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アワッシュ川下流域
Lower Valley of the Awash
オウロ・プレトの歴史都市
Historic Town of Ouro Preto
オモ川下流域
Lower Valley of the Omo
ガランバ国立公園
Garamba National Park
古代都市パルミラ
Site of Palmyra
シリアの首都・ダマスカスの砂漠の中央にあるオアシスの都市パルミラは、かつてナツメヤシが茂る地下水に恵まれた場所でした。「パルミラ」の名は、ギリシャ語でナツメヤシを意味する「パルマ」に由来しています。紀元前1世紀ごろから後3世紀の間、シルク・ロードの拠点として交易で栄え、129年にはローマ帝国のハドリアヌス帝から自由都市の資格を与えられました。パルミラの主神を祀るベル神殿や列柱道路、商人らを楽しませた円形劇場や浴場などが作られました。ギリシャ・ローマの西方文化とパルティア・ペルシアなどの東方文化の交差点に位置するパルミラの芸術と建築は、東西の文化と地元の伝統が融合し、独創的なスタイルを築きました。しかしローマ帝国からの独立に失敗したあと、街は破壊されました。
コパンのマヤ遺跡
Maya Site of Copan
タキシラの都市遺跡
Taxila
パキスタンの首都イスラマバード近郊のタキシラは、中石器時代の洞窟や4つの異なる時代の都市遺跡、仏教寺院やイスラム教のモスクなどを含む多種多様な遺跡が残されています。シルク・ロードの支流ながら重要な位置にあったタキシラは1世紀から5世紀頃に最盛期を迎えたとされています。特にサライカラ、ビール、シルカップ、シルスークの4つの居住地遺跡はインド亜大陸における都市の発展を示す重要な遺跡です。最も古いサライカラは先史時代の最古の集落跡で、新石器時代、青銅器時代、鉄器時代の居住の痕跡が残されています。次の時代にあたるビール(ビール・マウンド)は、紀元前6世紀にアケメネス朝が築いたとされるタキシラの「都市」としては最古のもので、石壁や家屋の基礎、街路などに都市化の遺構が残されており、紀元前326年にアレクサンダー大王が凱旋入場した地としても知られています。さらに時代が下ったシルカップは紀元前180年頃にギリシャ人によって築かれた都市で、碁盤目状の都市に配置された家屋や仏塔、寺院などにはヘレニズム時代のヨーロッパ建築の影響が強く見られます。シルカップはその後クシャーナ朝によって破壊されましたが、そのクシャーナ朝が残した都市が4つめのシルスークです。ここでは発掘調査によって不規則な長方形の切石積みの城壁と丸みを帯びた堡塁が見つかっています。これらには中央アジアの建築様式の影響が見られ、インド亜大陸と中央アジアとの関連を物語っています。
ハル・サフリエニの地下墳墓
Ħal Saflieni Hypogeum
バレッタの市街
City of Valletta
マルタの巨石神殿群
Megalithic Temples of Malta
ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院とレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』
Church and Dominican Convent of Santa Maria delle Grazie with “The Last Supper” by Leonardo da Vinci
ミラノの中心部に位置するサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ教会は、15世紀の半ばに完成した教会です。敷地内にはドミニコ会の修道院があります。その食堂の壁には、レオナルド・ダ・ヴィンチが1495年から97年にかけて描いた『最後の晩餐』が残ります。縦4.2m×幅9.1mの巨大な壁画で、「遠近法」と「明暗法」を取り入れ、イエスとその弟子たちをリアルに浮き立たせた名画です。壁画は、壁の漆喰が乾ききらないうちに描くフレスコ画ではなく、卵などを絵具に混ぜて固定材として使用するテンペラ画の技法で描かれました。速乾性に優れ、細やかな筆遣いを可能としましたが、壁に描く場合は耐久性に劣るため、「最後の晩餐」も早くに損傷が進み、20世紀後半には修復作業が行われました。
モヘンジョ・ダーロの遺跡群
Archaeological Ruins at Moenjodaro
レーロースの鉱山都市と周辺
Røros Mining Town and the Circumference
レーロースで銅鉱山が発見されたのは1644年ですが、1646年にはすでに鉱山町が形成されました。遺産は街とその産業景観、フェムンドシッタ精錬所とその周辺地域、輸送路などで構成され、1977年に銅鉱山が倒産するまでの333年もの期間操業していた銅鉱山と深く結びついています。鉱山町は1679年にスウェーデン軍の侵攻による破壊の後再建され、約2,000棟の木造住宅や精錬所が現存していますが、これらの多くの建物には黒焦げになった木造のファサードが残されています。フェムンドシッタ精錬所においては、精錬所跡を含む産業景観に加えて、水管理システムやそれらを仲介に発展したコミュニティの痕跡などが残った景観となっています。これらの景観は、採掘、輸送、生活様式などが、山岳地帯の寒冷な気候や道路のない辺境地という立地など、他の産業(農業や林業)への従事が制限される環境にいかに人間が適応していったのかを示す証拠でもあります。
レッドウッド国立・州立公園群
Redwood National and State Parks
カリフォルニア州北西部、太平洋岸に位置する『レッドウッド国立・州立公園群』はスギ科の常緑樹セコイアの巨木が生い茂る公園群です。セコイアは樹皮が赤みを帯びていることから「レッドウッド」とも呼ばれています。平均樹齢は500年から700年に及び、成木は高さ100m近くまで成長します。セコイアの森は約1億6,000万年前から存在し、かつては世界中の湿潤温帯地域で見られましたが、現在では北米西海岸にのみ自生しています。レッドウッドの巨木は、耐久性に優れながら加工もしやすい良質な木材として重宝され、19世紀半ばには大量に伐採されました。特にゴールドラッシュ期には、移住者の住居建設に膨大な木材が必要とされたため、森の面積は大幅に減少し、現在ではかつての20分の1ほどにまで縮小しています。
ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂
Historic Centre of Rome, the Properties of the Holy See in that City Enjoying Extraterritorial Rights and San Paolo Fuori le Mura
ローマは、「ローマの七丘」のひとつパラティーノの丘で紀元前753年に建国されたと伝わります。その後、共和制を経て、地中海沿岸から西アジア、グレートブリテン島南部までを支配する大帝国となりました。しかし、拡大しすぎた繁栄はやはり終わりを迎えます。395年にローマ帝国が東西に分割すると次第に都市としてのローマの重要性は薄れていきました。再び脚光を浴びるのはローマ教皇領としてルネサンスの中心地のひとつとなってからのことです。強大な力をもつ教皇の下、ミケランジェロなどの芸術家が活躍し、芸術の都として教皇の威光を示しました。世界遺産には、教皇ウルバヌス8世が築いた城壁の内部と、唯一城壁の外にあるサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂を含む、サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂の3つのヴァティカン市国直轄の聖堂も含まれています。
ワルシャワの歴史地区
Historic Centre of Warsaw