World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iii)(v))

アッコの旧市街

Old City of Acre
アッコの旧市街
イスラエル北部の地中海に面するアッコは、フェニキア時代から継続的に居住されてきた、城壁に囲まれた港街です。1104年、第1回十字軍の指導者の1人であるボードゥアン1世がアッコを占領し、パレスチナにおける十字軍活動の拠点として港湾都市が築かれました。1187年、アイユーブ朝のサラディン軍によってエルサレムが征服された後、アッコはエルサレム王国最後の拠点となりましたが、1291年にマムルーク朝の攻撃を受けて陥落しました。その後、200年以上にわたりマムルーク朝によって統治されました。アッコの地下には、十字軍によって築かれた要塞やキリスト教の礼拝堂、要塞と港をつなぐトンネル、商店街など十字軍の遺構がそのまま埋もれており、十字軍によって築かれた街全体が遺跡として残っている唯一の例であるとされています。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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石見銀山遺跡とその文化的景観

Iwami Ginzan Silver Mine and its Cultural Landscape
石見銀山遺跡とその文化的景観
石見銀山は、16世紀から20世紀にかけて銀の採掘が行われた鉱山遺跡で、鉱山跡、精錬施設、鉱山町、街道、港町などが含まれます。これらの遺構は、当時の銀生産技術や人々の暮らしを物語っており、特に600ほどある手掘りの坑道「間歩」は、ノミと金槌で掘られた跡が残っており、当時の技術を今に伝えています。 また、銀生活や住民たちの生活で仕様された薪炭材の供給源であった森林をはじめ、豊かな自然環境も残されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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ヴェネツィアとその潟

Venice and its Lagoon
ヴェネツィアとその潟
イタリアのアドリア海に位置するヴェネツィアは118の島と176の運河、400以上の橋からなる都市です。異民族の攻撃から避難したウェネティ人が潟(イタリア語でラグーナ)に都市を築きました。7世紀には本格的な建物が建てられ、8世紀には形式上ではビザンツ帝国に従属しつつも、実質的に独立を保ち、東方貿易の拠点として発展しました。10世紀には主要な海運国となり、1797年のナポレオン1世から侵略を受けるまで約1,100年間自治都市として独立し続けました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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古代高句麗王国の都城と古墳群

Capital Cities and Tombs of the Ancient Koguryo Kingdom
古代高句麗王国の都城と古墳群
『古代高句麗王国の都城と古墳群』は、中国の吉林省集安市及び遼寧省桓仁満族自治県周辺に位置する世界遺産です。五女山城や国内城、丸都山城といった王国初期の都市遺跡に加え、王の碑や王陵、貴族の墓群が登録されています。丸都山城には、広大な宮殿跡や37の墳墓が残り、山と調和するように設計された都市計画となっています。防御性と自然美を兼ね備えた山城の構造は、後の東アジアの城づくりにも大きな影響を与えました。最初の都とされる五女山城は、現在も発掘調査の途上にあり、全容はいまだ明らかになっていません。しかし、どちらも人と自然が一体となった都市の歴史が残っており、高句麗の文化と世界観を今に伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)
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城塞歴史都市ハラール・ジュゴル

Harar Jugol, the Fortified Historic Town
城塞歴史都市ハラール・ジュゴル
エチオピア高原の台地に位置するハラールは、イスラム教世界において、メッカ、メディナ、エルサレムに次ぐ第4の聖地(チュニジアの世界遺産『聖都ケルアン』を第4とすることもある)と考えられています。このハラールは、ジュゴルという約4mの要塞に囲まれた城塞都市であり、この城塞は13 世紀から16世紀にかけてつくられました。また、ハラールは1520年から1568年までハラリ王国の首都として機能し、1887年にはエチオピアに統合されました。従ってエチオピア正教にとっても重要な場所となっています。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
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シルク・ロード:ザラフシャン・カラクム回廊

