World Heritage Sites

世界遺産一覧

(1991年登録)

アユタヤの歴史都市

Historic City of Ayutthaya
アユタヤの歴史都市
タイ中部のアユタヤ県に位置する『アユタヤの歴史都市』は、約400年間にわたるアユタヤ王朝の繁栄を象徴する遺産です。アユタヤは1350年に建設され、15世紀にはアンコール朝を滅ぼしてスコータイを併合し、強大な王朝を築きました。この地域は3つの川に囲まれた恵まれた立地にあり、外交や商業が急速に発展していきました。また、シャム湾の潮汐波より高い場所に位置しているため、海上軍艦による攻撃を防ぐことができました。こうした戦略的な位置を活用することで、アユタヤは繁栄を続け、アユタヤ王朝第2の都市として中心的存在となりました。しかし、1767年にビルマ軍による攻撃を受け、アユタヤは壊滅的な被害を受けます。その後は再建されることなく、広大な考古学的遺跡としてその歴史が語り継がれています。遺跡にはプラ・プラーン様式という、砲弾状の高い塔堂を特徴とした建築様式がみられるのも特徴的です。
地域: 東・東南アジア / 国名: タイ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iii)
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コモド国立公園

Komodo National Park
コモド国立公園
コモド国立公園は、世界最大のトカゲであるコモドオオトカゲの唯一の生息地として知られています。この巨大な爬虫類は、体長は最大3m、体重100kg以上に達します。かつてインドネシアとオーストラリアには大型のトカゲが生息していましたが、その多くは絶滅してしまい、コモドオオトカゲはその最後の種だと考えられています。コモドオオトカゲの歯の間からは、獲物の血液の凝固を妨げ失血させる毒が出ることが分かっており、その毒を使って狩りを行っています。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (vii)(x)
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シャーク湾

Shark Bay, Western Australia
シャーク湾
『シャーク湾』は、オーストラリア西岸の陸地と海域からなり、2万2,000㎢にもわたる広大な面積が世界遺産に登録されています。陸地と半島によって「W」のような形をした海岸線が延び、内湾には干潟やマングローブ林、外湾には岩礁や断崖が広がっています。この場所には世界最大級の海草藻場が存在し、世界的に絶滅の危機に瀕している多くの動植物の住処となっています。また、アオウミガメやアカウミガメなどの貴重な営巣地であり、世界有数のジュゴンの生息地ともされています。そのほかクジラやバンドウイルカ、マンタ、サメ、エイなども見ることができます。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (vii)(viii)(ix)(x)
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スオメンリンナ要塞

Fortress of Suomenlinna
スオメンリンナ要塞
ヘルシンキ沖合の6つの無人島にあるスオメンリンナ要塞は、フィンランドを支配していたスウェーデンがロシアの侵攻に備え、1748年に建設を開始しました。当時の最先端の要塞建築技術を駆使したスヴェアボリ (後にスオメンリンナと改名)要塞は、総延長7.5kmにも及ぶ花こう岩の城壁で囲まれていて、北ヨーロッパで最も大きな稜堡を持つものでした。 また内部には、砲台まで張り巡らされた石の通路や、1万人もの兵士のパンを焼く施設などが整備されていました。第二次世界大戦後に軍事使用が廃止され、現在はヨーロッパの要塞建築技術を伝える文化研究施設として公開されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フィンランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iv)
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スクレの歴史都市

Historic City of Sucre
スクレの歴史都市
南米大陸の中央部にある「ボリビア多民族国」。憲法上の首都であるスクレは、同国の中南部、標高2,600mの高原盆地にあります。この街の起源は、スクレから130㎞ほど離れた、ポトシ銀山と関係しています。銀が生み出す富にあやかろうとポトシに入植してきたスペイン人たちは、1538年、ポトシよりも標高が低く過ごしやすいスクレを銀の管理地としました。実は、スクレは当初からこの地名だったわけではなく、当時の地名は「新トレドの銀の街」を意味する「シウダード・デ・ラ・プラタ・デ・ラ・ヌエバ・トレド」でした。その後も「チュキサカ」「チャルカス」と、その名称を何度か変えてきました。
地域: 南米 / 国名: ボリビア多民族国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iv)
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スコータイと周辺の歴史地区

