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ドニャーナ国立公園
Doñana National Park
スペイン南西端、アンダルシア地方のグアダルキビル川河口に広がるドニャーナ国立公園は国内最大の国立公園として有名です。507㎢強の敷地には海沿いのサンゴ礁から湿原、内陸のやぶ地、砂丘林まで、多様な自然環境が存在しています。ここは中世以来、スペイン王室の狩場として人の定住が禁じられてきました。毎年50万羽を超える水鳥の越冬地であり、アオサギの営巣地としては地中海最大です。さらに絶滅危惧種のスペインオオヤマネコやインペリアルイーグルなどの固有種のほか、128種類の鳥類、28種類の哺乳類、11種類の両生類、18種類の爬虫類など多様な生物を見ることができます。また、高さ40mもの砂が年間6mも移動する動く砂丘「ドゥナス・モビレス」もドニャーナ国立公園の特徴的な奇観として有名です。
トラムンタナ山脈の文化的景観
Cultural Landscape of the Serra de Tramuntana
地中海に浮かぶスペイン領マヨルカ島の北西岸に連なる険しい山岳地帯の急傾斜地には、段々畑のなかに村落や水車などの水利施設が点在する景観が広がっています。ここでは資源の乏しい環境下にもかかわらず数千年間にわたり農耕が行われてきており、特に10世紀からのイスラム支配の時代には、アラブ系の人々が得意とする地下水路カナートや用水路・貯水池などの技術が生かされ、オリーヴなどの栽培が発展しました。山の斜面に蜘蛛の巣のように張り巡らされた当時の集水・貯水と排水の高度な水利システムは現在も利用されています。13世紀末からのキリスト教勢力の支配の時代にもこれら水利施設は引き継がれて、加えて入植者のための水と土地の管理システムが構築され、さらに発展していきました。ここでは、地中海世界におけるイスラム世界とキリスト教世界の農業文化の交流の典型を見ることができます。
バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院
Palau de la Música Catalana and Hospital de Sant Pau, Barcelona
『バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院』は、アントニ・ガウディと同じ時代に活躍したモデルニスモ建築の巨匠、ルイス・ドメネク・イ・モンタネルによって設計された建造物群です。なかでもカタルーニャ音楽堂は、ドメネクの最高傑作との呼び声が高く、随所でユニークな設計を見ることができます。1905〜1908年にかけて建設された初期の鉄骨造りの建築で、鉄骨の骨組みの大部分をガラス張りのカーテンウォールで閉じた構造となっています。鋼鉄の骨組みを使用することで、内部の間取りを自由にできる工夫が施されていて、コンサートホールには大きなオープンスペースが連続して設けられています。ホール中央の天窓には太陽が描かれています。この天窓には、陽の光でホール内を明るく照らすなど、自然光を最大限に活用するドメネクの工夫が凝らされています。また、当時の澄明な芸術家たちが装飾を手掛けていることも特徴で、外壁には美しい虹色のモザイク・タイルで覆われています。
バレンシアのラ・ロンハ・デ・ラ・セダ
La Lonja de la Seda de Valencia
ビスカヤ橋
Vizcaya Bridge
ピレネー山脈のペルデュ山
Pyrénées - Mont Perdu
プラド通りとブエン・レティーロ:芸術と科学の景観
Paseo del Prado and Buen Retiro, a landscape of Arts and Sciences
マドリードの都市中心部に位置するプラド通りとブエン・レティーロは、スペイン帝国最盛期にユートピア社会を目指した「知識の民主化」という啓蒙思想に結びついた文化的景観です。全長約1kmのプラド通りは、16世紀にヨーロッパの都市で最初に築かれた並木道として知られています。その他にも、アポロの噴水、ネプチューンの噴水、シベレスの噴水などの街のシンボルとなる大型噴水や樹木の設置、道路整備、市街地開拓と市民の憩いの場所として都市環境が整備されてきました。さらに通り沿いにはプラド美術館、王立植物園、王立天文台が設置されるなど、文化・科学・自然がひとつの街に共存しています。このようなプラド通りとブエン・レティーロのまちづくりはスペイン国内やラテンアメリカの多くの都市のモデルとなりました。
ブルゴスの大聖堂
Burgos Cathedral
ヘラクレスの塔
