World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iii)(iv))

アスキア墳墓

Tomb of Askia
アスキア墳墓
マリ共和国の南東部ガオには、高さ17mもあるピラミッド型をしたアスキア墳墓が残っています。これは1495年、かつてニジェール川流域を中心に繁栄したソンガイ帝国の時代に造営されたもので、ガオはその都でした。この帝国を治めていたアスキア・モハメド王は、信心深いイスラム教徒で、後にイスラム教を国教に定めました。アスキア・モハメド央の泥を固めてつくられている墳墓は、丸みを帯びた形が特徴で、西アフリカのサヘル地域特有の建築様式を代表する建造物です。15世紀から16世紀にかけて、同帝国は岩塩と金を中心としたサハラ交易を掌握しましたが、これはその時代の栄華を物語るものだとも言えます。付近一帯には墳墓のほか、平屋根の2つのモスク、共同墓地、野外集会所も残存します。2012年、地域紛争の勃発による破壊などを理由に、危機遺産リストに登録されました。
地域: アフリカ / 国名: マリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群

Assisi, the Basilica of San Francesco and Other Franciscan Sites
アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群
中世の面影を残す街並みを持つ都市アッシジは、ローマの北約130㎞の位置にあるスバジオ山の斜面に扇上に広がります。この街の裕福な商人の家に生まれたフランチェスコは、戦争で捕虜となり熱病に侵された際に、神の啓示を受けたとされています。やがて、説教活動を始め、愛と平和を説き、貧しくあることが神の道としました。そして、清貧であることを実践する彼の教えに感銘を受けた同志と共に、フランシスコ修道会を設立しました。アッシジの貴族の令嬢であったキアラは、フランチェスコに弟子入りして、フランシスコ会の女子修道会を設立しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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アテネのアクロポリス

Acropolis, Athens
アテネのアクロポリス
アテネは古代ギリシアを代表するポリス(都市国家)であり、民主政の基礎が築かれた場所でもあります。その中心となった場所が「アテネのアクロポリス」です。アクロポリスとは「高いところ」を意味し、今でもアテネの市街地を見下ろす高さ70mほどの丘にアクロポリスが鎮座しています。このアクロポリスの中心に立つのが、世界的に有名な「パルテノン神殿」です。この神殿は、古代のペルシア戦争終了後に、天才的な政治家であったペリクレスの指導の下、建設されました。ペルシア戦争の勝利を祝ってアテナに捧げられた神殿であり、大彫刻家のフェイディアスが中心となり手がけました。この神殿の特徴のひとつは、円柱の中央部が微妙に膨らんでいる「エンタシス」という技法です。重圧感を和らげ、軽快さを演出するという効果があり、驚くことにはるか東の日本の法隆寺の柱でもこの技法が伝わっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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アワッシュ川下流域

Lower Valley of the Awash
アワッシュ川下流域
先史時代の人類の化石が大量に発掘されている地域の一つが、エチオピア東北部のアワッシュ川下流域一帯です。この地域の人類や動物の化石を調査するため、1973年から1976年まで国際的な専門家のチームによる大規模な発掘プロジェクトが組まれました。その中で、350万年以上前にすでに二足歩行を行っていたという猿人アウストラロピテクス・アファレンシスの化石が見つかり、人類の進化、人類史の概念が塗り替えられました。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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アンコールの遺跡群

Angkor
アンコールの遺跡群
アンコール遺跡群は9~15世紀にかけてのクメール王朝の首都で、当時の繁栄を現代に残しています。400㎢という広大な範囲に、600以上の寺院や水利施設などの遺構が残っています。登録エリア内には多くの村が点在し、アンコール朝の時代まで祖先が遡る村も存在します。アンコール朝の歴代の王は即位のたびに都城と寺院を造営し、自身を神格化させました。クメール美術が花開いた地域であると同時にクメール美術を代表する地域でもあり、東南アジア全域に大きな影響を及ぼしました。
地域: 東・東南アジア / 国名: カンボジア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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アンティグア・グアテマラ

Antigua Guatemala
アンティグア・グアテマラ
現在はコーヒー栽培地域の中心地であるアンティグア・グアテマラは、スペイン植民地時代、グアテマラ総督領の首都でした。1543年に建設されたこの都市は、火山に囲まれた標高約1,500mの高地にあったため、度重なる地震に襲われてきた歴史をもっています。被災のたびに壁を厚くし、柱を太く短くするなど建造物に耐震性が施され、約230年間発展し続けました。しかし1773年に起きた大地震は、街の再建を放棄させるほど甚大な被害を生みました。これにより、首都はここから約40km離れた場所に移されます。それが現在の首都であるグアテマラ・シティです。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: グアテマラ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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イビサ島の生物多様性と文化

