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カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群
Ancient Maya City and Protected Tropical Forests of Calakmul, Campeche
キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルーシク大修道院
Kyiv: Saint-Sophia Cathedral and Related Monastic Buildings, Kyiv-Pechersk Lavra
9~13世紀にキリスト教圏の東端で栄えたキエフ大公国(キーウ・ルーシ)が首都キーウに残したキリスト教関連の建築物群です。キエフ大公国は10世紀末にギリシャ正教を国教として公認し、ビザンツ様式の教会や修道院が数多く建てられました。キーウの中心部にある聖ソフィア聖堂はキーウ・ルーシ全盛期の11世紀にヤロスラフ賢公によって建設されたキーウ最古の聖堂です。後にロシア各地の聖堂建築に影響を及ぼしたことから、「ロシア聖堂の母」と呼ばれます。郊外の高台に立つキーウ・ペチェルーシク大修道院はやはり11世紀に建設され、宗教・学問・教育の広い分野で中世ロシア有数の「知の中心」でした。13世紀にモンゴル軍により破壊されましたが、19世紀になって再興されました。世界遺産には、ペレストヴォ地域にある救世主聖堂も併せて登録されています。
紀伊山地の霊場と参詣道
Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
ギマランイスの歴史地区とコウルス地区
Historic Centre of Guimarães and Couros Zone
ポルトガル北西部の古都ギマランイスは、「国家発祥の地」と称されています。ここは、1143年に成立したポルトガル王国の初代国王アフォンソ1世の出生地であり、国民的アイデンティティと言語が確立した時代に深く関わる場所です。旧市街には、ギマランイス城やブラガンサ公爵館など、同国の歴史を象徴する建造物が保存されています。ゴシック様式やマヌエル様式など、さまざまな時代の建築様式が混在するノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会は、10世紀に設立された修道院を前身としています。この修道院を守るために建てられた要塞は、後のギマランイス城となりました。また、ギマランイスで中世に開発された花崗岩と木を組み合わせたユニークな建築様式は、アフリカや当時植民地であったブラジルにも伝わりました。2023年には、皮革産業が多く営まれたコウルス地区まで登録範囲が拡大しました。
キューの王立植物園
Royal Botanic Gardens, Kew
キューバ南東部におけるコーヒー農園発祥地の景観
Archaeological Landscape of the First Coffee Plantations in the South-East of Cuba
キューバがスペインの植民地だった19世紀につくられた、初めてのコーヒー農園の跡です。世界遺産に登録された範囲は、東京23区の総面積の約1.3倍の814.75㎢にもおよびます。171のプランテーションからなる広大な敷地には、所有者の家、水道橋、製粉所、発酵タンク、乾燥小屋のほか、加工したコーヒー豆を市場に運ぶための道路なども含まれ、開拓当時のコーヒー生産と、農業技術を示す文化的景観が残されています。コーヒー農園は20世紀まで続けられましたが、他国の新しい生産の手法におされ、やがてキューバでの生産は衰退していきました。現在は、農園のオーナーの屋敷跡や農園跡地が点在しています。19世紀に本格化したコーヒー農園の経営は、原生林を開拓した当時の農業形態を今に伝える世界で唯一の遺構とされています。
グアダラハラの救貧施設
Hospicio Cabañas, Guadalajara
グウィネズのエドワード1世王の城郭群
Castles and Town Walls of King Edward in Gwynedd
13世紀後半から14世紀初期にかけて北ウェールズのグウィネズに築かれた、ボーマリス城とハーレフ城、カーナーヴォン城と市壁、コンウィ城と市壁の4つの城と2つの市壁が世界遺産に登録されています。この一帯は、かつてグウィネズ王国が置かれた場所でした。イングランド王のエドワード1世は1277年と1282~1284年にかけてウェールズに侵攻すると、最後まで激しく抵抗したこの地に抵抗を抑えるための城と市壁を築き始めました。王の命令でウェールズ一帯に築かれた城郭群は「アイアン・リング(鉄の輪)」と呼ばれています。世界遺産に登録されている4つの城は、王に仕えた軍事建築家のジェームズ・オブ・セント・ジョージによるもので、中でもボーマリス城とハーレフ城は傑作と称されています。
ククの古代農耕遺跡
Kuk Early Agricultural Site
オーストラリア大陸の北、パプアニューギニアの南部に位置するククの古代農耕遺跡は、7,000~6,400年前頃に植物の利用から農業へと転換した技術革新を示しています。海抜1,560mのクク湿地帯は、ニューギニア高地の山間の谷に位置しています。ここに人類は2万5,000年前頃の更新世後期に定住したと考えられています。30年にわたる遺跡の発掘調査によって、少なくとも7,000年前、おそらくは1万年前までには、この遺跡で耕作が行われていた証拠が見つかっています。また、7,000年前から4,000年前までの間に、自生している植物の採集から、排水された畑での体系的な農業へと、独自の大きな進化が起こったことが明らかになっており、これはオセアニアにおける植物の栽培化に関する最古の証拠です。サトイモ、ヤムイモ、その他のデンプン質の食物の加工に関わる石器も発見されており、この地域の住民は大きな土塁の上でバナナとヤムイモを栽培し、土塁の縁などでは湿った地面に耐えられるタロイモを栽培していたようです。バナナの中には、後に世界最大の栽培化されたバナナの元となった野生種も含まれていました。最近の遺伝子研究は、バナナが当初ニューギニアで栽培化され、その後東南アジアに広まったことを示唆しています。
クシェミオンキにある先史時代の縞状フリント(火打石)採掘地域
Krzemionki Prehistoric Striped Flint Mining Region
クスコの市街
City of Cuzco
グラナダのアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区
