World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iii)(iv))

アクィレイアの考古地区とバシリカ総主教聖堂

Archaeological Area and the Patriarchal Basilica of Aquileia
アクィレイアの考古地区とバシリカ総主教聖堂
イタリア北東部のアドリア海北端、ナティッサ川沿いにあるローマ帝国の都市遺跡です。紀元前181年に共和政ローマによって軍事目的で築かれた植民都市で、452年にアッティラ王率いるフン族により略奪・破壊されるまで、数百年間にわたり、地中海とヨーロッパ内陸部を結ぶ交易の拠点として栄えました。当時の繁栄は残された公共施設跡や個人邸宅跡からうかがい知ることができます。この都市遺跡はまだ大部分が未発掘のままです。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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アグリジェントの考古地区

Archaeological Area of Agrigento
アグリジェントの考古地区
イタリアのシチリア島西部にある『アグリジェントの考古地区』は、紀元前6世紀に「アグラガス」という名で建設された古代ギリシャの植民都市の遺跡です。人口は約30万人ほどだったと言われ、紀元前406年にフェニキア人の都市であるカルタゴに滅ぼされるまで、約150年以上繁栄しました。その美しさに関しては、当時の叙情詩人であるピンダロスに、「人間が建設した最も美しい町」と言わせるほどでした。古代遺跡は、地中海を見下ろすアクロポリスにあり、「神殿の谷」と言われる一帯には、約20のギリシャ神殿がほぼ一直線状に並んでいます。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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アスキア墳墓

Tomb of Askia
アスキア墳墓
マリ共和国の南東部ガオには、高さ17mもあるピラミッド型をしたアスキア墳墓が残っています。これは1495年、かつてニジェール川流域を中心に繁栄したソンガイ帝国の時代に造営されたもので、ガオはその都でした。この帝国を治めていたアスキア・モハメド王は、信心深いイスラム教徒で、後にイスラム教を国教に定めました。アスキア・モハメド央の泥を固めてつくられている墳墓は、丸みを帯びた形が特徴で、西アフリカのサヘル地域特有の建築様式を代表する建造物です。15世紀から16世紀にかけて、同帝国は岩塩と金を中心としたサハラ交易を掌握しましたが、これはその時代の栄華を物語るものだとも言えます。付近一帯には墳墓のほか、平屋根の2つのモスク、共同墓地、野外集会所も残存します。2012年、地域紛争の勃発による破壊などを理由に、危機遺産リストに登録されました。
地域: アフリカ / 国名: マリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群

Assisi, the Basilica of San Francesco and Other Franciscan Sites
アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群
中世の面影を残す街並みを持つ都市アッシジは、ローマの北約130㎞の位置にあるスバジオ山の斜面に扇上に広がります。この街の裕福な商人の家に生まれたフランチェスコは、戦争で捕虜となり熱病に侵された際に、神の啓示を受けたとされています。やがて、説教活動を始め、愛と平和を説き、貧しくあることが神の道としました。そして、清貧であることを実践する彼の教えに感銘を受けた同志と共に、フランシスコ修道会を設立しました。アッシジの貴族の令嬢であったキアラは、フランチェスコに弟子入りして、フランシスコ会の女子修道会を設立しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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アッシュル(カラット・シェルカット)

Ashur (Qal'at Sherqat)
アッシュル(カラット・シェルカット)
バグダッドの北約390km、メソポタミアのチグリス川中流域に位置するアッシュルは、かつて存在したアッシリア帝国最初の首都となった都市です。現在ではカラット・シェルカットと呼ばれています。都市の起源は紀元前3千年紀前半、シュメール人の初期王朝が存在していた時代に遡ります。アッカド帝国(紀元前2334~前2154年頃)の時代には重要な中心地であり、ウル第3王朝(紀元2112~前2004年頃)には統治下に置かれていました。紀元前14世紀から前9世紀にかけては、アッシリア帝国の都が置かれ、西アジアの交易都市として発展していきます。しかし、紀元前612年に新バビロニアとメディアにより破壊され、その後1~2世紀のパルティア時代に都市は再建されました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (iii)(iv)
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アッピア街道:レジーナ・ヴィアルム(街道の女王)

