World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iii)(vi))

アクィレイアの考古地区とバシリカ総主教聖堂

Archaeological Area and the Patriarchal Basilica of Aquileia
アクィレイアの考古地区とバシリカ総主教聖堂
イタリア北東部のアドリア海北端、ナティッサ川沿いにあるローマ帝国の都市遺跡です。紀元前181年に共和政ローマによって軍事目的で築かれた植民都市で、452年にアッティラ王率いるフン族により略奪・破壊されるまで、数百年間にわたり、地中海とヨーロッパ内陸部を結ぶ交易の拠点として栄えました。当時の繁栄は残された公共施設跡や個人邸宅跡からうかがい知ることができます。この都市遺跡はまだ大部分が未発掘のままです。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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アジャンターの石窟寺院群

Ajanta Caves
アジャンターの石窟寺院群
インド西部ムンバイから北東に360kmの岩崖に、インド最古期の仏教壁画が残る石窟寺院があります。約600mほどの岩崖に点在する大小30の石窟は、前期(紀元前2世紀〜後2世紀)と後期(グプタ朝最盛期の5世紀〜7世紀)にかけて造営されました。高さ 石窟寺院群は、インドにおける仏教の衰退とともに忘れ去られていましたが、19世紀初頭に英国駐留軍の士官がトラ狩りの最中に偶然「発見」し、再び日の目を見ることとなりました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(vi)
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アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群

Assisi, the Basilica of San Francesco and Other Franciscan Sites
アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群
中世の面影を残す街並みを持つ都市アッシジは、ローマの北約130㎞の位置にあるスバジオ山の斜面に扇上に広がります。この街の裕福な商人の家に生まれたフランチェスコは、戦争で捕虜となり熱病に侵された際に、神の啓示を受けたとされています。やがて、説教活動を始め、愛と平和を説き、貧しくあることが神の道としました。そして、清貧であることを実践する彼の教えに感銘を受けた同志と共に、フランシスコ修道会を設立しました。アッシジの貴族の令嬢であったキアラは、フランチェスコに弟子入りして、フランシスコ会の女子修道会を設立しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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アッピア街道:レジーナ・ヴィアルム(街道の女王)

Via Appia. Regina Viarum
アッピア街道:レジーナ・ヴィアルム(街道の女王)
アッピア街道は、紀元前312年にローマの執政官アッピウス・クラウディウス・カクエスの指導のもとに建設されました。最初は軍事的な目的で、ローマとカプアを結ぶために造られ、その後、ベネヴェントゥム、タレントゥム、ブリンディジウムへと延伸されました。これにより、東方や小アジアへのローマの拡大が促進され、街道は軍事征服だけでなく、農業生産や交易の発展にも寄与し、ローマ帝国の繁栄を支える重要なインフラとなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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アテネのアクロポリス

Acropolis, Athens
アテネのアクロポリス
アテネは古代ギリシアを代表するポリス(都市国家)であり、民主政の基礎が築かれた場所でもあります。その中心となった場所が「アテネのアクロポリス」です。アクロポリスとは「高いところ」を意味し、今でもアテネの市街地を見下ろす高さ70mほどの丘にアクロポリスが鎮座しています。このアクロポリスの中心に立つのが、世界的に有名な「パルテノン神殿」です。この神殿は、古代のペルシア戦争終了後に、天才的な政治家であったペリクレスの指導の下、建設されました。ペルシア戦争の勝利を祝ってアテナに捧げられた神殿であり、大彫刻家のフェイディアスが中心となり手がけました。この神殿の特徴のひとつは、円柱の中央部が微妙に膨らんでいる「エンタシス」という技法です。重圧感を和らげ、軽快さを演出するという効果があり、驚くことにはるか東の日本の法隆寺の柱でもこの技法が伝わっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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アフロディシアス

