World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iv)(vi))

アーヘンの大聖堂

Aachen Cathedral
アーヘンの大聖堂
アーヘンの大聖堂は、古典様式とビザンツ様式を融合した「カロリング・ルネサンス」を象徴する建物であり、八角形の中心部を十六角形の周歩廊が取り囲む集中式の構造を持っています。そのドーム天井はアルプス以北で最大のドーム建築とされ、現存しないもののその天井を飾っていたモザイク装飾なども世界遺産登録の際に評価されました。大聖堂は中世以降増築を重ねられており、ゴシック様式の内陣やバロック様式の円蓋など様々な建築様式を複合させた特徴的な建造物となっています。また、世界遺産としては1978年に最初に登録された12件の遺産のうちのひとつとしても有名です。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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アイアンブリッジ峡谷

Ironbridge Gorge
アイアンブリッジ峡谷
イギリス中部、バーミンガム西部のセヴァーン川上流に位置するアイアンブリッジ峡谷には、18~19世紀の産業革命期の象徴ともいえる鉄鋼業地帯が広がっています。 この峡谷に架かるアイアンブリッジは、全長約60m、総重量約400tというスケールで世界初の鉄橋として誕生し、峡谷の名称の由来となりました。 アイアンブリッジは、産業革命期のイギリスで発展した製鉄技術と大量生産を背景に、輸送効率の向上を目的として建設されました。そして1781年に開通してから約250年が経った現在、歩行者専用ではありますが、今も渡ることができます。
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アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群

Assisi, the Basilica of San Francesco and Other Franciscan Sites
アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群
中世の面影を残す街並みを持つ都市アッシジは、ローマの北約130㎞の位置にあるスバジオ山の斜面に扇上に広がります。この街の裕福な商人の家に生まれたフランチェスコは、戦争で捕虜となり熱病に侵された際に、神の啓示を受けたとされています。やがて、説教活動を始め、愛と平和を説き、貧しくあることが神の道としました。そして、清貧であることを実践する彼の教えに感銘を受けた同志と共に、フランシスコ修道会を設立しました。アッシジの貴族の令嬢であったキアラは、フランチェスコに弟子入りして、フランシスコ会の女子修道会を設立しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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アテネのアクロポリス

Acropolis, Athens
アテネのアクロポリス
アテネは古代ギリシアを代表するポリス(都市国家)であり、民主政の基礎が築かれた場所でもあります。その中心となった場所が「アテネのアクロポリス」です。アクロポリスとは「高いところ」を意味し、今でもアテネの市街地を見下ろす高さ70mほどの丘にアクロポリスが鎮座しています。このアクロポリスの中心に立つのが、世界的に有名な「パルテノン神殿」です。この神殿は、古代のペルシア戦争終了後に、天才的な政治家であったペリクレスの指導の下、建設されました。ペルシア戦争の勝利を祝ってアテナに捧げられた神殿であり、大彫刻家のフェイディアスが中心となり手がけました。この神殿の特徴のひとつは、円柱の中央部が微妙に膨らんでいる「エンタシス」という技法です。重圧感を和らげ、軽快さを演出するという効果があり、驚くことにはるか東の日本の法隆寺の柱でもこの技法が伝わっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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アルカラ・デ・エナレスの大学と歴史地区

University and Historic Precinct of Alcalá de Henares
アルカラ・デ・エナレスの大学と歴史地区
マドリード郊外にあるアルカラ・デ・エナレスは、小説『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』の作者ミゲル・デ・セルバンテスの出身地として知られています。ここは、世界で最初に計画された大学都市です。1508年、カスティーリャ王国の摂政を務めたシスネロス枢機卿がキリスト教の理想郷を目指し、この地にアルカラ・デ・エナレス大学を開学したことから学園都市の歴史は始まります。シスネロス卿は土地を購入し、大学都市の実現に必要なインフラを整備しました。この計画には、大学、寮、病院、印刷所などが含まれており、世界初の多言語対訳聖書も刊行されました。19世紀に大学はマドリードへ移転しコンプルテンセ大学となりますが、市民が資金を出してこの地に建物を残し、1977年にアルカラ・デ・エナレス大学として再開校しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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厳島神社