Ibiza, Biodiversity and Culture
イビサ島の生物多様性と文化
地中海西部のバレアレス諸島に位置し、現在ではリゾート地としても知られるイビサ島は、固有の生物と歴史的建造物が共存する複合遺産です。特に「ポシドニア・オセアニカ」と呼ばれる海草は、地中海沿岸にのみ分布する固有種であり、その中でもイビサ島周辺のものは最も良好な保存状態にあるとされています。この海草草原は、絶滅危惧種を含む多様な海洋生物の産卵・生育の場として重要であり、また、海岸を嵐から守る天然の防波堤としても機能しています。さらに、1ヘクタールあたり年間21トンのバイオマスを生産するなど、生物生産性も非常に高く、熱帯雨林に匹敵します。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(ix)(x)
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殷墟

Yin Xu
殷墟
殷墟は、北京の南方に位置する河南省安陽市にあり、中国最古の古代都市遺跡のひとつです。中国で現在確認できるものとしては、最古の王朝とされる殷(商)(紀元前17世紀頃〜前1046年)の最後の首都で、紀元前1300年頃に築かれたと考えられています。殷は、紀元前17世紀に夏王朝を倒して建てた王朝とされ、多数の氏族集団(邑)が王に服属して成り立つ連合体でした。紀元前1046年、周の武王が殷の紂王を打ち破り、殷王朝は滅亡しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ヴェネツィアとその潟

Venice and its Lagoon
ヴェネツィアとその潟
イタリアのアドリア海に位置するヴェネツィアは118の島と176の運河、400以上の橋からなる都市です。異民族の攻撃から避難したウェネティ人が潟(イタリア語でラグーナ)に都市を築きました。7世紀には本格的な建物が建てられ、8世紀には形式上ではビザンツ帝国に従属しつつも、実質的に独立を保ち、東方貿易の拠点として発展しました。10世紀には主要な海運国となり、1797年のナポレオン1世から侵略を受けるまで約1,100年間自治都市として独立し続けました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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雲岡石窟

Yungang Grottoes
雲岡石窟
雲岡石窟は、山西省武周山南麓の断崖面の全長およそ1kmの範囲に現存する、252の石窟です。452年に即位した北魏の文成帝が、高僧曇曜(どんよう)の提言に従い、460年に開鑿を行ったのがその始まりです。文成帝は「曇曜五窟」と呼ばれる5つの石窟に、自身を含めた5人の皇帝を模した大仏を建立しました。494年、洛陽に遷都したことを機に造営は終息に向かい、石窟は存在を忘れられていきましたが、1902年に建築家の伊東忠太が建築研究のため中国を訪れ再発見しました。仏像は5万体以上あり、第20窟の如来坐像は傑作とされています。仏像は制作年によって様式が異なり、徐々に中国独自のものになっていった様子がうかがえます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域

Sanctuary of Asklepios at Epidaurus
エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域
ペロポネソス半島東部の谷間に位置するエピダウロスは、医療の神アスクレピオスが祀られている聖地です。元々は先史時代から治癒の力をもつ神々に捧げられ、紀元前800年頃に治癒の神・アポロンの聖域となった丘がありました。その後紀元前6世紀頃までに、ギリシャ神話においてアポロンの息子とされ、人間の健康と幸福の守護神であるアスクレピオスに捧げられた聖域が、アポロンの聖域の丘から1kmほど離れた平地に築かれました。二柱の治癒の神の聖地であるエピダウロスには、ギリシャ中から病で苦しむ人々が訪れるようになりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡

Historic Centre of Oaxaca and Archaeological Site of Monte Albán
オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡
メキシコ南部のオアハカ州に位置する「オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡」はモンテ・アルバンの考古遺跡とオアハカ・デ・フアレス(オアハカ)の歴史地区の異なる2つの文化遺産で構成されます。モンテ・アルバン考古遺跡はサポテカ文明の中心都市として繁栄したオアハカ渓谷における重要な考古遺跡です。一方でオアハカは16世紀のスペイン植民地時代の植民都市や都市計画の好例となった歴史都市です。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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オリンピアの考古遺跡