Aphrodisias
アフロディシアス
アフロディシアスは、トルコの南西部、モルシナス渓谷の上流にあり、都市遺跡とその北東部にある大理石の採石場で構成されています。古くはレルゴノポリス、メガロポリスと呼ばれていましたが、紀元前2世紀にローマ帝国の支配が強化されたことで、この街は神聖な場所としての重要性を増し、美、愛、自然、豊かさの女神アフロディーテに由来してアフロディシアスの名前が付けられました。街の中心には、女神を祀ったアフロディーテ神殿つくられ、現在も堂々とした14本の柱を見ることができます。発掘調査によると、劇場の壁に書かれた文字に「カエサルから女神アフロディーテに贈った黄金のエロス像」とあることから、カエサルはこの街に来て女神に忠誠を捧げたと考えられています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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アンブヒマンガの丘の王領地

Royal Hill of Ambohimanga
アンブヒマンガの丘の王領地
マダガスカル島の首都アンタナナリボ郊外、標高1,468メートルにあるアンブヒマンガの丘は、かつて島を初めて統一したメリナ王国の都でした。二重の城壁と外堀に囲われた王領地には、14の石造りの門があります。歴代の王の墓地、聖なる池や林が点在し、マダガスカルの人々にとってのアイデンティティを象徴する場となっています。アンブヒマンガは、マダガスカル語で〝青く美しい丘〟という意味です。この遺産は、15世紀から19世紀にかけてマダガスカル中央高地で発展した文明や、そこに密接に関わる精神的伝統、さらには王や祖先崇拝などの習俗を今に伝えます。今日も多くのマダガスカル人にとって、畏敬の念を抱かせる神聖な場でありつづけています。
地域: アフリカ / 国名: マダガスカル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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イエス洗礼の地「ヨルダン川対岸のベタニア」(アル・マグタス)

Baptism Site “Bethany Beyond the Jordan” (Al-Maghtas)
イエス洗礼の地「ヨルダン川対岸のベタニア」(アル・マグタス)
死海から北に9kmのヨルダン川の東岸に位置するこの考古遺跡は、ナザレのイエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けた場所であるといわれています。遺跡は預言者エリヤが天に昇ったとされる聖エリヤの丘と、洗礼者である聖ヨハネ教会群の2つの地区で構成されています。ローマ帝国やビザンツ帝国の時代の教会や礼拝堂、修道院、洗礼のための水場などが残っており、古くからキリスト教徒の重要な巡礼地になっています。そのためカトリック教徒だけでなく、正教会や英国国教会など様々な宗派のキリスト教徒がこの地を訪れており、先代のローマ教皇であるフランシスコ法王も2014年に訪れています。
地域: 西・南アジア / 国名: ヨルダン・ハシェミット王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (iii)(vi)
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イエン・トゥー-ヴィン・ニィエム-コン・ソンおよびキエップバックの記念碑と景観の関連遺産群

Yen Tu-Vinh Nghiem-Con Son, Kiep Bac Complex of Monuments and Landscapes
イエン・トゥー-ヴィン・ニィエム-コン・ソンおよびキエップバックの記念碑と景観の関連遺産群
2025年7月の第47回世界遺産委員会で新しく登録が決まった世界遺産です。この遺産は、森林に覆われた山、低地、川の谷にまたがる 12 の場所で構成されています。イェントゥ山脈を中心に、13世紀から14世紀にかけて陳朝(チャンちょう)の本拠地であり、大越国(ダイベト王朝)を形作ったベトナム独自の禅の宗派であるチュックラム禅宗の発祥の地でした。この複合施設には、仏塔、寺院、神社、宗教的および歴史上の人物に関連する考古学的遺跡が含まれています。地質学的に有利な環境に戦略的に位置していて、活気に満ちた巡礼地でもあり続けています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ベトナム社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)(vi)
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イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)

Longobards in Italy. Places of the power (568-774 A.D.)
イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)
この遺産はイタリア半島全土に点在する要塞、教会、修道院を含む7つの建築群によって構成されています。6~8世紀、北欧から移住してきたロンゴバルド族はイタリア半島を広く統治し、独自の文化を発展させました。これらの建築物は在りし日のロンゴバルド王国の面影を現在に残しています。その建築様式は、古代ローマの伝統やキリスト教の精神性、ビザンツ文化、北欧のゲルマン様式を統合させたもので、古代から中世へと続く時代の変遷を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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イランのアルメニア教会修道院群