Itsukushima Shinto Shrine
厳島神社
厳島神社は、平清盛によって創建され、平安時代の貴族住宅である寝殿造りの様式を採用した神社建築の代表例です。弥山の深い緑を背景に、海上に浮かぶように建てられた社殿群は、自然と人工の調和を体現しています。これらの建築は、原始的な社殿を現在のような姿に発展させた平清盛の卓越した構想力と美的センスを示すとともに、日本人の信仰心や精神文化の発展の過程を理解する上でも重要な存在です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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殷墟

Yin Xu
殷墟
殷墟は、北京の南方に位置する河南省安陽市にあり、中国最古の古代都市遺跡のひとつです。中国で現在確認できるものとしては、最古の王朝とされる殷(商)(紀元前17世紀頃〜前1046年)の最後の首都で、紀元前1300年頃に築かれたと考えられています。殷は、紀元前17世紀に夏王朝を倒して建てた王朝とされ、多数の氏族集団(邑)が王に服属して成り立つ連合体でした。紀元前1046年、周の武王が殷の紂王を打ち破り、殷王朝は滅亡しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ヴァティカン市国

Vatican City
ヴァティカン市国
キリスト教世界で最も神聖な場所のひとつであるヴァティカン市国は、約2,000年の歴史とカトリック教会の精神性の証として存在しています。ローマ教皇を国家元首とするこの国は人口800人、総面積0.44km2と世界最小の独立国でありながら、国全体が世界遺産に登録されている唯一の場所です。サン・ピエトロ大聖堂の立つヴァティカンの丘は、イエス・キリストの最初の弟子であり初代教皇でもある聖ペテロの墓所であったとされています。4世紀になると、ローマ帝国皇帝として最初にキリスト教を保護したコンスタンティヌス1世の命により、バシリカ式の教会堂が建てられました。主要な巡礼地でもあるヴァティカンは、キリスト教の歴史と直接的に結びついているのみならず、ルネサンスやバロック美術の理想であり、模範的な創造物でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ヴァティカン市国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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ウィーンの歴史地区

Historic Centre of Vienna
ウィーンの歴史地区
「音楽の都」として名を馳せるウィーンは、世間では「ウィーン少年合唱団」などでも有名でしょう。ウィーンの起源は紀元前1世紀までに遡り、ローマ帝国においては「ウィンドボナ」と呼ばれていました。13世紀以降ハプスブルク王家から神聖ローマ皇帝が選出されるようになってから、ウィーンは王都となりました。ウィーンが劇的な変貌を遂げるのは17世紀後半なのですが、それまでの歴史を語る建造物も多く残されています。例えばオーストリア最古の修道院であるショッテン修道院や、14~15世紀に建造された聖シュテファン大聖堂などはその代表例と言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ヴェネツィアとその潟

Venice and its Lagoon
ヴェネツィアとその潟
イタリアのアドリア海に位置するヴェネツィアは118の島と176の運河、400以上の橋からなる都市です。異民族の攻撃から避難したウェネティ人が潟(イタリア語でラグーナ)に都市を築きました。7世紀には本格的な建物が建てられ、8世紀には形式上ではビザンツ帝国に従属しつつも、実質的に独立を保ち、東方貿易の拠点として発展しました。10世紀には主要な海運国となり、1797年のナポレオン1世から侵略を受けるまで約1,100年間自治都市として独立し続けました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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オリンピアの考古遺跡