Tower of Hercules
ヘラクレスの塔は、ローマ人が1世紀後半に建設して以来、スペイン北西部のコルーニャ港入り口で灯台や陸標(ランドマーク)としての役目を担ってきました。高さ55mのこの塔は現役で稼働する最古の灯台として有名です。現在の姿は18世紀末に修復されたものですが、土台にはローマ帝国時代の部分も残っています。かつて塔のあるガリシア地方は「ブリガンティウム」と呼ばれ、この地を治めたケルト人の一派が海岸沿いに幾つもの見張り塔を建てました。その後、一帯を占領したローマ人が見張り塔のひとつを灯台に改築し「ブリガンティウムの塔」と名付けたと言われています。そしてスペイン統一後に、ケルト文化と関係のない「ヘラクレスの塔」と改名されました。
ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群
Catalan Romanesque Churches of the Vall de Boí
ポブレの修道院
Poblet Monastery
マドリードのエル・エスコリアール修道院と王立施設
Monastery and Site of the Escurial, Madrid
メディナ・アサーラのカリフ都市
Caliphate City of Medina Azahara
メノルカ島のタライオティック文化
Talayotic Menorca
メリダの考古遺跡群
Archaeological Ensemble of Mérida
要塞都市クエンカ
Historic Walled Town of Cuenca
スペイン中部、マドリードの南東170kmに位置するクエンカは石灰岩の岩山の頂に築かれた要塞都市です。9世紀、立地の良さに目を付けたイスラム教徒は、この地に要塞を築きコルドバ防衛の拠点としました。しかし、1177年にレコンキスタ(国土回復運動)によりキリスト教徒が入植すると、市街には要塞を中心に聖堂、修道院などのキリスト教建築が次々と建てられました。クエンカはイスラム建築を基本とする建築物の複合体でありながら、カスティーリャ王国の主要都市として君臨し、ルネサンス期に大きな隆盛の時期を迎えます。世界遺産としての価値をなす建造物の多くは、キリスト教徒入植後にイスラム勢力からの反撃に備えるもので、堅牢な城壁に囲まれた街は自然景観すらも圧倒します。田園風景の中心にそびえる岩山の頂の街は「景観都市」の原型とも称され、その美しさを今も放ち続けています。
ラス・メドゥラス
Las Médulas
『ラス・メドゥラス』は、スペイン北西部の山岳地帯にあるローマ帝国時代の金の採掘場です。1世紀、ローマ帝国はこの地域で、水力を利用した技術による金鉱脈の開発に着手しました。湧き水、雨、雪解け水を一度大きなダム(貯水池)に集め、そこから長距離にわたって延びる水路が鉱山とつながれていました。ダムの水門を開くと、大量の水が水路に流れ込み、水圧によって鉱山では土砂崩れが発生します。こうすることで露出された大量の金を一気に採取することができました。このような採掘方法は「ルイナ・モンティウム」(山崩し)と呼ばれました。採掘の過程で生じた選鉱屑は数キロにわたって堆積しており、一部では農地として利用されている場所もあります。
リスコ・カイドとグラン・カナリア島の聖なる山々の文化的景観
Risco Caido and the Sacred Mountains of Gran Canaria Cultural Landscape
ルーゴのローマの城壁群
Roman Walls of Lugo
歴史都市トレド
Historic City of Toledo
トレドは首都マドリードから南に70kmの場所に位置する古都として有名です。三方をタホ川が取り囲む小高い丘の上に築かれた都市は、三大宗教の共存が息づく比類のない景観を今も保っています。伝承には、「方舟伝説」で知られるノアの末裔によって築かれたと伝わっています。ローマ帝国の支配下に置かれ、西ゴート王国時代は首都となり、711年からはイスラム勢力の統治下に置かれました。その後、レコンキスタによってキリスト教徒の手に戻るとカスティーリャ王国の王都となりました。当時トレドでは、キリスト、イスラム、ユダヤ教の信者が宗派を問わず暮らしていました。しかし、1492年のレコンキスタ完了後、キリスト教徒による迫害が始まると、イスラム教徒は去っていきました。街には、イスラム色の強い建物や、ユダヤ教徒の装飾品の数々が残り続け、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の三大宗教の要素が共存する特有の街並が今日のトレドに残されています。