Silk Roads: Zarafshan-Karakum Corridor
シルク・ロード:ザラフシャン・カラクム回廊
2014年に世界遺産登録された『シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網』(カザフスタン、キルギス、中国)に続いて、2023年にウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンの3ヵ国に点在するシルク・ロード関連資産が『シルク・ロード:ザラフシャン・カラクム回廊』として登録されました。「シルク・ロード」を冠する世界遺産としては2件目です。ザラフシャン・カラクム回廊は、ザラフシャン川沿いの地域からカラクム砂漠を経てメルヴ・オアシスに至る約866kmの回廊で、紀元前4~後19世紀までの長期間にわたり、シルク・ロード交易の中心地でした。世界遺産には「パンジケントの古代都市」や「ヴァプケントのミナレット」、その他集落や隊商宿(キャラバンサライ)の遺跡など、合計34の物件が登録されており、うち16件がウズベキスタンに、9件がタジキスタンとトルクメニスタンにそれぞれ存在しています。すでに別の世界遺産として登録されていたウズベキスタンの『文化交差路サマルカンド』と『ブハラの歴史地区』、トルクメニスタンの『国立歴史文化公園“メルヴ”』は、構成資産には含まれていないものの、ザラフシャン・カラクム回廊の歴史に深い関わりを持っています。 
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シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網

Silk Roads: the Routes Network of Chang'an-Tianshan Corridor
シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網
東西交流を促進させた道 『シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網』は、漢と唐の首都であった長安と洛陽から、中央アジアのカザフスタンとキルギスに至る、シルク・ロードの一部約5,000kmが登録されています。紀元前2世紀か
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聖都カイラワーン

Kairouan
聖都カイラワーン
チュニジアの中央部、海と山からほぼ等距離に位置する平野に670年に創建されたカイラワーンは、マグレブにおける最古のアラブ・イスラムの拠点であり、9世紀にアグラブ朝のもとで繁栄しました。12世紀に政治的首都がチュニスへ移された後も、カイラワーンはマグレブ地方における主要な聖都であり続けました。その豊かな建築遺産には、大理石やポルフィリー(紫斑岩)の柱を持つ壮麗な大モスク、9世紀に建てられた「三つの扉のモスク」が含まれています。5世紀にわたりイフリキヤの首都であったこの都市は、アラブ・イスラム文明の卓越した普及の場となりました。カイラワーンは、この文明の初期の時代とその建築的・都市的発展を独自に証言する存在です。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(v)(vi)
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蘇州の園林

Classical Gardens of Suzhou
蘇州の園林
江蘇省東部、長江デルタに位置する蘇州は、いくつもの水路が張り巡らされた水郷の街です。紀元前514年に春秋時代に呉の都として築かれ、北方への物流の拠点として発展してきました。蘇州における庭園の歴史は紀元前6世紀に遡り、呉の王がつくった王室狩猟庭園が先駆けと言われています。4世紀頃に私的な庭園が築かれるようになり、18世紀に最盛期を迎えました。蘇州には50以上の庭園が残り、そのうちの9つは中国で最も優れた山水庭園であるとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)
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泰山

Mount Taishan
泰山
中国東部の山東省にそびえる標高1,535mの泰山は、世界遺産の登録基準(i)から(vii)までの全てを認められている唯一の世界遺産です。東岳の泰山、西岳の崋山(陝西省)、南岳の衡山(湖南省)、北岳の恒山(山西省)、中岳の嵩山(河南省)という中国五岳の筆頭であり、多くの人々の信仰を集める道教の聖地です。『史記』 によると紀元前219年、秦の始皇帝はこの山の山頂で天を、そして山麓で地を祀る 「封禅」という儀式を行いました。これは始皇帝以前に72人の王が行っていた儀式を再現したものであるとされます。前漢(前202~後8年)の7代皇帝の武帝はこの儀式を国家的な祭祀として採用し、清(1636~1912年)の康熙帝まで、歴代の皇帝がこの地で封禅を行いました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)(vii)
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チュニスの旧市街

Medina of Tunis
チュニスの旧市街
チュニジア北東部の肥沃な平野地域に位置し、海から数kmの場所にあるチュニスのメディナは、698年に設立されたマグリブ地方で最初のアラブ・イスラムの街のひとつです。12世紀から16世紀にかけて、ムワッヒド朝とハフス朝の統治下で、チュニスはアラブ世界で最も偉大で豊かな都市のひとつとされました。この時期およびそれ以前の時期の証拠は、現在も数多く残っています。16世紀から19世紀にかけては、新たな勢力が都市に多くの宮殿や邸宅、大モスク、ザウィア、マドラサを建てました。登録された土地は約3㎢におよび、アラブ・イスラム都市のすべての特徴を備えています。それは、中央メディナ(8世紀)と北と南の郊外(13世紀)から構成されています。およそ700の歴史的建造物が7つのエリアに分布しており、特に注目すべきものには、ザイトゥーナ・モスク、カスバ・モスクなどがあります。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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敦煌の莫高窟