Archaeological Site of Olympia
オリンピアの考古遺跡
オリンピアの考古遺跡は、首都アテネから西へ190kmにあるクロノスの丘の麓にオリンピアはあります。神々の山であるオリンポス山にその名を由来とするこの町では、紀元前8世紀頃から神々の父でもあるゼウスを奉納するための競技が定期的に開かれ、やがてこの競技会はギリシャ世界だけでなく、近隣諸国から参加者を集める国際的なスポーツ祭典となりました。長らく続いた祭典でしたが、キリスト教が国教となった4世紀末には、異教の祭典という理由から開催が禁止となりました。以降、長い間埋もれていましたが、18世紀に遺跡が発見されます。ローマ皇帝の命令で数多くの建築物が破壊されましたが、ゼウス神殿やヘラ神殿、短距離走などの練習場であったギムナシオンなどの基盤が一部残ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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海事都市グリニッジ

Maritime Greenwich
海事都市グリニッジ
ロンドン南東部、テムズ川沿いに位置するグリニッジはイギリスにおける水上交通の要となった海事都市です。かつては王宮のひとつに過ぎなかったグリニッジですが、大航海時代~19世紀末までイギリスの海の玄関口として大いにその役割を果たしてきました。その大航海時代の名残を見られるのが1675年建造のグリニッジ天文台です。バロック様式の天文台で観測された恒星図によってイギリスの位置と時間が定められました。そして1884年の国際会議によってグリニッジ天文台が経度0度の本初子午線が通る基点として決定されます。その後、天文台はサセックスへ移転しますが、子午線の位置が変わることはありませんでした。王立天文台でのロバート・フックとジョン・フラムスティードの研究は、地球の動きを正確に測定することを可能にし、航海術の発展にも貢献しました。
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カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群

Ancient Maya City and Protected Tropical Forests of Calakmul, Campeche
カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群
ユカタン半島のカンペチェ州内陸にあるカラクムルは紀元前1000年頃から紀元後1000年頃までマヤ文明のカーン王朝の本拠地として発展した古代都市です。文明崩壊後、都市は完全に放棄され、無人状態が続きました。そのため都市は全体として非常に良い状態で保たれ、当時の都市の様子や生活、文化を鮮明に知ることができます。また象形文字の碑文やレリーフ彫刻も当時の様子を記録しています。しかし9~10世紀頃に古典マヤ文明が崩壊した理由は判明しておらず、謎ものこる古代都市です。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)(ix)
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紀伊山地の霊場と参詣道

Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
紀伊山地の霊場と参詣道
紀伊山地は三重・奈良・和歌山にまたがる山岳地帯で、豊かな自然と深い森林が広がっています。古代から神々が宿る特別な場所とされ、神仏習合の宗教観に基づかれた霊場が形成されました。熊野三山、高野山、吉野・大峯の三霊場と、それらを結ぶ参詣道は、日本の宗教文化に大きな影響を与え、今も多くの信仰を集めています。それらは自然環境を中心に育まれ、今なお共存しているため、日本ではじめて文化的景観が認められました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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グアナフアトの歴史地区と鉱山

Historic Town of Guanajuato and Adjacent Mines
グアナフアトの歴史地区と鉱山
グアナフアトはメキシコ中央部の標高2000mの場所に位置し、16世紀に銀鉱山が発見されたことをきっかけに植民都市が築かれました。18世紀には世界有数の銀の採掘地となり、銀産出量は全世界の4分の1を占めるほどでした。しかし銀によって富を得ていたのは一部のスペイン人であったため、19世紀初頭には都市周辺で反乱軍が蜂起し、メキシコ独立運動で反乱軍が初勝利をおさめました。また本世界遺産は2010年に登録された世界遺産「カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ」にも含まれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群

Gebel Barkal and the Sites of the Napatan Region
ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群
ナイル川流域には、クシュ王国の文化を物語る重要な遺跡群が広がっています。クシュ王国はアフリカ最古級の黒人国家であり、紀元前900年から前270年にかけて栄えたナパタ文化と、前270年から後350年にかけて栄えたメロエ文化の2つに分かれています。前10世紀にクシュ王国が誕生し、前730年にはピアンキ王がエジプト全域を統治することになります。そこから約70年という長いナパタ王国時代が続きます。遺跡群にはピラミッド付きの墓、寺院、住居、宮殿などが含まれています。これらの遺跡は、古代の建築技術や宗教儀式を今に伝える貴重な証拠となっており、古代文明の深い歴史を感じさせます。また、当時の社会構造を理解するための手がかりとして非常に重要です。
地域: アフリカ / 国名: スーダン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ゴアの聖堂と修道院