Armenian Monastic Ensembles of Iran
イランのアルメニア教会修道院群
イラン北西部、アルメニアとの国境に近い地域にあるアルメニア正教会の修道院と聖堂です。ここは古代アルメニアの土地でした。古代アルメニアは4世紀初頭に世界で初めてキリスト教を公認した国です(ローマ帝国より30年ほど早いです)。そしてこの地はアルメニア正教の中心地となり、現在でも重要な巡礼地となっています。アルメニア正教の遺構として残っているのが3つの修道院と聖堂です。そのうちの最古のものは7世紀に建てられた「聖タデウス修道院」で、イエスの十二使徒の一人タデイにちなんでいます。「聖ステファノ修道院」と「生神女マリア聖堂」もアルメニアの伝統様式で建てられており、貴重な遺構です。これらの建物は、地震等での倒壊はあったもののその後再建され、この地を支配したイスラム教の王朝からも保護されてきました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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殷墟

Yin Xu
殷墟
殷墟は、北京の南方に位置する河南省安陽市にあり、中国最古の古代都市遺跡のひとつです。中国で現在確認できるものとしては、最古の王朝とされる殷(商)(紀元前17世紀頃〜前1046年)の最後の首都で、紀元前1300年頃に築かれたと考えられています。殷は、紀元前17世紀に夏王朝を倒して建てた王朝とされ、多数の氏族集団(邑)が王に服属して成り立つ連合体でした。紀元前1046年、周の武王が殷の紂王を打ち破り、殷王朝は滅亡しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ヴァイマール古典主義文化

Classical Weimar
ヴァイマール古典主義文化
ヴァイマール古典主義文化は、18世紀後半から19世紀初頭にかけてザクセン・ヴァイマール公国の都ヴァイマールで発展した文化・思想運動で、ドイツの文学・哲学・芸術に深い影響を与えました。文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテをはじめ、詩人で劇作家のフリードリヒ・フォン・シラーなどが街の中心に居を構え、街全体が芸術サロンのようでした。古典主義は、人間性の追求、理性と美の融合、道徳と倫理の強調を主な特徴とします。ゲーテの家、シラーの家を中心とした12の建築物が世界遺産に登録されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ヴァルカモニカ(カモニカ渓谷の岩絵群)

Rock Drawings in Valcamonica
ヴァルカモニカ(カモニカ渓谷の岩絵群)
イタリア北部・ロンバルディア地方に位置するヴァルカモニカ(カモニカ渓谷)では、先史人類よって描かれた14万点に及ぶ岩絵が約70kmもの範囲で発見されています。その絵柄は、戦争や狩猟・農耕、宗教的儀式の様子など様々で、中には紀元前8000年頃の旧石器時代のものもあります。岩絵はこの地の人々によって、約8,000年にわたって描かれ続けましたが、紀元前1世紀のローマ軍の侵攻を境に岩絵を描く文化が途絶えたと考えられています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ヴァルトブルク城

Wartburg Castle
ヴァルトブルク城
ヴァルトブルク城は、ドイツ中部アイゼナハ市の南の田園地帯の中にある400mほどの高台に建つ城です。その歴史は古く、一説では1067頃に創建されたとの記録もあり、12世紀頃に建てられた城館は、アルプス以北で最も美しく保存状態の良いロマネスク様式の建築のひとつとされています。中世には芸術を愛したテューリンゲン方伯の居城であり、伝説的な歌合戦の舞台として知られ、これを元にリヒャルト・ワーグナーのオペラ『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』を作曲しています。また、ドイツの宗教改革の中心人物として知られるマルティン・ルターが、カトリック教会から破門され罪に問われていた際に、時のザクセン選帝侯にかくまわれ、新約聖書をドイツ語に翻訳した地としても知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ヴェネツィアとその潟