Archaeological Site of Olympia
オリンピアの考古遺跡
オリンピアの考古遺跡は、首都アテネから西へ190kmにあるクロノスの丘の麓にオリンピアはあります。神々の山であるオリンポス山にその名を由来とするこの町では、紀元前8世紀頃から神々の父でもあるゼウスを奉納するための競技が定期的に開かれ、やがてこの競技会はギリシャ世界だけでなく、近隣諸国から参加者を集める国際的なスポーツ祭典となりました。長らく続いた祭典でしたが、キリスト教が国教となった4世紀末には、異教の祭典という理由から開催が禁止となりました。以降、長い間埋もれていましたが、18世紀に遺跡が発見されます。ローマ皇帝の命令で数多くの建築物が破壊されましたが、ゼウス神殿やヘラ神殿、短距離走などの練習場であったギムナシオンなどの基盤が一部残ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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オルホン渓谷の文化的景観

Orkhon Valley Cultural Landscape
オルホン渓谷の文化的景観
オルホン渓谷はモンゴル中北部オルホン川の両岸に広がる雄大な牧草地です。広大な渓谷の範囲には6世紀にまで遡る考古遺跡が数多く残り、遊牧民とその社会の様子を現代に伝えています。この地は古くから東西交易の交差点であり、突厥やウイグルの拠点として発展しました。13~14世紀にはモンゴル帝国の首都として繁栄しました。また最古のモンゴル仏教寺院も残っており、モンゴル仏教の発展の舞台でもあります。
地域: 東・東南アジア / 国名: モンゴル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カザン・クレムリンの歴史的関連建造物群

Historic and Architectural Complex of the Kazan Kremlin
カザン・クレムリンの歴史的関連建造物群
ロシア西部タタールスタン共和国の首都カザンのクレムリンには、ロシアで現存する唯一のタタール要塞が残ります。カザンは10~13世紀にかけてはヴォルガ・ブルガール人の都市で、10世紀末から11世紀初頭には現在のクレムリンの場所に要塞化した集落が出現しました。12世紀には石造の要塞も造られましたが、13世紀からは200年以上にわたり「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴルの支配下に置かれました。15世紀にカザン・ハン国の都となると、クレムリンの地にはハンの宮殿が建てられ、カザンはタタール文化の中心都市として栄えました。しかし1552年、およそ15万の大軍を率いるイヴァン4世(雷帝)によってカザンは陥落し、ロシアに編入されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産

18th-Century Royal Palace at Caserta with the Park, the Aqueduct of Vanvitelli, and the San Leucio Complex
カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産
イタリア南西部、ナポリ近郊カゼルタに、ポーランド継承戦争が終わった18世紀の終わり、混迷の時代に、ナポリ王・カルロ7世(ブルボン家・カルロス3世)の命により、ヴェルサイユとマドリードの王宮に対抗してイタリアで最も壮大な王宮と庭園、水道橋等が建築されました。建築したのはルイージ・ヴァンヴィテッリとその息子。王宮以外にも、広大な森林地帯に24の国の庁舎、付属劇場等が作られ、19世紀にはブルボン家の貴族たちが春と秋の離宮として利用されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都

Qal’at al-Bahrain – Ancient Harbour and Capital of Dilmun
カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都
ディルムンは、メソポタミアとインダス文明を結ぶ交通の要衝とされた地で、正確な位置は明らかになっていないもののバーレーン等がその首都と考えられています。カルアトル・バーレーンは、紀元前24世紀頃から形成されてきたテルや古代の灯台と考えられている塔、海路、ヤシの木立等を主要な要素とする考古遺跡です。遺跡の発掘調査は全体の約25%程度しか実施されていませんが、住居や宮殿、公共施設、軍事施設等が発見されており、この地が何世紀にもわたって反映した重要な貿易港であったことの証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: バーレーン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群

Ancient Maya City and Protected Tropical Forests of Calakmul, Campeche
カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群
ユカタン半島のカンペチェ州内陸にあるカラクムルは紀元前1000年頃から紀元後1000年頃までマヤ文明のカーン王朝の本拠地として発展した古代都市です。文明崩壊後、都市は完全に放棄され、無人状態が続きました。そのため都市は全体として非常に良い状態で保たれ、当時の都市の様子や生活、文化を鮮明に知ることができます。また象形文字の碑文やレリーフ彫刻も当時の様子を記録しています。しかし9~10世紀頃に古典マヤ文明が崩壊した理由は判明しておらず、謎ものこる古代都市です。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)(ix)
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キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルーシク大修道院