Churches and Convents of Goa
ゴアの聖堂と修道院
インド西部の港町「オールド・ゴア」と呼ばれる地には、多くのキリスト教の聖堂と修道院があります。ここは15世紀にビジャープル王国が建設した町でしたが、16世紀にポルトガルが占領し、ポルトガル領インドの行政府が置かれました。貿易で栄え、人口20万人以上の都市となります。16世紀の前半は目立ったキリスト教化は行われませんでしたが、16世紀半ば以降はヒンドゥー教寺院などが破壊され、キリスト教化が進みました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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コインブラ大学:アルタとソフィア

University of Coimbra – Alta and Sofia
コインブラ大学:アルタとソフィア
ポルトガル中部に位置するコインブラは、リスボン、ポルトに次いで、同国第3の都市です。この街にはヨーロッパで最も古く設立された大学のひとつであるコインブラ大学があります。同大学は、教皇ニコラウス4世の認可のもと、1290年にディニス王の勅令でリスボンに創設されました。司教座付属学校を起源とし、ポルトガル最古の伝統を誇ります。大学は、リスボンにあった時期もあれば、コインブラに移った時期もあり、両都市の間で何度か行き来しましたが、1537年にはコインブラに定着し、アルカソヴァ宮殿に置かれました。700年以上の歴史をもつコインブラ大学は、ポルトガルの植民地の教育機関にも影響を与え、さまざまな学術分野に貢献してきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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古都奈良の文化財

Historic Monuments of Ancient Nara
古都奈良の文化財
奈良の地には、唐の長安などをモデルとして、710年に平城京が建設され、784年まで日本の首都として栄えました。その間、仏教が国家の宗教として位置づけられ、一貫した仏教興隆政策のもとで多くの寺院や神社が建立されました。また、日本と中国、朝鮮との間における密接な文化的交流の歴史も示しています。中国や韓国では同年代の木造建築の大部分が失われていることからも、これら建造物群の世界史的な価値が極めて高いとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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サーンチーの仏教遺跡

Buddhist Monuments at Sanchi
サーンチーの仏教遺跡
インド中部、マディヤプラデーシュ州にある『サーンチーの仏教遺跡』は、高さ約90mの丘の上に、宗教建築が群立しています。約50の遺跡群の中には、3つの大型のストゥーパ(仏塔)や祠堂、僧院など紀元前3世紀~後12世紀までの仏教の遺構が今に残されています。遺跡群はマウリヤ朝第3代の王であるアショーカ王がレンガ積みの小塔を建立したことから始まり、王の石柱と4頭の獅子を組み合わせた柱頭なども発見されています。また、第1ストゥーパはサーンチーを代表する建造物のひとつとして有名です。アショーカ王が各地につくった8万を超すストゥーパのひとつであり最古のもので、直径36.6m、高さ16.5mの大ストゥーパは頂上部を除いてほぼ完全な形で残されていることから、古い仏塔形式の典型として重要視されています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ザルツブルクの歴史地区

Historic Centre of the City of Salzburg
ザルツブルクの歴史地区
ドイツとの国境近くに位置するザルツブルクの都市名は、ドイツ語で「塩の城」を意味します。紀元前から岩塩の採掘がはじまり、その交易によって街は次第に栄えていきました。ザルツブルクでひときわ目立つ丘の上には、ホーエンザルツブルク城があります。この城は、11世紀にローマ教皇グレゴリウス7世と神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が激しい闘争(叙任権闘争)をしている中で、ローマ教皇側を支持した当時の大司教が、神聖ローマ帝国の侵攻から逃れるため造った城です。以後、歴代の大司教が敵の侵入を阻むために防塁などを増築し、城塞となりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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サンクト・ペテルブルクの歴史地区と関連建造物群