Venice and its Lagoon
ヴェネツィアとその潟
イタリアのアドリア海に位置するヴェネツィアは118の島と176の運河、400以上の橋からなる都市です。異民族の攻撃から避難したウェネティ人が潟(イタリア語でラグーナ)に都市を築きました。7世紀には本格的な建物が建てられ、8世紀には形式上ではビザンツ帝国に従属しつつも、実質的に独立を保ち、東方貿易の拠点として発展しました。10世紀には主要な海運国となり、1797年のナポレオン1世から侵略を受けるまで約1,100年間自治都市として独立し続けました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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ヴォルビリスの考古遺跡

Archaeological Site of Volubilis
ヴォルビリスの考古遺跡
モロッコにあるヴォルビリスの考古遺跡は、古代ローマ、キリスト教、イスラム教さらにはアフリカ民族の歴史、建築、文化を示す重要な遺跡です。先史時代からイスラム期までの10世紀以上にわたり、この地域に存在した様々な文化の痕跡を物語っています。ヴォルビリスには少なくとも紀元前3世紀には人々が居住し、紀元前3世紀~西暦40年までのマウレタニア王国時代には、日干しレンガを積み上げた城壁を備える小さな街が存在したと明らかになっています。これらの古代ローマ以前のアフリカの文化は、現代では既に失われたものであり、このようなものに焦点を当てている点でもここは重要な遺跡のひとつです。
地域: アフリカ / 国名: モロッコ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域

Sanctuary of Asklepios at Epidaurus
エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域
ペロポネソス半島東部の谷間に位置するエピダウロスは、医療の神アスクレピオスが祀られている聖地です。元々は先史時代から治癒の力をもつ神々に捧げられ、紀元前800年頃に治癒の神・アポロンの聖域となった丘がありました。その後紀元前6世紀頃までに、ギリシャ神話においてアポロンの息子とされ、人間の健康と幸福の守護神であるアスクレピオスに捧げられた聖域が、アポロンの聖域の丘から1kmほど離れた平地に築かれました。二柱の治癒の神の聖地であるエピダウロスには、ギリシャ中から病で苦しむ人々が訪れるようになりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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エフェソス

Ephesus
エフェソス
トルコ西部の地中海岸、かつてのカイストロス川の河口付近にヘレニズム時代からローマ帝国時代の都市遺跡があります。エフェソスの起源はもっと古く、青銅器時代に遡るとされていますが、紀元前4世紀ごろに現在の地に移り、紀元前2世紀にはローマ帝国の港湾都市としてアナトリア地方で最も繁栄した都市となりました。また、アルテミス信仰を背景にして古代世界有数の巡礼地ともなり、哲学や医学の中心地でもありました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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エルサレムの旧市街とその城壁群

Old City of Jerusalem and its Walls
エルサレムの旧市街とその城壁群
西アジアの地中海東岸地域(レバント地方)に位置するエルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教にとってきわめて重要な意味を持つ聖地です。エルサレムの歴史は非常に古く、約6,000年前には人類が居住していた可能性があります。紀元前14世紀の古代エジプトの文書に登場する「ウルサリム」という記述は、エルサレムに関する初めての確実な言及とされています。ウルサリムは西セム諸語の「シャリムの都市」を意味する語に由来し、それが転訛してエルサレムとなったと考えられています。現代アラビア語では「神聖」を意味する語に定冠詞(Al)が付いたAl Quds(アル・クドゥス)と呼ばれます。これはエルサレム神殿のヘブライ語名である「聖なる家」をアラビア語に翻訳したバイト・アル・マクディスという名称が短縮したものとされています。現在、エルサレムは西エルサレムと東エルサレムに分かれており、世界遺産に登録されている旧市街は東エルサレムに位置しています。旧市街は約1km四方の範囲に広がり、周囲を囲う城壁の全長は約4kmあります。城壁はオスマン帝国のスレイマン1世によって再建されたもので、8つの門のうち7つが現在も使用されています。
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エローラーの石窟寺院群