Historic Town of Sukhothai and Associated Historic Towns
スコータイと周辺の歴史地区
スコータイは、タイ族がクメール族に代わって築いた初代スコータイ王朝の都で、13世紀から15世紀にかけて繁栄しました。特に、スコータイ王朝第3代ラームカムヘーン王の時代に最盛期を迎え、タイ文字を創り出したほか、上部座部仏教を受容して数多くの仏教寺院が建てられました。最大の寺院はワット・マハータートで、初代王インタラティットによって建てられたと言われています。こうしたスコータイ王朝の繁栄は、後のタイという国の形成にも大きな影響を与えることになります。いわゆるタイ文化の基礎を築いた都市であり、当時の宗教や社会、経済の発展を今に伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: タイ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(iii)
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ドナウ・デルタ

Danube Delta
ドナウ・デルタ
ドナウ・デルタは全長約3,000㎞の大河、ドナウ川が生み出した三角州です。黒海に注ぐ手前で3つの支流に分かれ、ヨーロッパ最大の連続湿地帯を形成しています。面積は約5,470㎢に及び、貴重な生物と自然が育まれる広大な地域です。世界遺産登録国はルーマニア。ドナウ川が運んだ大量の土砂が堆積してできた場所で、大小の湖や沼、砂地の森などが広がっています。三角州のほかに干潟や湿原もあり、多彩な動植物が生息しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (vii)(x)
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ドロットニングホルムの王領地

Royal Domain of Drottningholm
ドロットニングホルムの王領地
ストックホルムの西、メーラレン湖に浮かぶローヴェン島にある『ドロットニングホルムの王領地』は、17〜18世紀に建設されたスウェーデン王家の宮殿を含む建造物群です。「ドロットニングホルム」とは「王妃(女王)の小島」を意味し、その名の通り歴代のスウェーデン王妃と深いかかわりをもっています。この地には16世紀末に王妃カタリーナ・ヤーゲロニカのために建てられた夏の離宮が存在していましたが、後に焼失してしまいます。その後、1661年に王妃ヘドヴィーク・エレオノーラが建築家ニコデムス・テッシンに再建を依頼し、テッシンの息子に工事は引き継がれました。建設はおよそ100年にわたって続けられ、バロック様式の宮殿と庭園が完成しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iv)
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パリのセーヌ河岸

Paris, Banks of the Seine
パリのセーヌ河岸
パリの歴史は、セーヌ川に浮かぶシテ島から始まります。今はパリのシンボルのひとつとなっているノートル・ダム大聖堂が立つ、文字通りパリの中心となる島です。この島に紀元前3世紀頃からケルト系のパリシイ人が集落を作って暮らし始めました。その後、紀元前52年頃にガリア遠征中のカエサルが率いるローマ軍に侵略されるとローマ風の都市が築かれ、河川交通の重要拠点として発展しました。4世紀中頃にパリと呼ばれるようになり、彼らが話す言葉が現在のフランス語へと発展しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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プランバナンの寺院群

Prambanan Temple Compounds
プランバナンの寺院群
プランバナンの寺院群には、ヒンドゥー教と仏教の寺院群が非常に近い場所で残されており、世界遺産には508基の石造寺院で構成される寺院群が登録されています。最も南に位置するヒンドゥー教寺院のプランバナン寺院群(ロロ・ジョングラン)と、最も北に位置する仏教寺院のセウ寺院群は非常に似た構成を持っており、その間に仏教寺院のルンブン寺院とブブラ寺院が縦に並んでいます。またセウ寺院群の東には仏教寺院のアス寺院(ガナ寺院)があり、ルンブン寺院やブブラ寺院と共にセウ寺院群の曼荼羅を構成する寺院と考えられています。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(iv)
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ボロブドゥールの仏教寺院群