Historic Centre of Saint Petersburg and Related Groups of Monuments
サンクト・ペテルブルクの歴史地区と関連建造物群
ロシアの西にある大都市サンクト・ペテルブルクは、バロック建築や新古典主義建築などの文化や芸術を取り入れた、モスクワに次ぐロシア第二の都市です。1918年まではロシアの首都として機能していました。サンクト・ペテルブルクの名は、ドイツ語で「聖ペテロの街」を意味し、ピョートル大帝の名前にも意味がかけられています。第一次世界大戦時にはロシア語風の「ペテログラード」と呼ばれ、ロシア革命後は「レニングラード」と名を変えました。ソ連崩壊前後に再びサンクト・ペテルブルクとなった歴史があります。同じロシアのオデッサ(オデーサ)やセヴァストポリもサンクト・ペテルブルクにならった街づくりが行われました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミノ・フランセスとスペイン北部の道

Routes of Santiago de Compostela: Camino Franc?s and Routes of Northern Spain
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミノ・フランセスとスペイン北部の道
「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」は、ガリシア州のサンティアゴ・デ・コンポステーラにある聖ヤコブの棺を目指す、キリスト教の巡礼路です。1993年に、ピレネー山脈からスペイン北部を東西に貫く巡礼路が、世界遺産に登録されました。「サンティアゴ」とは、スペイン語で、キリスト教の使徒のひとりである聖ヤコブのこと。聖ヤコブがスペインにおいて福音を説いたという伝説は、7世紀初頭には存在していました。「使徒の休む場所は、福音を説いた場所にあるべきである」という聖ヒエロニムスの教えがあることから、聖ヤコブの遺体は、殉教地のエルサレムからスペインに移送されたと信じられていました。9世紀に聖ヤコブの墓が発見されると、この報せが西ヨーロッパの各地に広がり、サンティアゴ・デ・コンポステーラはエルサレム、ヴァティカンに次ぐ聖地としてカトリック世界に定着していきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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植民都市サント・ドミンゴ

Colonial City of Santo Domingo
植民都市サント・ドミンゴ
カリブ海に浮かぶ島国ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴは、1492年にクリストファー・コロンブスが到着してから、新大陸最古のスペイン植民地政策の活動拠点となった都市です。都市は1498年にコロンブスの弟バーソロミュー・コロンブスによって築かれました。マヨール広場を中心に格子状に街路が交わる配置は、その後の新世界における都市計画に影響を与えました。代表的な建築物には、16世紀初めに完成した新大陸最古の病院サン・ニコラス・デ・パリ病院があります。新大陸最古の大聖堂であるサンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂はゴシック様式とルネサンス様式の特徴を併せ持っています。コロンブスの遺骨を納めた棺が安置されていましたが、1992年にコロンブス記念灯台に移されました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ドミニカ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ジョドレルバンク天文台

Jodrell Bank Observatory
ジョドレルバンク天文台
イングランド北西部マンチェスター郊外の田園地帯に位置するジョドレルバンク天文台は、世界最大級の電波天文観測所として知られています。送電線が無く電波干渉が最小限であることからこの地が選ばれました。広大な農村地帯に現れる巨大な望遠鏡が印象的ですが、電波天文学の発展に重要な役割を果たしている天文台でもあります。流星や月の研究、クエーサーと呼ばれるブラックホールに物質が吸い込まれる際のエネルギーによって輝く天体の発見、量子工学、宇宙船の追跡などあらゆる分野で大きな科学的成果をあげてきました。ジョドレルバンク天文台は旧来の光学天文学から電波天文学への移行を著しく証明する遺産です。また、世界遺産条約の意義の中には新しい分野の文化遺産の定義があり、ジョドレルバンク天文台はUNESCOがICOMOSやIAU(国際天文学連合)と共に進める天文遺産の分野で高い評価を受けていたこともあり、2019年に世界遺産に登録されました。
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ストゥデニツァ修道院