Via Appia. Regina Viarum
アッピア街道:レジーナ・ヴィアルム(街道の女王)
アッピア街道は、紀元前312年にローマの執政官アッピウス・クラウディウス・カクエスの指導のもとに建設されました。最初は軍事的な目的で、ローマとカプアを結ぶために造られ、その後、ベネヴェントゥム、タレントゥム、ブリンディジウムへと延伸されました。これにより、東方や小アジアへのローマの拡大が促進され、街道は軍事征服だけでなく、農業生産や交易の発展にも寄与し、ローマ帝国の繁栄を支える重要なインフラとなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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アテネのアクロポリス

Acropolis, Athens
アテネのアクロポリス
アテネは古代ギリシアを代表するポリス(都市国家)であり、民主政の基礎が築かれた場所でもあります。その中心となった場所が「アテネのアクロポリス」です。アクロポリスとは「高いところ」を意味し、今でもアテネの市街地を見下ろす高さ70mほどの丘にアクロポリスが鎮座しています。このアクロポリスの中心に立つのが、世界的に有名な「パルテノン神殿」です。この神殿は、古代のペルシア戦争終了後に、天才的な政治家であったペリクレスの指導の下、建設されました。ペルシア戦争の勝利を祝ってアテナに捧げられた神殿であり、大彫刻家のフェイディアスが中心となり手がけました。この神殿の特徴のひとつは、円柱の中央部が微妙に膨らんでいる「エンタシス」という技法です。重圧感を和らげ、軽快さを演出するという効果があり、驚くことにはるか東の日本の法隆寺の柱でもこの技法が伝わっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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アニの考古遺跡

Archaeological Site of Ani
アニの考古遺跡
トルコ北東部にある『アニの考古遺跡』は、アルメニアとの国境に近い高原に築かれた中世の都市遺跡です。深い渓谷に囲まれたエリアにあり、住居・教会・城壁などが残っています。10~11世紀にはアルメニア王国バグラトゥニ朝の首都として栄え、シルク・ロードの支線を押さえたことで交易の中心地となりました。その後、ビザンツ帝国やセルジューク朝などに支配され、多文化が交わる都市として発展しますが、モンゴルの侵入と1319年の大地震で衰退しました。このアニでは、アルメニア、ジョージア、イスラムの文化が融合した独自の建築様式が生まれ、中世建築の発展を一望できる貴重な遺跡となっています。現在では、多様な建築技術や都市計画を学べる場所として、歴史や考古学を学ぶ学生にとっても重要な研究対象となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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アビラの旧市街と城壁外の教会群

Old Town of Ávila with its Extra-Muros Churches
アビラの旧市街と城壁外の教会群
11世紀、レコンキスタ(国土回復運動)によってキリスト教徒を再入植させることに成功したアビラは、イスラム勢力からの反撃に備えるために街全体を城壁で取り囲み要塞化しました。9年の歳月を費やして完成した城壁は、高さ12m×全長2.5kmの規模を誇り、半円形の88の塔に9つの門を備えて、堅牢な姿でそびえ立っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (iii)(iv)
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アフロディシアス

Aphrodisias
アフロディシアス
アフロディシアスは、トルコの南西部、モルシナス渓谷の上流にあり、都市遺跡とその北東部にある大理石の採石場で構成されています。古くはレルゴノポリス、メガロポリスと呼ばれていましたが、紀元前2世紀にローマ帝国の支配が強化されたことで、この街は神聖な場所としての重要性を増し、美、愛、自然、豊かさの女神アフロディーテに由来してアフロディシアスの名前が付けられました。街の中心には、女神を祀ったアフロディーテ神殿つくられ、現在も堂々とした14本の柱を見ることができます。発掘調査によると、劇場の壁に書かれた文字に「カエサルから女神アフロディーテに贈った黄金のエロス像」とあることから、カエサルはこの街に来て女神に忠誠を捧げたと考えられています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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アボメーの王宮群

