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アーグラ城
Agra Fort
アーメダバードの歴史都市
Historic City of Ahmadabad
アジャンターの石窟寺院群
Ajanta Caves
インドの山岳鉄道群
Mountain Railways of India
エレファンタ島の石窟寺院群
Elephanta Caves
エローラーの石窟寺院群
Ellora Caves
『エローラーの石窟寺院群』は、5世紀頃から10世紀頃にかけて造営された石窟寺院群です。インドのデカン高原西部の岩山の南西面に約2kmにわたって、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の3つの宗教の石窟寺院が34存在します。最初に掘られたのは仏教窟で、5世紀〜8世紀に第1窟から第12窟までつくられました。そのうち第10窟(ヴィシュヴァカルマ窟、「大工の石窟」とも)は最も有名な仏教窟のひとつで、内部には木造を模した高い天井が広がり、仏陀が椅子に座っている様子を表現した仏倚坐像が、仏塔(ストゥーパ)を背にして鎮座しています。このように、石窟寺院の内部に仏塔や仏像を安置して礼拝する祠堂をチャイティヤ窟といいます。仏教窟の最北端に位置する第12窟(ティーン・タル窟)は3層構造でつくられており、仏教窟の中では最も大きな窟です。
カジュラーホの寺院群
Khajuraho Group of Monuments
ゴアの聖堂と修道院
Churches and Convents of Goa
コナーラクのスーリヤ寺院
Sun Temple, Konârak
サーンチーの仏教遺跡
Buddhist Monuments at Sanchi
インド中部、マディヤプラデーシュ州にある『サーンチーの仏教遺跡』は、高さ約90mの丘の上に、宗教建築が群立しています。約50の遺跡群の中には、3つの大型のストゥーパ(仏塔)や祠堂、僧院など紀元前3世紀~後12世紀までの仏教の遺構が今に残されています。遺跡群はマウリヤ朝第3代の王であるアショーカ王がレンガ積みの小塔を建立したことから始まり、王の石柱と4頭の獅子を組み合わせた柱頭なども発見されています。また、第1ストゥーパはサーンチーを代表する建造物のひとつとして有名です。アショーカ王が各地につくった8万を超すストゥーパのひとつであり最古のもので、直径36.6m、高さ16.5mの大ストゥーパは頂上部を除いてほぼ完全な形で残されていることから、古い仏塔形式の典型として重要視されています。
ジャイプールのジャンタル・マンタル-マハラジャの天文台
The Jantar Mantar, Jaipur
シャンティニケタン
Santiniketan
インド東部西ベンガル州の農村部に、詩人で哲学者のラビンドラナート・タゴールが1901年に設立した寄宿制の学校兼芸術センターがあります。1921年にはヴィシュヴァ・バーラディ大学(世界大学)となり、タゴールの「人類の一体化」という理念を象徴する存在となっています。タゴールはアジア人として最初のノーベル文学賞を受賞し、さらにインド国歌の作詞作曲をするなど、インドの国民的偉人です。彼は「世界が一つのカゴとなる」という宗教的文化的境界を超えた人類の統一・一体化という思想をここに具現化しようとしました。この学校では、屋外授業・農村での労働と生活・芸術制作などを通じ、すべてが調和した環境下で教育・自然・芸術を組み合わせた「総合芸術」を指向しました。
タージ・マハル
Taj Mahal
近世のインドを支配したムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンは、戦地に帯同していた際に産褥熱で亡くなった愛妃ムムターズ・マハルのために、古都アーグラに霊廟を建設しました。ムムターズ・マハルという名は「宮廷の光」という意味で、皇帝が美しい妃に贈った名です。建設は1631年に始まり、1648年に完成しました。ガンジス川の支流のひとつヤムナー川の南岸、広さ17万㎡の長方形の敷地に完成した霊廟は、総白大理石の壮大なもので、高さ5.5mの基壇の上に幅65m・高さ58mの八角形の廟本体があり、四隅には高さ43mの4本のミナレットが立っています。また、廟をはさんで両側に赤砂岩造りのモスク(西側)と集会所(東側)が建てられており、その赤砂岩の赤、空の青さ、前庭の芝生や植物の緑の中に真っ白な廟が美しく映え、その色のコントラストはまさにコーランの「天上世界」を思わせるものです。
大チョーラ朝寺院群
Great Living Chola Temples
チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧名ヴィクトリア・ターミナス)
Chhatrapati Shivaji Terminus (formerly Victoria Terminus)
チャンパネール ‐ パーヴァガドゥ遺跡公園
Champaner-Pavagadh Archaeological Park
テランガナ州にあるカカティーヤ時代のルドレシュワラ(ラマッパ)寺院
Kakatiya Rudreshwara (Ramappa) Temple, Telangana