Studenica Monastery
ストゥデニツァ修道院
12世紀から15世紀に隆盛を誇ったセルビア王国ネマニッチ朝の始祖、ステファン・ネマニャによって創建された修道院で、セルビア盛況で最大の規模を誇っています。彼の遺体のほか、その妻アナスタシアや初代セルビア国王であるステファン1世もこの修道院に眠っています。この修道院を中心にコンスタンティノープル総主教庁からの独立によってセルビア正教会が成立しており、セルビアの文化的な中心となっていました。
地域: ヨーロッパ / 国名: セルビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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聖山アトス

Mount Athos
聖山アトス
エーゲ海に突き出たアクティ半島は、全体がギリシャ正教の聖地です。その東南端にそびえる標高2,000mを越える山がアトス山であり、「聖山アトス」と呼ばれています。この世界遺産は同じくギリシャ正教徒の聖地である『メテオラの修道院群』と同じ1988年に、どちらも複合遺産として登録されました。このあたりの海岸線は非常に複雑であり、その結果、ギリシャでもっとも多くの種類の植物が育っているのです。なお、陸のルートは封鎖されており、巡礼者や観光客は船からしか聖山アトスに行けなくなっています。ダフニ港が入山するための唯一の入り口なのです。修道士がこの地に最初に修道院を築いたのは10世紀半ばと言われていて、以降、次々と修道院が建てられていきます。現在活動する修道院の数は約20です。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)(vi)(vii)
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泰山

Mount Taishan
泰山
中国東部の山東省にそびえる標高1,535mの泰山は、世界遺産の登録基準(i)から(vii)までの全てを認められている唯一の世界遺産です。東岳の泰山、西岳の崋山(陝西省)、南岳の衡山(湖南省)、北岳の恒山(山西省)、中岳の嵩山(河南省)という中国五岳の筆頭であり、多くの人々の信仰を集める道教の聖地です。『史記』 によると紀元前219年、秦の始皇帝はこの山の山頂で天を、そして山麓で地を祀る 「封禅」という儀式を行いました。これは始皇帝以前に72人の王が行っていた儀式を再現したものであるとされます。前漢(前202~後8年)の7代皇帝の武帝はこの儀式を国家的な祭祀として採用し、清(1636~1912年)の康熙帝まで、歴代の皇帝がこの地で封禅を行いました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)(vii)
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タフテ・ソレイマーン

Takht-e Soleyman
タフテ・ソレイマーン
イラン北西部の火山地帯にあり、「火」を神聖視するゾロアスター教の聖地となっていました。ゾロアスター教は世界最古の宗教のひとつで、紀元前6世紀のアケメネス朝ペルシア時代にはすでに信仰されており、その後のササン朝ペルシア時代には国教となりました。タフテ・ソレイマーンには国家的祭祀を行った聖なる拝火壇「アザル・ゴシュナスブ」がおかれ、聖地として発展しました。歴代のササン朝の王は王位を受け継ぐ際に、この場所で火を捧げたと言われています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ダラム城と大聖堂

Durham Castle and Cathedral
ダラム城と大聖堂
『ダラム城と大聖堂』は、イングランド北部、スコットランドとの国境近くにあるU字形に湾曲して流れるウェア川を見下ろす小高い丘の上に立っています。ダラム城はイングランド最大のノルマン様式の城で、1072年、ウィリアム1世がスコットランドの侵攻に備えて築きました。国王はイングランド北部の境界を守る見返りとして、実質的な自治権を歴代のダラム司教に与え、城での居住を認めました。それにより、司教は「王子司教」として宗教指導者と世俗権力の両方を握りました。1837年に城はダラム大学に寄付され、1840年以降は大学の学生寮として使用されています。
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