Royal Palaces of Abomey
アボメーの王宮群
アボメーの王宮群は、1625年から1900年にかけて栄えた強力なダホメ王国の主要な歴史的記念物です。ダホメ王国は奴隷貿易で富を得たため、これにより一帯は「奴隷海岸」と呼ばれました。12人の王が王位を継承する中で、王たちは代々、土壁で囲まれた同じ敷地内に宮殿を建て続けました。10の宮殿跡が世界遺産になっています。これらの宮殿は、当時の政治的、文化的中心地であり、失われた王国の栄光の過去を伝える貴重な証言となっています。
地域: アフリカ / 国名: ベナン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (iii)(iv)
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アル・アインの文化的遺跡群(ハフィート、ヒリ、ビダ・ビント・サウードとオアシス群)

Cultural Sites of Al Ain (Hafit, Hili, Bidaa Bint Saud and Oases Areas)
アル・アインの文化的遺跡群(ハフィート、ヒリ、ビダ・ビント・サウードとオアシス群)
アラブ首長国連邦の東部に位置するアル・アインは、砂漠地帯にありながら、緑に恵まれた都市です。ここには、新石器時代から営まれてきた人々の暮らしや先史時代の文化を伝える17の遺跡群があります。紀元前2500年頃の円形の墓石や、日干しレンガ造りの住居や塔、宮殿、行政施設などは、当時の定住生活を示す遺構です。また、鉄器時代のものとされる灌漑システム「アフラージュ」の跡も見つかっています。これはアラブ地域で最古級の例とされており、砂漠地帯で、人々は地下深くから水を汲み上げる知恵をもって生き抜いていたことを示しています。
地域: 西・南アジア / 国名: アラブ首長国連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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アル・アハサ・オアシス:進化する文化的景観

Al-Ahsa Oasis, an Evolving Cultural Landscape
アル・アハサ・オアシス:進化する文化的景観
アラビア半島東部に位置するアル・アハサ・オアシスは紀元前の新石器時代から人々が住んでいることが証明されている、世界最大のオアシスです。また、250万本ものナツメヤシが生育し、1960年代に大量生産技術が導入されるまでは、世界最大のナツメヤシ生産地でありました。今でもナツメヤシはこの地の人々にとっては主食であり、地元住民はナツメヤシの包装や販売、流通に深く携わっています。また、このオアシスには庭園や運河、農業用排水湖など12の構成資産が残り、素晴らしい文化的景観が広がっています。
地域: 西・南アジア / 国名: サウジアラビア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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アル・ズバラ考古学的地区

Al Zubarah Archaeological Site
アル・ズバラ考古学的地区
ペルシャ湾沿岸の城壁に囲まれた町アル・ズバラは、18世紀後半から19世紀初頭にかけての約50年間という短い期間に真珠採取と貿易の中心地として繁栄しました。クウェート出身のウトゥブ商人によって築かれ、真珠の輸出で大きな役割を果たし、最盛期にはインド洋、アラビア半島、西アジアとの広範な貿易関係が築かれました。アル・ズバラは現在のカタール沿岸部やペルシャ湾岸地域に栄えた要塞化された交易都市の一つであり、イスラム初期あるいはそれ以前から20世紀にかけて続いた沿岸都市の交易と真珠採取の伝統を示す優れた証拠とされています。また、オスマン帝国やヨーロッパ諸国、ペルシャなどの大国の支配を受けることなく繁栄した小さな独立国家群の発展を促し、最終的には現代の湾岸諸国の成立につながった都市基盤の好例と見なされています。
地域: 西・南アジア / 国名: カタール国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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アルト・ドウロのワイン生産地域

Alto Douro Wine Region
アルト・ドウロのワイン生産地域
ポルトガル北部の港湾都市ポルトから北に100㎞ほどのドウロ川上流に位置するアルト・ドウロ地域では、2,000年前から伝統的な方法でワインが醸造されています。ここは、夏は暑く冬は寒冷で雨量が少ないという気候です。その自然環境がワインのブドウ栽培に適していました。何世紀にもわたり、起伏の激しい傾斜地にブドウの苗木を植えるための場所が整備され、さまざまな工夫を重ねて段々畑が築かれてきました。アルト・ドウロ地域は、広大な段々畑と、村々に点在するワイナリーや教会、道路など住民の暮らしも溶け込んで、唯一無二の景観を生み出しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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アルベロベッロのトゥルッリ