Ellora Caves
エローラーの石窟寺院群
『エローラーの石窟寺院群』は、5世紀頃から10世紀頃にかけて造営された石窟寺院群です。インドのデカン高原西部の岩山の南西面に約2kmにわたって、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の3つの宗教の石窟寺院が34存在します。最初に掘られたのは仏教窟で、5世紀〜8世紀に第1窟から第12窟までつくられました。そのうち第10窟(ヴィシュヴァカルマ窟、「大工の石窟」とも)は最も有名な仏教窟のひとつで、内部には木造を模した高い天井が広がり、仏陀が椅子に座っている様子を表現した仏倚坐像が、仏塔(ストゥーパ)を背にして鎮座しています。このように、石窟寺院の内部に仏塔や仏像を安置して礼拝する祠堂をチャイティヤ窟といいます。仏教窟の最北端に位置する第12窟(ティーン・タル窟)は3層構造でつくられており、仏教窟の中では最も大きな窟です。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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円形都市ハトラ

Hatra
円形都市ハトラ
イラク北部に位置するハトラは、ユーフラテス川とチグリス川にはさまれた半砂漠地帯にある古代の要塞都市で、パルティア王国(紀元前200年頃~紀元後220年)の中で保存状態も良く、宗教的、商業的な中心地として栄えました。ハトラは二重壁による都市防衛網を有する円形のデザインが特徴で、トラヤヌス帝率いるローマ軍を退け、難攻不落の都市として名を上げました。中心部に残る神殿などは、ギリシャやパルティア、ローマ文明の影響を受けながら発展したバビロニア文明を示す証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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オスン-オソボの聖林

Osun-Osogbo Sacred Grove
オスン-オソボの聖林
オソボ市の郊外にあるオスン聖林の密林は、ナイジェリア南部に残された高地原生林の最後の名残の一つです。この聖林をオスン川が蛇行しながら流れており、この景観全体が豊穣の女神オスンというヨルバ族の神々の一人の住処と見なされています。この聖林は、あらゆる集落の外側には聖なる森が広がっているというヨルバ族の世界観が普及していた証であり、ヨルバ文化における最後の聖林となっています。
地域: アフリカ / 国名: ナイジェリア連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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オランジュの凱旋門、ローマ劇場とその周辺

Roman Theatre and its Surroundings and the "Triumphal Arch" of Orange
オランジュの凱旋門、ローマ劇場とその周辺
フランス南部のアヴィニョンの北にあるオランジュは、紀元前1世紀、ローマ帝国の植民都市になり、古代ローマ時代の遺跡が残る街です。紀元10年から25年の間に築かれた凱旋門には、「ローマの平和(パクス・ロマーナ)」が打ち立てられていく様子がレリーフで表現されています。これは、今も現存する初代皇帝アウグストゥスの時代の地方凱旋門のなかでも、最も美しいと評価されているものです。凱旋門は13世紀には要塞へと改変されましたが、その後1824年には修復されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (iii)(vi)
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オリンピアの考古遺跡

Archaeological Site of Olympia
オリンピアの考古遺跡
オリンピアの考古遺跡は、首都アテネから西へ190kmにあるクロノスの丘の麓にオリンピアはあります。神々の山であるオリンポス山にその名を由来とするこの町では、紀元前8世紀頃から神々の父でもあるゼウスを奉納するための競技が定期的に開かれ、やがてこの競技会はギリシャ世界だけでなく、近隣諸国から参加者を集める国際的なスポーツ祭典となりました。長らく続いた祭典でしたが、キリスト教が国教となった4世紀末には、異教の祭典という理由から開催が禁止となりました。以降、長い間埋もれていましたが、18世紀に遺跡が発見されます。ローマ皇帝の命令で数多くの建築物が破壊されましたが、ゼウス神殿やヘラ神殿、短距離走などの練習場であったギムナシオンなどの基盤が一部残ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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カスビのブガンダ王国の王墓