Alhambra, Generalife and Albayzín, Granada
アンダルシア地方グラナダに位置するアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区は、かつてのイスラム王朝時代の宮殿都市としての面影を残す遺構です。1232年、住民から招かれたイスラム勢力ナスル族のムハンマド1世によって、この地にグラナダ王国(ナスル朝)が興りました。当時は8世紀から続くレコンキスタ(国土回復運動)の最中にあり、周辺には小さなイスラム教国が残るのみでした。ナスル朝は、キリスト教勢力の大国カスティーリャ王国の封建的家臣として従うことで領土を守ってきました。しかし、14世紀半ばにヨーロッパでおきたペスト大流行や、キリスト教国同士の争いで滞っていたレコンキスタの最熱などにより、1479年に強大なスペイン王国が成立します。これに伴って、グラナダは1492年に陥落しレコンキスタは完結を迎えました。
グラン・バッサムの歴史都市
Historic Town of Grand-Bassam
京杭大運河
The Grand Canal
ゲディの旧市街と考古遺跡
The Historic Town and Archaeological Site of Gedi
ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群
Gebel Barkal and the Sites of the Napatan Region
ナイル川流域には、クシュ王国の文化を物語る重要な遺跡群が広がっています。クシュ王国はアフリカ最古級の黒人国家であり、紀元前900年から前270年にかけて栄えたナパタ文化と、前270年から後350年にかけて栄えたメロエ文化の2つに分かれています。前10世紀にクシュ王国が誕生し、前730年にはピアンキ王がエジプト全域を統治することになります。そこから約70年という長いナパタ王国時代が続きます。遺跡群にはピラミッド付きの墓、寺院、住居、宮殿などが含まれています。これらの遺跡は、古代の建築技術や宗教儀式を今に伝える貴重な証拠となっており、古代文明の深い歴史を感じさせます。また、当時の社会構造を理解するための手がかりとして非常に重要です。
ケルナヴェ古代遺跡(ケルナヴェ文化保護区)
Kernavė Archaeological Site (Cultural Reserve of Kernavė)
現代人的行動の出現:南アフリカにおける更新世の居住地軍
The Emergence of Modern Human Behaviour: The Pleistocene Occupation Sites of South Africa
元の上都遺跡
Site of Xanadu
コーンウォールと西デヴォンの鉱山景観
Cornwall and West Devon Mining Landscape
高句麗古墳群
Complex of Koguryo Tombs
北朝鮮の首都、平壌周辺の高句麗古墳群は、高句麗王国の中・後期にあたる4〜7世紀ごろに建造された63基からなる古墳群で、その多くに美しい壁画が残されています。高句麗は、現在の中国東北部と朝鮮半島にかけて栄えた最強の王国のひとつでした。これまでに中国と朝鮮半島で発見された1万以上の高句麗の古墳のうち、壁画が描かれている古墳は約90か所で、これらの古墳のほぼ半分は世界遺産登録された地域にあります。壁画の図柄は、青龍、白虎、朱雀、玄武を描いた四神図や狩猟図、それに日本の高松塚古墳のものと似た女性像など多岐にわたっています。衣装、食べ物、住居生活、埋葬の習慣、さらには宗教的儀式など、今は消えてしまった高句麗文化の豊かさを伝える証となっています。高松塚古墳やキトラ古墳の壁画との関連性も指摘されており、高句麗王国が日本を含む東アジアに大きな影響を与えていたことを示唆しています。
コソボの中世建造物群
Medieval Monuments in Kosovo
古代エリコ/テル・エッ・スルタン
Ancient Jericho/Tell es-Sultan
古代高句麗王国の都城と古墳群
Capital Cities and Tombs of the Ancient Koguryo Kingdom
五台山
Mount Wutai
古代都市サーマッラー
Samarra Archaeological City
古代都市チョガー・ザンビール
Tchogha Zanbil
ここはイラン西部にある古代エラム王国の聖都遺跡です。チョガー・ザンビールとは「大きな籠のような山」という意味ですが、エラム語では「ドゥル・ウンタシュ(ウンタシュの都)」と呼ばれていました。紀元前13世紀にウンタシュ・ナビリシャ王によってエラム王国の宗教的中心地として建設されました。三重の巨大な城壁に囲まれ、中心にはインシュシナク神を祀る5層の聖塔ジッグラトが立っています。これは当時は一辺が105mで高さ53mの巨大な焼きレンガ造りのジッグラトでメソポタミア以外では最大規模のものといわれています。今はその半分の高さしかありません。壁面には楔形文字で神々の名が刻まれています。紀元前640年ごろアッシリアのアッシュールバニパル王により破壊され、それ以後放棄されていましたが、1935年の油田調査の際に発見され保存状態がきわめて良好なため、イラン最初の世界遺産となりました。
古都奈良の文化財
Historic Monuments of Ancient Nara
コトルの文化歴史地域と自然
Natural and Culturo-Historical Region of Kotor
コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構
Carolingian Westwork and Civitas Corvey
この遺産は、ドイツ西部のノルトライン=ヴェストファーレン州の東端に位置するヘクスター市に位置する建造物群です。コルヴァイはカロリング朝期で最も影響力があるとされた修道院の一つで、当時、最高の権威を誇る図書館があったことでも知られています。現在の修道院の大部分は17世紀末に再建されたものですが、西構え(ヴェストヴェルク)はカロリング朝期のオリジナルが保存されている数少ない例となっています。1階には円柱と支柱を備えたオリジナルのヴォールト天井のホール、2階には三方をギャラリーで囲んだメインルームなどが保存されています。これらは歴史学的に貴重な実例というだけでなく、その後のヨーロッパの文化の発展において、ロマネスクやゴシックといった教会建築の基礎となった点でも重要な意味を持っています。