Borobudur Temple Compounds
ボロブドゥールの仏教寺院群
『ボロブドゥールの仏教寺院群』は、ジャワ島中部にある仏教の石造遺跡群です。8〜9世紀にかけてシャイレンドラ朝によって建設されました。インドから伝播した仏教の流れは、主に東南アジア方面で広まった「上座部仏教」と、中国経由で日本にも伝わってきた「大乗仏教」に大別されますが、この遺産は大乗仏教の寺院遺跡です。王朝がわずか100年で滅亡すると、近くにあるムラピ山の火山灰に埋もれ、植物に覆われて忘れ去られていきました。それから約1,000年後の1814年、英国のジャワ総督代理とオランダ人技師により、密林の中から「発見」されました。最大規模のボロブドゥール寺院、ムンドゥー寺院とパウォン寺院から構成され、3つの寺院はほぼ東西一直線に並んでいます。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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ラウマの旧市街

Old Rauma
ラウマの旧市街
ラウマの街はフィンランドの南西部に位置しています。ここは、フィンランドで数少ない中世の街です。もともと海辺にあった旧市街は、地盤の隆起により現在は海岸線から1.5kmほど内陸に入った場所にあります。旧市街は、ほとんどが個人所有の約600棟の木造建築からなり、スカンジナビア半島最大規模の木造平屋建築の家屋が残っています。ラウマ旧市街地は、北欧の伝統的な木造建築の技術と伝統がよく保存された代表的な事例です。
地域: ヨーロッパ / 国名: フィンランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iv)(v)
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ラホール城とシャーラマール庭園

Fort and Shalamar Gardens in Lahore
ラホール城とシャーラマール庭園
ラホールはパキスタン北東部、インドの国境付近にある都市で、ムガル帝国第3代皇帝のアクバル(在位:1542~1605)はこの地に都を置き、11世紀以前から伝わる城砦を再建する形で現在のラホール城を築きました。彼は焼成レンガと赤砂岩を特徴的に用いて、謁見の間であった「ハーネ・ハース・オ・アーム」などの象徴的な施設を建造しました。次代のジャハーンギール(在位:1605~1627)は、アクバルが着工した広大な北側の中庭を完成させると主に、砦の北壁や北西壁に装飾を施しました。さらに次代のシャー・ジャハーン(在位:1627~58)は、白大理石をふんだんに用いた「真珠のモスク」や謁見の間「ディーワーネ・アーム」、世界で最も美しい宮殿の一つとも言われる「シーシュ・マハル」などの豪奢な建造物を築いています。これらの建造物はムガル帝国の建築様式の優れた見本を構成しています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ランギリ・ダンブッラの石窟寺院

Rangiri Dambulla Cave Temple
ランギリ・ダンブッラの石窟寺院
スリランカ中部ダンブッラの岩山にあるダンブッラ石窟寺院は、スリランカ最大の仏教石窟寺院です。この場所には元々、紀元前3世紀から仏教僧の修道施設が置かれていました。前1世紀頃、シンハラ王国第19代ワッタガーマニー・アバヤ王が、南インドのタミル人によって都を追われた際に、ダンブッラの僧に匿われたことに感謝して、この地に石窟を寄贈したのが始まりとされています。以来、ダンブッラは聖なる巡礼地として人々に敬われ、スリランカ文化を象徴する存在となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(vi)
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ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮

Cathedral of Notre-Dame, Former Abbey of Saint-Rémi and Palace of Tau, Reims
ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮
ランスが大きく発展したのは、496年頃にフランク王国のクローヴィス1世がこの地でキリスト教カトリックの洗礼を受けたことがきっかけです。クローヴィスはゲルマン人のフランク族を統一すると、481年にフランク王国メロヴィング朝をひらきました。彼はゲルマン人のアレマン族との戦いで、イエス・キリストが勝利に導いてくれたら洗礼を受けると天に誓います。そうして見事勝利を収めたため、王妃や約3,000人のフランク族の兵士と一緒に洗礼を受けました。このことは、カトリック教会がフランク王国という強い後ろ盾を得たことを意味しました。この時、クローヴィスに洗礼を与えたのが聖レミギウス(サン・レミ)だと伝わります。その後、1825年のシャルル10世まで32人の王がランスで戴冠式を行い、そのうち25人の王が現在のノートル・ダム大聖堂で戴冠式を行いました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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