィヒ地峡に位置し、1千年紀から2千年紀初頭にかけて築かれた、土塁・壁・堀、集落、墓地、港湾などが空間的に結びついた複合遺構です。この特異な地理的位置は、スカンディナヴィア、ヨーロッパ大陸、北海、バルト海を結ぶ戦略的な要衝となりました。バルト海の入り江、河川、湿地帯が南北の通路を狭める一方で、海と海を結ぶ最短かつ安全な陸上ルートを形成していました。ヘーゼビューは、南のフランク王国と北のデンマーク王国の境界地帯という独自の位置により、ヨーロッパ大陸とスカンディナヴィア、北海とバルト海を結ぶ重要な交易拠点となりました。ヴァイキング時代を通じて3世紀以上にわたり、西欧・北欧の新興交易都市(エンポリア)の中でも最大級かつ最重要の都市の一つでした。10世紀には、国境と陸上輸送路を管理するダーネヴィルケの防衛施設に組み込まれました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)

Museumsinsel (Museum Island), Berlin
ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)
ベルリンを流れるシュプレー川の中州にあるベルリンの博物館島(ムゼウムスインゼル)は、都市の中心に位置する歴史的および芸術的に重要な個別の博物館群で構成された建築群です。これらの5つの博物館は、1824年から1930年にかけて著名なプロイセンの建築家によって建設されました。ベルリンの博物館島は、都市公共フォーラムの都市および建築的実現の驚くべき例であり、都市にとってアクロポリスのような象徴的価値を持っています。その希少な計画と建築の連続性、および1世紀以上にわたるコンセプトの一貫性が高く評価されています。建築的価値は、5つの博物館が所蔵する重要なコレクションと切り離せないものであり、それらは文明の進化を証明しています。展示されるコレクションとの有機的関係を設計した博物館内の建築空間は、内装の一部として組み込まれるか、枠組みとして解釈されるなど直接的なつながりを持っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ベルリンのモダニズム公共住宅

Berlin Modernism Housing Estates
ベルリンのモダニズム公共住宅
ドイツの首都ベルリンのモダニズム住宅団地は、1910年から1933年にかけて建設された6つの建物で構成されており、特にヴァイマール共和国時代には社会的、政治的、文化的に進歩的だったベルリンの革新的な住宅供給政策を証明するものです。この集合住宅は、低所得者層の住宅と生活環境を改善するための都市計画、建築、庭園設計の新しいアプローチを通じて建築改良運動の模範的な例となっています。集団住宅は新しい都市と建築の典型例を提供しており、斬新な設計ソリューションや技術的、そして美的な革新を備えています。ブルーノ・タウト、マルティン・ワグナー、そしてヴァルター・グロピウスなどの著名な建築家たちがこれらのプロジェクトに携わり、世界の住宅開発に多大な影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ポツダムとベルリンの宮殿と庭園

Palaces and Parks of Potsdam and Berlin
ポツダムとベルリンの宮殿と庭園
ベルリン市の南西端とポツダム市にまたがるハーフェル川湖畔とグリーニッケ湖湖畔の2,064haもの広大な区域内に残る宮殿や庭園で、これらは1730年から1916年にかけて建造されました。クノーベルスドルフ、ゴンタルト、ランハンス、シンケル、レネといったドイツにおける著名な建築家、造園家によってその構想は手掛けられ、この一帯を国際的にも評価の高い総合芸術作品として作り上げられました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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マウルブロンの修道院関連建造物群

Maulbronn Monastery Complex
マウルブロンの修道院関連建造物群
1147年に設立されたシトー会のマウルブロン修道院は南ドイツに位置します。アルプス以北で最も完全かつ保存状態の良い中世修道院群とされています。城壁に囲まれた主要な建物は12世紀から16世紀にかけて建造されたもので、ロマネスクからゴシックへの過渡期にあたります。聖堂は三廊式で、縦に長いラテン十字型のプランを持つロマネスク様式で創建されましたが、13世紀の初めにゴシック様式の柱廊玄関ホールなどが加えられました。北ヨーロッパから中央ヨーロッパの多くの地域のゴシック建築の普及に大きな影響を与えたと考えられています。修道院は町外れに位置し、かつ城壁に囲まれていることから市街地とは明確に区別され隔たれており、これは第一世代のシトー会建築の典型例の一つです。また、併設されていた神学校は、作家のヘルマン・ヘッセや詩人のフリードリヒ・ヘルダーリンなどが学んでいたことでも知られています。ヘッセの自伝的小説である『車輪の下』はマウルブロン神学校での体験を元にしているとされています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ムスカウ公園/ムジャクフ公園