The Trulli of Alberobello
アルベロベッロのトゥルッリ
アルベロベッロは、イタリア南部プーリア州に位置し、円錐形の屋根を持つ石造りの家「トゥルッリ」で知られています。これらの建物は、石灰岩を積み上げて造られた伝統的な住居であり、乾式石積み(モルタル不使用)の技術を用いています。現在は、アルベロベッロの旧市街にある2つの地域に、1,000以上ものトゥルッリがあり、多くの人が住む現役の住居建築として、地域に根付いています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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アレッポの旧市街

Ancient City of Aleppo
アレッポの旧市街
シリア北西部に位置するアレッポは、欧州とユーフラテス川流域のメソポタミアをつなぐ隊商都市で、紀元前2000年頃以来、ヒッタイトやローマ帝国、オスマン帝国など時代において支配する国が変わってきました。旧市街には、ウマイヤ朝時代に建設された大モスクや、世界最古のスーク「アル・マディーナ・スーク」、16世紀、17世紀に建てられた様々なマドラサなどがあり、4,000年にわたる歴史を反映した多様な文化を有しています。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (iii)(iv)
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アワッシュ川下流域

Lower Valley of the Awash
アワッシュ川下流域
先史時代の人類の化石が大量に発掘されている地域の一つが、エチオピア東北部のアワッシュ川下流域一帯です。この地域の人類や動物の化石を調査するため、1973年から1976年まで国際的な専門家のチームによる大規模な発掘プロジェクトが組まれました。その中で、350万年以上前にすでに二足歩行を行っていたという猿人アウストラロピテクス・アファレンシスの化石が見つかり、人類の進化、人類史の概念が塗り替えられました。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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安徽省南部の古村落-西逓・宏村

Ancient Villages in Southern Anhui – Xidi and Hongcun
安徽省南部の古村落-西逓・宏村
中国南東部の安徽省にある西逓と宏村には、明代から清代、14世紀から20世紀にかけての古民家が残ります。これらの古民家は「徽派建築」と言われ、漆喰を塗られた白い壁と濃灰色の瓦を特徴とした中国伝統の住居様式であり、現存数が少なく貴重です。また、中国史でもおなじみの明代の「新安商人」はこの安徽省出身であり、西逓と宏村には、交易で巨万の富を得た新安商人の住宅も数多く残されています。これらの村落は、明から清にかけての生活の様子を今に伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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アンコールの遺跡群

Angkor
アンコールの遺跡群
アンコール遺跡群は9~15世紀にかけてのクメール王朝の首都で、当時の繁栄を現代に残しています。400㎢という広大な範囲に、600以上の寺院や水利施設などの遺構が残っています。登録エリア内には多くの村が点在し、アンコール朝の時代まで祖先が遡る村も存在します。アンコール朝の歴代の王は即位のたびに都城と寺院を造営し、自身を神格化させました。クメール美術が花開いた地域であると同時にクメール美術を代表する地域でもあり、東南アジア全域に大きな影響を及ぼしました。
地域: 東・東南アジア / 国名: カンボジア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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アンジャル

Anjar
アンジャル
レバノンの東部、アンティ・レバノン山脈の麓にアンジャルという遺跡が残っています。レバノンにはフェニキア人の遺跡や古代ローマの遺跡がよく残っているのですが、このアンジャルはイスラームに関連する遺跡です。イスラーム最初の王朝とも言えるウマイヤ朝661年~750年)の第6代カリフ、アル・ワリード1世の命によって築かれた保養地です。アンジャルは当時の都であったダマスクスから約40km離れていましたが、この地には豊かな泉水があり、暑さを凌ぎやすかったので避暑地として選定されたのです。ローマ帝国やビザンツ帝国の遺構を再利用して作られたためその特色が残っており、発掘当初はそれらの帝国の遺跡だと思われていました。しかし、1940年代の調査でイスラーム王朝の都市遺跡ということが判明したのです。
地域: 西・南アジア / 国名: レバノン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (iii)(iv)
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アンティグア・グアテマラ