Mogao Caves
敦煌の莫高窟
莫高窟は、中国甘粛省敦煌市郊外にある仏教遺跡で、五胡十六国時代の前秦(351~394年)の4世紀半ばから元代の13世紀までのおよそ1,000年にわたって造営された、世界最大級の仏教石窟寺院です。鳴沙山の東側断崖面の南北1,700mには735の石窟があり、そのうち492の石窟が保存されています。敦煌の歴史は、前漢(前202~後8年)の武帝が辺境の軍事拠点として築いたことに始まり、シルク・ロードの中継地点として発展しました。莫高窟が掘り始められたのは、366年のことで、西方出身の仏僧・楽僔が築いたとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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バムとその文化的景観

Bam and its Cultural Landscape
バムとその文化的景観
イラン南部に位置するバムは、その起源をアケメネス朝ペルシアやパルティア王国時代にまで遡るといわれるオアシス都市です。都市にはカナートと呼ばれる地下水路網が整備され、オアシス都市へと発展をしました。現在も稼働中の国内最古級のカナートが存在します。7世紀以降、数百年にわたり東西交易ルートの中継地として繁栄してきました。中心に立つアルゲ・バムと呼ばれる城塞は壁と二重の内壁をもつ三重構造で、日干しレンガを積み上げてつくられました。紀元前6〜前4世紀頃のアケメネス朝ペルシアに起源を咲かあ登りササン朝ペルシアの時代に建設され、16世紀のサファヴィー朝時代に現在の形になりました。外たやしかし、18世紀にアフガニスタン方面からパシュトゥン人の攻撃を受け、町は放棄されました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
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ファールス地方にあるササン朝の考古学的景観

Sassanid Archaeological Landscape of Fars Region
ファールス地方にあるササン朝の考古学的景観
イラン南西部のファールス地方には、3世紀から7世紀にかけてこの地を支配したササン朝時代の要塞や宮殿など8カ所の考古学遺跡が点在しています。遺跡はササン朝の最古期のものと末期のもので、最古期のものはフィールズアーバードにあるササン朝の始祖アルダシール1世の城やレリーフと円形都市跡、そしてビシャプールにある第2代シャープール1世の都市遺跡です。これらは3世紀のものです。末期の遺跡はサルヴェスターンにある7世紀の宮殿跡です。都市遺跡はいずれも周辺の自然と地形を最大限活用して建造されています。建物にはアケメネス朝やパルティアの伝統様式に加えてローマの影響も見てとれ、さらにその後のイスラム建築に大きな影響を与えました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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ファールンの大銅山地域

Mining Area of the Great Copper Mountain in Falun
ファールンの大銅山地域
スウェーデン中部、ダーラナ地方の山あいに位置する「ファールンの大銅山地域」は、かつて全世界の銅の3分の2を産出した大銅山の跡地です。この地での銅採掘の歴史は古く、8~9世紀から1992年まで、約1,000年にわたって採掘が続けられました。銅山跡には、深さ90mもある露天掘りの採掘坑や廃石・土砂の山、工場、住宅、最盛期であった17世紀頃の採掘設備などが残っています。また、旧市街地には17世紀に計画され、ファールン大聖堂をはじめとする街の繁栄を物語る歴史的な建造物が現存しています。ファールンの大銅山地域は、自由な鉱山労働者が株式を所有する共同運営組織であったこともあり、世界有数の鉱山地域におけるかつての生活様式が鮮やかに描き出されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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フヴァル島のスターリ・グラード平地