Kyiv: Saint-Sophia Cathedral and Related Monastic Buildings, Kyiv-Pechersk Lavra
キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルーシク大修道院
9~13世紀にキリスト教圏の東端で栄えたキエフ大公国(キーウ・ルーシ)が首都キーウに残したキリスト教関連の建築物群です。キエフ大公国は10世紀末にギリシャ正教を国教として公認し、ビザンツ様式の教会や修道院が数多く建てられました。キーウの中心部にある聖ソフィア聖堂はキーウ・ルーシ全盛期の11世紀にヤロスラフ賢公によって建設されたキーウ最古の聖堂です。後にロシア各地の聖堂建築に影響を及ぼしたことから、「ロシア聖堂の母」と呼ばれます。郊外の高台に立つキーウ・ペチェルーシク大修道院はやはり11世紀に建設され、宗教・学問・教育の広い分野で中世ロシア有数の「知の中心」でした。13世紀にモンゴル軍により破壊されましたが、19世紀になって再興されました。世界遺産には、ペレストヴォ地域にある救世主聖堂も併せて登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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紀伊山地の霊場と参詣道

Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
紀伊山地の霊場と参詣道
紀伊山地は三重・奈良・和歌山にまたがる山岳地帯で、豊かな自然と深い森林が広がっています。古代から神々が宿る特別な場所とされ、神仏習合の宗教観に基づかれた霊場が形成されました。熊野三山、高野山、吉野・大峯の三霊場と、それらを結ぶ参詣道は、日本の宗教文化に大きな影響を与え、今も多くの信仰を集めています。それらは自然環境を中心に育まれ、今なお共存しているため、日本ではじめて文化的景観が認められました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ギマランイスの歴史地区とコウルス地区

Historic Centre of Guimarães and Couros Zone
ギマランイスの歴史地区とコウルス地区
ポルトガル北西部の古都ギマランイスは、「国家発祥の地」と称されています。ここは、1143年に成立したポルトガル王国の初代国王アフォンソ1世の出生地であり、国民的アイデンティティと言語が確立した時代に深く関わる場所です。旧市街には、ギマランイス城やブラガンサ公爵館など、同国の歴史を象徴する建造物が保存されています。ゴシック様式やマヌエル様式など、さまざまな時代の建築様式が混在するノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会は、10世紀に設立された修道院を前身としています。この修道院を守るために建てられた要塞は、後のギマランイス城となりました。また、ギマランイスで中世に開発された花崗岩と木を組み合わせたユニークな建築様式は、アフリカや当時植民地であったブラジルにも伝わりました。2023年には、皮革産業が多く営まれたコウルス地区まで登録範囲が拡大しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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キューの王立植物園

Royal Botanic Gardens, Kew
キューの王立植物園
ロンドン南西部、テムズ川沿いに位置する『キューの王立植物園』は132万m2の敷地面積を持つ世界最大規模の植物園です。1759年、イギリス王室のジョージ3世の母によって創建されて以来、何世紀にもわたって集められてきた莫大な植物学的コレクション(希少植物、海外から採集した植物、資料など)が展示されています。また国際的に知られている造園家のチャールズ・ブリッジマンやウィリアム・ケント、ランスロット・ブラウンなどの作品も見ることができます。キュー植物園の景観デザインや庭園、建物、植物コレクションは後に世界中に広まったガーデンアートと植物科学の発展の礎となっており、文化的景観の価値も認められています。
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ゲディの旧市街と考古遺跡

The Historic Town and Archaeological Site of Gedi
ゲディの旧市街と考古遺跡
ケニア南東部の沿岸にあるゲディの都市は、10世紀から17世紀にかけて東アフリカ沿岸で最も重要なスワヒリ都市のひとつでした。スワヒリとはアラビア語で「海岸」を意味し、東アフリカの沿岸部で使用されているスワヒリ語などが有名です。この地域ではアラブ商人が頻繁に往来し、アフリカの言語とアラビア語が混ざって独自の文化が形成されました。その中で、特に15世紀から17世紀にかけてゲディは栄えたと言われています。17世紀には水不足などが原因で放棄されたので、現在は遺構だけが残っていますが、当時の繁栄ぶりを示してくれます。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群

Gebel Barkal and the Sites of the Napatan Region
ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群
ナイル川流域には、クシュ王国の文化を物語る重要な遺跡群が広がっています。クシュ王国はアフリカ最古級の黒人国家であり、紀元前900年から前270年にかけて栄えたナパタ文化と、前270年から後350年にかけて栄えたメロエ文化の2つに分かれています。前10世紀にクシュ王国が誕生し、前730年にはピアンキ王がエジプト全域を統治することになります。そこから約70年という長いナパタ王国時代が続きます。遺跡群にはピラミッド付きの墓、寺院、住居、宮殿などが含まれています。これらの遺跡は、古代の建築技術や宗教儀式を今に伝える貴重な証拠となっており、古代文明の深い歴史を感じさせます。また、当時の社会構造を理解するための手がかりとして非常に重要です。
地域: アフリカ / 国名: スーダン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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高句麗古墳群