Antigua Guatemala
アンティグア・グアテマラ
現在はコーヒー栽培地域の中心地であるアンティグア・グアテマラは、スペイン植民地時代、グアテマラ総督領の首都でした。1543年に建設されたこの都市は、火山に囲まれた標高約1,500mの高地にあったため、度重なる地震に襲われてきた歴史をもっています。被災のたびに壁を厚くし、柱を太く短くするなど建造物に耐震性が施され、約230年間発展し続けました。しかし1773年に起きた大地震は、街の再建を放棄させるほど甚大な被害を生みました。これにより、首都はここから約40km離れた場所に移されます。それが現在の首都であるグアテマラ・シティです。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: グアテマラ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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アンテケラの支石墓遺跡

Antequera Dolmens Site
アンテケラの支石墓遺跡
『アンテケラの支石墓遺跡』は、スペイン南部アンダルシア地方に位置するヨーロッパの先史時代を代表する巨石文化の遺跡群です。メンガとビエラの支石墓(ドルメン)、エル・ロメラルのトロス(円蓋墓)の3つの巨石遺跡に2つの自然要素が含まれ構成されています。自然要素には「恋人たちの岩」を意味するラ・ペーニャ・デ・ロス・エナモラドスと、この地域のランドマークであるトルカル山が含まれています。これらの巨石遺跡群は、新石器時代から青銅器時代にかけて築かれ、まぐさ石による屋根や人造のドーム型天井を持つトロスが現在も残っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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アンブヒマンガの丘の王領地

Royal Hill of Ambohimanga
アンブヒマンガの丘の王領地
マダガスカル島の首都アンタナナリボ郊外、標高1,468メートルにあるアンブヒマンガの丘は、かつて島を初めて統一したメリナ王国の都でした。二重の城壁と外堀に囲われた王領地には、14の石造りの門があります。歴代の王の墓地、聖なる池や林が点在し、マダガスカルの人々にとってのアイデンティティを象徴する場となっています。アンブヒマンガは、マダガスカル語で〝青く美しい丘〟という意味です。この遺産は、15世紀から19世紀にかけてマダガスカル中央高地で発展した文明や、そこに密接に関わる精神的伝統、さらには王や祖先崇拝などの習俗を今に伝えます。今日も多くのマダガスカル人にとって、畏敬の念を抱かせる神聖な場でありつづけています。
地域: アフリカ / 国名: マダガスカル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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イスタンブルの歴史地区

Historic Areas of Istanbul
イスタンブルの歴史地区
トルコ北西部のイスタンブルは、アナトリア半島、バルカン半島、黒海、地中海の間に位置し、ヨーロッパとアジアを隔てるボスフォラス海峡の両岸にまたがる、トルコ最大の都市です。その立地が表すように、ヨーロッパとアジアの文明が交差する十字路であり、ローマ帝国やビザンツ帝国、オスマン帝国といった大帝国の都が置かれてきました。都市の起源は紀元前7世紀頃に遡り、古代ギリシャの都市国家メガラが、王の名にちなみビザンティオンという名の都市を建設したことが始まりとされています。2世紀末に、ローマ帝国に占領されて「ビザンティウム」と改名。330年には帝都がローマからこの地へと遷され、当時のローマ皇帝コンスタンティヌスの名にちなんで都市名は「コンスタンティノポリス」(コンスタンティノープル)と名付けられました。395年にローマ帝国が東西に分裂すると、コンスタンティノープルはビザンツ帝国(東ローマ帝国)の都となりました。西ローマ帝国はわずか80年後の476年に滅亡したのに対し、ビザンツ帝国はその後1,000年以上も続きました。また、1054年キリスト教会が東西に分裂すると、西のローマはカトリック教会、東のコンスタンティノープルはギリシャ正教会の本拠地となりました。 
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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イビサ島の生物多様性と文化