Muskauer Park / Park Mużakowski
ムスカウ公園/ムジャクフ公園
ムスカウ公園/ムジャクフ公園は、ヘルマン・フォン・ピュックラー=ムスカウ伯爵が自身の領地に1815年から1844年の間に造営し、その弟子であるエドゥアルト・ペツォルトがその設計を継承して発展させた広大な景観公園です。ルザチア・ナイセ川の渓谷に調和する形で設置され、地元の町や周囲の農村景観との統合により、新しい景観設計の手法を切り開き、景観建築の発展に寄与しました。この広大な敷地には、ナイセ川やその他の人工・自然の水域、橋、建築物、森林地帯、遊歩道が含まれています。これは、文化的景観の一例であり、自然の特性を巧みに活用した見事な設計が施されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国, ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (i)(iv)
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モラヴィア教会入植地

Moravian Church Settlements
モラヴィア教会入植地
モラヴィア教会は、ルター派教会のひとつで、モラヴィア兄弟団とも呼ばれています。このモラヴィア教会に関係する4つの集落が国境を超えて4ヵ国に存在し、世界遺産に登録されています。これらの集落はヘルンフート(ドイツ)、ベツレヘム(アメリカ)、グレースヒル(英国)、クリスティアンスフェル(デンマーク)です。いずれの集落も、プロテスタントの理想を反映した都市計画に基づいて設立されており、平等とヒューマニズムが重視された街づくりがなされています。
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ヨーロッパの大温泉都市群

The Great Spa Towns of Europe
ヨーロッパの大温泉都市群
イタリア、英国、オーストリア、チェコ、ドイツ、フランス、ベルギーの7ヵ国に点在する11の温泉都市で構成される、国境を越えたひとつの世界遺産です。18世紀初頭から1930年代にかけて、ヨーロッパにおける温泉文化が最も隆盛を極めたことを示しています。これらの都市は、互いに影響しあいながら街づくりをし、絵画のような景観の中で、美しくデザインされたレクリエーション施設や治療・療養環境が整えられていきました。ヨーロッパの温泉文化の発展に貢献した数百の温泉地の中でも、最も洗練された大規模な都市が世界遺産に選ばれました。そのひとつである英国の「バース」は、古代ローマの温泉の遺構が残る現役の温泉施設で、1987年に『バースの市街』として単独でも世界遺産に登録されています。
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ライン渓谷中流上部

Upper Middle Rhine Valley
ライン渓谷中流上部
ライン川は全長1,223km、ヨーロッパ6ヵ国にわたり流れる国際河川です。そのうち、ドイツ西部に位置するビンゲン、リューデスハイムからコブレンツにかけての中流域、約65kmの区間は、急峻な峡谷と、河岸に60以上の町や集落、段々畑のブドウ園、城や要塞が点在する独特の景観が広がります。一帯には先史時代から人類が居住し、紀元前1世紀にローマ帝国の支配下に置かれると大陸の南北を結ぶ水運路として機能しました。中世には交通の要所として繁栄し、河岸には関所となる城や城塞が40以上も築かれました。これ等の城の多くは交易路を防衛する目的を担っていましたが、17~18世紀にかけてのドイツとフランスの戦争で荒廃し、廃城となりました。しかし、自然と古城が織りなす風景がロマン主義運動の感性に強く訴え、19世紀になるとロマン主義の影響を受けたラインシュタイン城やシュトルツェンフェルス城、カッツ城(ネコ城)などが建築・再建されました。こうして形成された景観は多くの詩人や画家、作曲家に着想を与え、芸術や文学の分野にも大きな影響を及ぼしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム

Mines of Rammelsberg, Historic Town of Goslar and Upper Harz Water Management System
ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム
ドイツ中央部にあるゴスラーは、その南方にある銀鉱山ランメルスベルクの開発によって大きな発展を遂げた都市です。この地では11世紀初頭に後の神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世によって、「オットー・アーデルハイト・ペニヒ」と呼ばれる銀貨を鋳造したり、鉱山の近くに宮殿を開いたり、また、1009年からは同宮殿において帝国集会が開催されました。以降神聖ローマ帝国の主要都市として栄え、13世紀頃までは帝国集会が頻繁に開催されました。その後は自治都市としての性格が強くなりハンザ同盟に加盟した後も鉱山として繁栄しましたが、16世紀頃から鉱山の権益をニーダーザクセン地方の領主に奪われたこともあり衰退しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献

The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement
ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献
フランスで活躍した近代建築家ル・コルビュジエの建築作品のうち、日本を含む3大陸7ヵ国に点在する17の資産が、2016年に世界で初めて「トランス・コンチネンタル・サイト」として世界遺産に登録されました。これら建築作品は、建築史上初めて、ある近代建築の概念が地球規模で広がり、実際に実践されたことを証明するものです。ル・コルビュジエは20世紀を代表する建築家の1人で、「住宅は住むための機械である」という言葉に象徴されるように、機能主義の建築家として近代建築運動を推進しました。彼は、建築の際の基準となる「モデュロール」や「近代建築の五原則」、「ドミノ・システム」などの重要な概念を次々と打ち出し、過去の伝統的な建築家たちと決別を図ったのです。
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レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ

Old town of Regensburg with Stadtamhof
レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ
ドイツ南東部、ドナウ河畔にあるレーゲンスブルクは、古くは石器時代から人の居住が始まり、西暦80年頃にローマ軍による砦が築かれて以降、2000年もの歴史を持つ都市です。特に中世以降はイタリア、ボヘミア、ロシア、ビザンツ帝国へと続く大陸交易路の重要な中継地として栄えました。9世紀以降は政治的、宗教的、経済的にも重要な位置を占めた都市であり、古代ローマ様式、ロマネスク様式、ゴシック様式といった様々な時代の建築物が混在して保存されています。また、中世から近世のドイツを統治していた神聖ローマ帝国の帝国議会が置かれた都市としても知られ、当初は各地の持ち回りで開催されていた議会でしたが、17世紀以降は常設議会として頻繁に開催されました。その後、神聖ローマ帝国の終焉・解体につながる決議がなされた地もレーゲンスブルクであり、帝国内において重要な位置を占める都市でした。旧市街には帝国の文化的伝統を伝える証拠として9世紀の宮殿の遺跡や多数の教会群、ゴシック様式に市庁舎など多くの歴史的建造物が残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ローマ帝国の境界線

Frontiers of the Roman Empire
ローマ帝国の境界線
歴史上最も広大な領地を治めた帝国のひとつであるローマ帝国は、「リーメス」と呼ばれる防衛網によって、帝国の国境線を防御してきました。その防衛網は、西は大西洋沿岸から東は黒海に至り、北はスコットランド中部、南はサハラ砂漠の北縁に至り、総延長は5,000kmを超えていました。これらのリーメスの大部分は、帝国が最大版図を築いた2世紀に主に構築されました。リーメスの遺跡はヨーロッパ各地に残されていますが、そのうち帝国北西部に位置したイギリス北部の「ハドリアヌスの長城」と「アントニヌスの長城」、およびドイツに残るリーメスが『ローマ帝国の境界線』として世界遺産に登録されています。なお、「ローマ帝国の境界線」という括りとしては、オーストリア、ドイツ、スロバキアにまたがる「ドナウのリーメス(西側部分)」と、オランダとドイツ間に広がる「低地ゲルマニアのリーメス」、ルーマニアの「ダキア」がそれぞれ別の世界遺産として登録されています。
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ローマ帝国の境界線:低地ゲルマニアのリーメス

Frontiers of the Roman Empire – The Lower German Limes
ローマ帝国の境界線:低地ゲルマニアのリーメス
オランダとドイツに跨る「ローマ帝国の境界線」の遺産で2021年に新規登録されました。ライン川下流に沿った約400㎞の防衛線で、ローマ帝国がゲルマン民族の侵攻から守るために築いた防壁です。102の構成遺産からなり、要塞や、砦、宿営地、市民の集落や街、円形劇場、宮殿なども含まれています。遺跡のほとんどは土に埋もれていますが、軍事拠点はローマ帝国の直線的防衛の始まりであり、紀元前2世紀には3つの大陸に跨る防衛線システムへと発展することとなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国, ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ローマ帝国の境界線:ドナウのリーメス(西側部分)

Frontiers of the Roman Empire – The Danube Limes (Western Segment)
ローマ帝国の境界線:ドナウのリーメス(西側部分)
2021年に登録された「ローマ帝国の境界線:ドナウのリーメス(西側部分)」はドイツ、オーストリア、スロバキアの3カ国にまたがる遺産です。400年以上利用された要塞や砦、土塁などの77の構成遺産がドナウ川に沿って約600㎞にわたって続いています。
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ロルシュの修道院遺跡

Abbey and Altenmünster of Lorsch
ロルシュの修道院遺跡
ドイツ中西部、ヘッセン州の小都市ロルシュにある修道院遺跡は、8世紀のカロリング朝時代に政治・文化の拠点として栄えた施設の名残です。修道院は764年頃にフランク人の貴族によって設立されましたが、その翌年の765年には聖ナザリウスの聖遺物(遺骨)がこの地にもたらされ、多くの巡礼者によって大いに栄えました。その後772年にはカール大帝の保護下に置かれることとなって以降は、王立修道院・帝国修道院として特権的な地位を与えられ,13世紀にその地位が失われるまで政治的、宗教的な中心地として繁栄しました。特に修道院の重要な施設であった写本室、図書室はその名声を高める拠点となり、現存する蔵書は世界中の73の図書館に伝えられています。修道院はまた、医学分野でも大きな貢献を果たしており、8世紀後半のロルシュ薬局方は、古典期以降で現存する最古の医学・薬学の写本として知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iii)(iv)
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