World Heritage Sites

世界遺産一覧

(2005年登録)

オスン-オソボの聖林

Osun-Osogbo Sacred Grove
オスン-オソボの聖林
オソボ市の郊外にあるオスン聖林の密林は、ナイジェリア南部に残された高地原生林の最後の名残の一つです。この聖林をオスン川が蛇行しながら流れており、この景観全体が豊穣の女神オスンというヨルバ族の神々の一人の住処と見なされています。この聖林は、あらゆる集落の外側には聖なる森が広がっているというヨルバ族の世界観が普及していた証であり、ヨルバ文化における最後の聖林となっています。
地域: アフリカ / 国名: ナイジェリア連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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カリフォルニア湾の島々と自然保護区群

Islands and Protected Areas of the Gulf of California
カリフォルニア湾の島々と自然保護区群
メキシコ北西部からカリフォルニア湾に位置する保護区群は244の島々やその海域と沿岸から構成されます。保護区の内陸部には広大なソノラ砂漠もあります。特徴はかつて陸続きだった大陸島と火山活動によって生じた海洋島が狭い地域に同時に存在する点です。この特殊な環境によって多くの海洋学的現象も発生し、地球上で発生する海洋現象のほとんどを観察することができるともいわれています。そのため海洋学の研究において重要な地域ともなっています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (vii)(ix)(x)
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カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都

Qal’at al-Bahrain – Ancient Harbour and Capital of Dilmun
カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都
ディルムンは、メソポタミアとインダス文明を結ぶ交通の要衝とされた地で、正確な位置は明らかになっていないもののバーレーン等がその首都と考えられています。カルアトル・バーレーンは、紀元前24世紀頃から形成されてきたテルや古代の灯台と考えられている塔、海路、ヤシの木立等を主要な要素とする考古遺跡です。遺跡の発掘調査は全体の約25%程度しか実施されていませんが、住居や宮殿、公共施設、軍事施設等が発見されており、この地が何世紀にもわたって反映した重要な貿易港であったことの証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: バーレーン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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クフナ ‐ ウルゲンチ

Kunya-Urgench
クフナ ‐ ウルゲンチ
『クフナ‐ウルゲンチ』は、トルクメニスタン北西部のアム川のほとりに広がる古代都市です。古くはアケメネス朝の一部で、10世紀末にはホラズム朝の都として大きく発展しました。旧市街には11~16世紀の遺跡が残り、モスクや隊商宿の門、要塞都市跡、霊廟、そして高さ60mのミナレットなどが点在します。これらは当時の建築技術の粋を集めたもので、土や焼成レンガで作られた建物からは中央アジアのイスラム建築の多様な装飾や工法を学ぶことができます。その優れた技術は周辺地域やムガル帝国にも大きな影響を与えました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルクメニスタン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)
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コイバ国立公園と特別海洋保護区

Coiba National Park and its Special Zone of Marine Protection
コイバ国立公園と特別海洋保護区
コイバ国立公園は、パナマの南西沖合のチリキ湾に位置し、コイバ島と38の小島、および周辺の海洋区域を保護しています。この海洋性熱帯雨林は、冷たい風やエルニーニョ現象の影響から保護されているため、新種の進化が続く中で、哺乳類、鳥類、植物の固有種が非常に多く生息しています。この地域は、カンムリワシなどの絶滅危惧種や脅威にさらされている動物にとって最後の避難所でもあります。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: パナマ共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ix)(x)
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シエンフエゴスの歴史地区

Urban Historic Centre of Cienfuegos
シエンフエゴスの歴史地区
キューバ島中南部のカリブ海沿岸に位置するシエンフエゴスは、スペインの植民地として1819年に建設されましたが、当初はボルドーやルイジアナなどのフランス植民地出身の者たちがここに定住しました。この地は元々、サトウキビやタバコなどを生産できる肥沃な農業地帯であったため、それらを生産し、街ではサトウキビやタバコなどの貿易も行なわれました。また19世紀に砂糖ブームが到来し、その影響もあり1860年代までに、シエンフエゴスはキューバで3番目に経済的に重要な都市となりました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: キューバ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)
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シュトルーヴェの測地弧

Struve Geodetic Arc
シュトルーヴェの測地弧
ドイツ出身のロシア人天文学者フリードリヒ・フォン・シュトルーヴェは、地球の大きさや形を調べるために約40年をかけて調査を行いました。総距離2,820㎞にわたり、265カ所を測定し、正確な子午線の長さを求めるための三角測量を繰り返しました。世界遺産に登録されたのは265カ所のうち34カ所です。この長期間にわたる測量により、地球がわずかに楕円形であることと、その大きさが科学的に証明されました。
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シラクサとパンタリカの岩壁墓地遺跡

Syracuse and the Rocky Necropolis of Pantalica
シラクサとパンタリカの岩壁墓地遺跡
シチリア島東部の地中海沿岸にあるシラクサは、紀元前8世紀にギリシャのコリントス市が建設した植民都市が起源となります。紀元前5世紀には、アテネに並ぶほどの都市に発展し、ローマの政治家キケロが、「あらゆるギリシャ都市のなかで最も美しい」と讃えました。街には、古代ギリシャ時代につくられ、大聖堂に改築されたアテナ神殿や、15,000人の観客を収容する規模であったギリシャ劇場、そして古代ローマ時代の円形闘技場、要塞などが残されています。この歴史都市は、ビザンティン時代からブルボン王朝までの間に、アラブのイスラム教徒、ノルマン人、ホーエンシュタウフェン朝のフリードリヒ2世、アラゴン王国、両シチリア王国に支配されていて、3,000年にわたる地中海文明の発達を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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知床