Tombs of Buganda Kings at Kasubi
カスビのブガンダ王国の王墓
首都カンパラの北西3kmにある「カスビの丘」に、ブガンダ王国の王墓群があります。ブガンダ王国は農耕民族ガンダ族主体の王国で13世紀頃建国され、ヴィクトリア湖の北西岸で発展し、19世紀に隆盛を極めました。20世紀に湖の地が「ウガンダ」として英国より独立した際も王国として存続しましたが、その後王制は廃されました。ここはいまでもガンダ族の人々の精神的なよりどころとなっています。なお、現在の国名の「ウガンダ」は、スワヒリ語で「ブガンダ」を意味します。
地域: アフリカ / 国名: ウガンダ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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カトマンズの谷

Kathmandu Valley
カトマンズの谷
ネパールの首都カトマンズは、標高約1,350mの盆地に位置し、古くからチベットとインドを結ぶ交易と文化の要衝として栄えてきました。仏教とヒンドゥー教が融合することで独特の宗教文化が生まれ、直径約20㎞の範囲内に約900もの歴史的建造物が密集しています。14世紀に確立したマッラ王朝は、15世紀後半に3人の王子がカトマンズ、パタン(ラリトプル)、バクタプル(バドガオン)にそれぞれ王国を築き、栄華を競うように宮殿や寺院、堂塔などを建設しました。これらの建造物には芸術性の高い彫刻が多く見られ、独特の建築や工芸は「ネワール文化」と呼ばれています。3つの王国は18世紀にグルカ王国によって滅ぼされましたが、その後も優れた建築物は造られ続けました。2015年のネパール大地震で大きな被害を受け、現在も修復作業が進められています。
地域: 西・南アジア / 国名: ネパール / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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カパック・ニャン:アンデスの道

Qhapaq Ñan, Andean Road System
カパック・ニャン:アンデスの道
「カパック・ニャン」は、南米でかつて使われた言語・ケチュア語で「偉大な道」「王の道」を意味しており、アンデス山脈に沿うようにして南アメリカのコロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンの6か国に張り巡らされた道です。インカ帝国の交易や防衛のための交通網で、インカ帝国の首都クスコ(現在のペルーの都市)から延びる4つの主要な経路から、各地に毛細血管のように張り巡らされたインカ道と呼ばれる細い道とつながり、広がりました。
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カルタゴの考古遺跡

Archaeological Site of Carthage
カルタゴの考古遺跡
フェニキア人によって建設されたカルタゴは、チュニス湾とその周囲の平野を見下ろす丘に位置し、紀元前6世紀から後2世紀ごろにかけて繁栄した広大な考古学的遺跡です。ローマ時代のアフリカ属州の首都として、カルタゴは古代において重要な商業帝国の役割を果たしました。長いポエニ戦争の間、カルタゴはローマの領土を占領しましたが、最終的に146年にローマによって破壊されました。その後、ローマ人が古代都市を、カルタゴの遺跡の上に再建しました。フェニキア、ローマ、キリスト教、アラブ文化が次々と融合し、開花する特別な場所として、この大都市とその港は地中海で広範な交流を促進しました。カルタゴはハンニバルという戦士かつ策略家、探検家ハノン、有名な農学者マゴンを輩出しました。また、その歴史的・文学的な名声を通じて、カルタゴは常に世界的な想像力をかき立ててきました。カルタゴの主要な構成要素には、ビュルサの丘、プニック港、プニック・トフェット、ネクロポリス、劇場、円形劇場、サーカス、住宅地、バシリカ、アントニヌス浴場、マラガ貯水池、そして考古学保護区域が含まれます。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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カンチェンジュンガ国立公園

Khangchendzonga National Park
カンチェンジュンガ国立公園
インド北部シッキム州のヒマラヤ山脈に位置する『カンチェンジュンガ国立公園』は、標高8,586mの世界第3位の高峰カンチェンジュンガを中心とする国立公園です。標高差は最大でおよそ7.3km(標高1,220m〜8,586m)もあり、ヒマラヤ山脈の中でも非常に急峻な地形が特徴です。この高度差によって気候や降水量の違いが生じ、亜熱帯から高山地帯まで多彩な生態系を有しています。園内には非常に多様な動植物が生息しており、固有種や希少種の多さも評価されています。また、多数の湖や氷河が点在しており、その中には全長26kmのゼム氷河も含まれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(vi)(vii)(x)
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