インド南東部にあるルドレシュワラは、12~14世紀にこの地を支配したカカティーヤ朝時代に築かれたシヴァ神を祀るヒンドゥー教寺院です。マルコ・ポーロもここを訪れ、その美しさを絶賛したと伝わっています。繊細な彫刻を施された梁と柱が特徴的で、それらは地元の舞踊や文化を今に伝えています。また、高くそびえるピラミッド形の塔ヴィマーナには、水に浮くような多孔性の軽量レンガを使用し、重厚な外観を持ちながら重量軽減と耐震性向上を図っています。「寺院は自然環境の一部として建造されるべき」という理念に基づき、周囲の丘・森林・川・湖などと調和し、一体となって存在しています。この寺院は通称「マラッパ寺院」と呼ばれていますが、マラッパという職人によって建設されたことからそう呼ばれています。職人の名が寺院につけられるのは大変珍しいことです。
デリーのクトゥブ・ミナールとその関連施設
Qutb Minar and its Monuments, Delhi
デリーのフマユーン廟
Humayun's Tomb, Delhi
ドーラヴィーラ:ハラッパーの都市
Dholavira: a Harappan City
「古代四大文明」のひとつ「インダス文明(別名ハラッパー文明)」の代表的遺跡です。インダス側流域には紀元前3000年頃から人々が住み始め「モヘンジョ・ダーロ」や「ハラッパー」などの都市ができましたが、紀元前2000年頃から徐々に衰退して紀元前1500年頃にはほぼ廃墟となりました。文明衰退の理由は、川筋の移動や気候変動などが推測されていますが定かではありません。ドーラヴィーラはインダス川本流から少し離れた、インド西部のカッチ湿原に浮かぶカディール島にあり、雨季には2つの川が出現し水に囲まれます。また出土する工芸品などから、メソポタミア文明との交流があったことが窺われ、ここは古代文明間の水運交易の中継地であったとも言われます。
ナーランダ・マハーヴィハーラの遺跡群
Archaeological Site of Nalanda Mahavihara at Nalanda, Bihar
パッタダカルの寺院群
Group of Monuments at Pattadakal
ハンピの都市遺跡
Group of Monuments at Hampi
インド南部のハンピには、14~16世紀にかけて南インドを支配した最後のヒンドゥー教王国ヴィジャヤナガル王国(「勝利の都」という意味)の都市遺跡があります。この都市は7重の城壁を巡らせた堅固な要塞都市であったとされ、約26㎢の範囲に王宮や寺院、バザールなどが建ち並んでいました。しかし1565年にイスラム勢力によって蹂躙され放棄されました。現在残っているのは、最も神聖な聖域とされる「ヴィルーパークシャ寺院」と、石造りのラタ(山車)が有名な「ヴィッタラ寺院」などです。これらの寺院は、当時王国で広まっていたドラヴィダ様式で建てられており、規模の大きさや塔門(ゴープラ)、回廊、精緻な彫刻が特徴です。また、世俗建築にはイスラム建築の要素も取り入れられており、女王の浴場や象舎などで見ることができます。
ファテープル・シークリー
Fatehpur Sikri
ファテープル・シークリーは、インドの古都アーグラ近郊にあるムガル帝国の都の遺跡です。1571年、3代皇帝アクバルは、イスラム神秘主義者スーフィーの聖者シャイフ・サリーム・チシュティーが、息子(後の4代皇帝ジャハーンギール)の誕生を予言した場所に新たな都市の建設を開始しました。当時アクバルが西部グジャラート地方での戦いに勝利したことにちなみ、「勝利の都市」を意味するファテープル・シークリーと名付けられ、1573年に完成しました。しかし水不足や酷暑、またアフガン民族との戦いから、わずか14年後の1585年にラホールへと遷都されました。1619年には、疫病が流行したアーグラから避難したジャハーンギールが約3ヵ月間滞在しましたが、その後は完全に放棄されました。
ブッダガヤの大菩提寺
Mahabodhi Temple Complex at Bodh Gaya
ムンバイにあるヴィクトリア朝ゴシックとアール・デコの建造物群
Victorian Gothic and Art Deco Ensembles of Mumbai
ラジャスタン州のジャイプール市街
Jaipur City, Rajasthan
ラジャスタンの丘陵城塞群
Hill Forts of Rajasthan
ラニ・キ・ヴァヴ:グジャラト州パタンにある王妃の階段井戸
Rani-ki-Vav (the Queen’s Stepwell) at Patan, Gujarat
ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献
The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement
フランスで活躍した近代建築家ル・コルビュジエの建築作品のうち、日本を含む3大陸7ヵ国に点在する17の資産が、2016年に世界で初めて「トランス・コンチネンタル・サイト」として世界遺産に登録されました。これら建築作品は、建築史上初めて、ある近代建築の概念が地球規模で広がり、実際に実践されたことを証明するものです。ル・コルビュジエは20世紀を代表する建築家の1人で、「住宅は住むための機械である」という言葉に象徴されるように、機能主義の建築家として近代建築運動を推進しました。彼は、建築の際の基準となる「モデュロール」や「近代建築の五原則」、「ドミノ・システム」などの重要な概念を次々と打ち出し、過去の伝統的な建築家たちと決別を図ったのです。