Complex of Koguryo Tombs
高句麗古墳群
北朝鮮の首都、平壌周辺の高句麗古墳群は、高句麗王国の中・後期にあたる4〜7世紀ごろに建造された63基からなる古墳群で、その多くに美しい壁画が残されています。高句麗は、現在の中国東北部と朝鮮半島にかけて栄えた最強の王国のひとつでした。これまでに中国と朝鮮半島で発見された1万以上の高句麗の古墳のうち、壁画が描かれている古墳は約90か所で、これらの古墳のほぼ半分は世界遺産登録された地域にあります。壁画の図柄は、青龍、白虎、朱雀、玄武を描いた四神図や狩猟図、それに日本の高松塚古墳のものと似た女性像など多岐にわたっています。衣装、食べ物、住居生活、埋葬の習慣、さらには宗教的儀式など、今は消えてしまった高句麗文化の豊かさを伝える証となっています。高松塚古墳やキトラ古墳の壁画との関連性も指摘されており、高句麗王国が日本を含む東アジアに大きな影響を与えていたことを示唆しています。
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コソボの中世建造物群

Medieval Monuments in Kosovo
コソボの中世建造物群
デチャニ修道院はセルビア王ステファン・デチャンスキのために建てられ、彼の霊廟にもなっています。この修道院には、1329年に献堂されたバルカン半島最大の規模を誇る主聖堂があり、同時代の他の様式とは異なるロマネスク様式の外観となっています。他の構成資産でも、特徴的な4つのドーム型教会を有するペーチ総主教区修道院やビザンチン様式とロマネスク様式が融合したリェヴィシャの聖母教会のフレスコ画など、独特の様式を持つビザンチン・ロマネスク教会文化の最高潮を反映しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: セルビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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古代都市サーマッラー

Samarra Archaeological City
古代都市サーマッラー
イラクの首都バグダードの北西約130km、ティグリス川沿いに位置する『古代都市サーマッラー』は、9世紀にイスラム王朝のアッバース朝の首都として栄えた都市の遺跡です。当時アッバース朝は中央アジアから北アフリカまでを支配し隆盛を誇っていました。サーマッラーは、当時の都市遺跡としては現在唯一原形を残しているもので、都市計画の平面プランや数々の特徴的な建築物、彫刻やモザイクなどが残っています。また、イスラム教シーア派の聖地ともなっています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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古都奈良の文化財

Historic Monuments of Ancient Nara
古都奈良の文化財
奈良の地には、唐の長安などをモデルとして、710年に平城京が建設され、784年まで日本の首都として栄えました。その間、仏教が国家の宗教として位置づけられ、一貫した仏教興隆政策のもとで多くの寺院や神社が建立されました。また、日本と中国、朝鮮との間における密接な文化的交流の歴史も示しています。中国や韓国では同年代の木造建築の大部分が失われていることからも、これら建造物群の世界史的な価値が極めて高いとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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コトルの文化歴史地域と自然

Natural and Culturo-Historical Region of Kotor
コトルの文化歴史地域と自然
コトルはアドリア海に面したコトル湾に位置する港町です。古くからロヴツェン山という天然の要塞もあったことから、ローマ時代から争奪の対象となってきました。15世紀にヴェネツィア共和国の支配を受けますが、それ以前に建設された聖トリフォン大聖堂や宮殿など中世の面影も色濃く残っています。要塞都市としての景観だけでなく集落や宮殿、修道院、岩山の斜面の段々畑と海の景観とも調和した都市です。コトルは海洋交易によって栄え、何世紀にもわたり芸術活動の中心地であったため、コトルの美術や金細工、建築学校はアドリア海岸の芸術に深い影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: モンテネグロ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構

Carolingian Westwork and Civitas Corvey
コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構
この遺産は、ドイツ西部のノルトライン=ヴェストファーレン州の東端に位置するヘクスター市に位置する建造物群です。コルヴァイはカロリング朝期で最も影響力があるとされた修道院の一つで、当時、最高の権威を誇る図書館があったことでも知られています。現在の修道院の大部分は17世紀末に再建されたものですが、西構え(ヴェストヴェルク)はカロリング朝期のオリジナルが保存されている数少ない例となっています。1階には円柱と支柱を備えたオリジナルのヴォールト天井のホール、2階には三方をギャラリーで囲んだメインルームなどが保存されています。これらは歴史学的に貴重な実例というだけでなく、その後のヨーロッパの文化の発展において、ロマネスクやゴシックといった教会建築の基礎となった点でも重要な意味を持っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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