Stari Grad Plain
フヴァル島のスターリ・グラード平地
クロアチア南部、アドリア海に浮かぶフヴァル島には、紀元前4世紀の景観を今に伝える街「スターリ・グラード」があります。その始まりは、パロス島のギリシャ人が農業目的で入植したことに遡ります。入植者たちはこの肥沃な土地を石壁で幾何学的に区分けしてチョーラと呼ばれる農地を形成し、そこでブドウやオリーヴを栽培しました。こうしたシステムによる農業は、およそ2,400年の時を経た今も続けられており、よそにはない独特の景観となっています。貯蔵庫として使われてきた石造りの建物などは、地中海世界における農業史とその進化を知る上でも興味深いものです。本遺産は古代から続く伝統的な定住地の一例ですが、今日では、過疎化や慣習的な農法の放棄などによって、集落の維持が困難になってきているようです。
地域: ヨーロッパ / 国名: クロアチア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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マプングブエの文化的景観

Mapungubwe Cultural Landscape
マプングブエの文化的景観
ジンバブエとボツワナに接する南アフリカの北端には、南部アフリカ最古の王国とされるマプングブエの遺跡があります。シャシェ川とリンポポ川の合流地に広がるサバンナの景観に、宮殿や集落、古代首都の遺跡が残っています。10世紀頃に農村社会から王国へと発展したマプングブエには、東アフリカの港湾を経由するインド洋交易によって、莫大な富がもたらされました。マプングブエからは金や象牙が輸出され、インドや中国からは磁器やガラスビーズなどが輸入されたようです。
地域: アフリカ / 国名: 南アフリカ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
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ムザブの谷

M'Zab Valley
ムザブの谷
アルジェリア北部、首都アルジェの南約450km、サハラ砂漠の涸れ谷に点在する5つのクスール(要塞都市)の建築群。異端視された「イスラム清教徒」ムザブ人が、長い流浪の末、11世紀はじめガルダイアを中心に頑強な防護壁に守られた街を築き、定住しました。砂漠で、独自の文化をもち、何世紀にもわたってその結束を維持してきた要塞の街は、シンプルでありながら機能的で、環境に適応した建築が特徴的です。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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メキシコ・シティの歴史地区とソチミルコ

Historic Centre of Mexico City and Xochimilco
メキシコ・シティの歴史地区とソチミルコ
メキシコ・シティは16世紀にスペイン人によってアステカ帝国の古都テノチティトランの遺跡の上に建設された街です。スペイン人は1521年にテノチティトランに攻め入り、都市を破壊したのち、都市の上にメキシコ・シティを建設しました。ソカロ(中央広場)を中心に碁盤の目状に道路が広がる都市構造や建築様式は新大陸における植民都市のモデルとなり、各地に影響を与えました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
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メロエ島の考古遺跡

Archaeological Sites of the Island of Meroe
メロエ島の考古遺跡
スーダン中央東部、ナイル川とアトバラ川に挟まれた半砂漠地帯には、紀元前8世紀から後4世紀にかけて栄えたクシュ王国の遺跡が残ります。クシュ王国とは、前10〜9世紀頃にナイル中部地域に興隆した大国でした。王国の文化は、ナパタ文化とメロエ文化の2つの時期に分けられます。前期は紀元前900〜前270年にかけてナパタ地域を中心に栄え、当時の支配者の埋葬地などを含む遺跡は『ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群』として世界遺産に登録されています。メロエ文化は、王国がナイル川近くのメロエへと遷都し最盛期を迎えた前270〜後350年の時期を指し、地中海からアフリカの中心部まで版図を広げました。本遺産には、メロエにあるクシュ王の王都や、内陸に位置する宗教遺跡のナカとムサワラット・エス・スフラが含まれています。ピラミッド、寺院、住宅、灌漑システム、工業地帯などがあり、1,000年以上にわたって形成されたメロエ文化の証拠でもあります。
地域: アフリカ / 国名: スーダン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
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ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯

Ferrara, City of the Renaissance, and its Po Delta
ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯
イタリア北東部、ポー川のデルタ地帯は数千年にわたり人が定住し、中世より発展してきましたが、14世紀からのエステ家の統治下でさらに有力な都市へと発展しました。エステ家は広範な干拓事業と建設プロジェクトを展開し、都市と周辺の田園風景の調和をはかり、独特の景観を作り出しました。さらに各地からルネサンスの芸術家たちを招き、創作活動を支援しました。建築物としてはエステンセ城やスキファノイア宮殿、サン・ジョルジョ大聖堂などがあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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