Ibiza, Biodiversity and Culture
イビサ島の生物多様性と文化
地中海西部のバレアレス諸島に位置し、現在ではリゾート地としても知られるイビサ島は、固有の生物と歴史的建造物が共存する複合遺産です。特に「ポシドニア・オセアニカ」と呼ばれる海草は、地中海沿岸にのみ分布する固有種であり、その中でもイビサ島周辺のものは最も良好な保存状態にあるとされています。この海草草原は、絶滅危惧種を含む多様な海洋生物の産卵・生育の場として重要であり、また、海岸を嵐から守る天然の防波堤としても機能しています。さらに、1ヘクタールあたり年間21トンのバイオマスを生産するなど、生物生産性も非常に高く、熱帯雨林に匹敵します。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(ix)(x)
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殷墟

Yin Xu
殷墟
殷墟は、北京の南方に位置する河南省安陽市にあり、中国最古の古代都市遺跡のひとつです。中国で現在確認できるものとしては、最古の王朝とされる殷(商)(紀元前17世紀頃〜前1046年)の最後の首都で、紀元前1300年頃に築かれたと考えられています。殷は、紀元前17世紀に夏王朝を倒して建てた王朝とされ、多数の氏族集団(邑)が王に服属して成り立つ連合体でした。紀元前1046年、周の武王が殷の紂王を打ち破り、殷王朝は滅亡しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ヴァイキング時代の環状要塞群

Viking-Age Ring Fortresses
ヴァイキング時代の環状要塞群
アッガスボー、フィルカット、ノンネバッケン、トレルボルグ、ボルグルングの5つの要塞は、970年から980年頃、ハーラル王(青歯王)の時代に建設されたもので、卓越した軍事建築技術の象徴となっています。これらの要塞は、現代のデンマークにおけるユトランド半島やフュン島、シェラン島の重要な陸路と海路の近くに戦略的に配置されました。5つの囲いは統一された正確で幾何学的な設計に基づいて構築され、防御目的のために自然の地形を組み込んでいます。これらの構造物は、四つの方位を基準にした門を備えた円形の防御壁で要塞化されており、ほとんどの場合、同心円状の溝、環状通りに囲まれた軸通り、および四つの区画に幾何学的に配置された長屋が含まれていました。
地域: ヨーロッパ / 国名: デンマーク王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ヴィルヘルムスヘーエ丘陵公園

Bergpark Wilhelmshöhe
ヴィルヘルムスヘーエ丘陵公園
ドイツ中部カッセルに位置するこの公園は、17世紀から19世紀にかけて造営されました。これは、ヨーロッパ庭園文化の発展を示す卓越した例とされ、バロックおよびロマン主義期の様式が複合して成っています。丘の頂上には高さ11.5メートルの銅板で作られたヘラクレス像が据えられており、数キロメートル先からでも見ることができるこの像は、技術的にも芸術的にも近世における最も洗練された像の一つとされています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ヴェネツィア共和国の防衛施設群(16-17世紀):スタート・ダ・テッラと西スタート・ダ・マール

Venetian Works of Defence between the 16th and 17th Centuries: Stato da Terra – Western Stato da Mar
ヴェネツィア共和国の防衛施設群(16-17世紀):スタート・ダ・テッラと西スタート・ダ・マール
ヴェネツィア共和国は中世以来地中海東方貿易で繁栄してきましたが、16世紀から17世紀にかけて共和国防衛のための要塞施設を広範囲に建設しました。要塞群はイタリアの北部ロンバルディア地方から東アドリア海沿岸まで1,000㎞以上にわたって広がっており、そのうちのイタリア・クロアチア・モンテネグロの3ヵ国にある6つの要塞が世界遺産に登録されています。要塞には北西のヨーロッパ諸国からの防衛のための「スタート・ダ・テッラ」とアドリア海の航路と港を守る「スタート・ダ・マール」があり、それらはいずれも当時最新の設計様式「アラ・モデルナ(火器に対応した近代式デザイン)」で建設されています。
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