Shiretoko
知床
知床は、北海道の北東部、オホーツク海南端に位置しており、海と陸の生態系が密接に関わり合う稀有な地域です。季節海氷の影響を強く受ける場所でありながら、陸上にも原生的な自然が色濃く残っています。この地域は、サハリンから渡来した寒冷地の動物と、本州から移動してきた温暖地の動物が同じ環境に暮らしており、非常に高い生物多様性を誇ります。また、人の手がほとんど加えられていない自然が残っていることから、かつて北海道全域に生息していた陸上の哺乳類や鳥類の多くが、現在もこの地に息づいています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ix)(x)
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聖書ゆかりの遺丘群:メギド、ハゾル、ベエル・シェバ

Biblical Tels - Megiddo, Hazor, Beer Sheba
聖書ゆかりの遺丘群:メギド、ハゾル、ベエル・シェバ
遺丘(テル)とは、地中海東岸、特にイスラエル、シリア、レバノン、トルコ東部の平野部に、先史時代の居住地が長期間にわたり積み重なってできた丘状の遺跡です。イスラエル国内にある200以上の遺丘のうち、メギド、ハゾル、ベエル・シェバには、聖書にまつわる重要な都市遺跡が残っています。数千年にわたる遺構は、強力な中央集権的な権威、豊かな農耕活動、そしてエジプトとシリア、アナトリアとメソポタミアを結ぶ重要な交易ルートが存在したことを物語っています。これらは青銅器時代と鉄器時代の都市の富と権力を示し、失われた文明を今に伝える証拠でもあります。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ソルターニーイェ

Soltaniyeh
ソルターニーイェ
「ソルターニーイェ」とは、アラビア語の『スルタンに関するもの』から転じて『スルタンの居場所』そして『首都』という意味になります。チンギス・ハンの孫のフラグが建てたイル・ハン国の古都で、第8代君主のオルジェイトゥによって14世紀初頭に都市が建設されました。ここはイラン北東部にあり、広大で緩やかな丘陵地に草原が広がり、もともとモンゴル語で「黄褐色の草地」という意味の「クンクル・ウラン」と呼ばれていた土地で、イル・ハン国の多くの君主が夏営地としていたところです。イル・ハン国はイスラム教を国教としていましたので、その世俗の君主はスルタンと呼ばれました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ドン・パヤーイェン-カオ・ヤイの森林群

Dong Phayayen-Khao Yai Forest Complex
ドン・パヤーイェン-カオ・ヤイの森林群
タイ東部に位置する『ドン・パヤーイェン-カオ・ヤイの森林群』は、4つの国立公園と1つの保護区からなる、総面積6,155㎢に及ぶ広大な山岳地帯です。標高1,000〜1,350mの山々が連なり、北にはメコン川へ続く支流が、南には滝や渓谷が点在するなど、豊かな自然環境が広がっています。モンスーンの影響を受けた熱帯雨林には800種を超える動物が暮らし、トラやアジアゾウ、ベンガルヤマネコ、バンテンといった大型の野生動物も確認されています。さらに、この地域には世界的に重要とされる絶滅危惧種5種や危急種19種が含まれ、多様な命の生存を支えています。他にも、2種のテナガザルが生息する貴重な場所であり、渡り鳥の中継地としても欠かせない役割を果たしています。タイのモンスーン林として最後に残された広大な熱帯生態系は、いまも多様な命を育む場所であり、地球規模で守るべき価値を持っています。
地域: 東・東南アジア / 国名: タイ王国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (x)
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ネゲヴにある香料の道と砂漠都市群

Incense Route - Desert Cities in the Negev
ネゲヴにある香料の道と砂漠都市群
ネゲヴ砂漠に点在するナバテア人のハルザ、マムシト、アヴダト、シヴタの4つの都市および関連する要塞や農業景観は、香料とスパイスの交易路の地中海側につながる道沿いに点在しています。このルートは、アラビア半島南部から地中海まで乳香と没薬を運ぶために、2,000km以上にわたって広がる交易路網でした。この交易は紀元前3世紀から紀元後2世紀にかけて大いに栄え、莫大な利益を生み出し、ヘレニズム・ローマ世界における乳香の経済的、社会的、文化的な重要性を雄弁に物語っています。また、この道は物資だけでなく、人材や思想の通路にもなりました。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (iii)(v)
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ネスヴィシにあるラジヴィル家の建築と邸宅および文化関連遺産群

Architectural, Residential and Cultural Complex of the Radziwill Family at Nesvizh
ネスヴィシにあるラジヴィル家の建築と邸宅および文化関連遺産群
ベラルーシ中央部に位置するネスヴィシにあるラジヴィル家の建築群は、16世紀から20世紀にかけてヨーロッパで絶大な権力と影響力を持ったラジヴィル家が築いたものです。この一族は、この町を科学、芸術、工芸、建築の主要な中心地へと発展させました。彼らがここに招いた傑出した文化人や芸術家たちの手によって、西欧の建築様式と地元の伝統が見事に融合し、東欧における建築思想の伝播と新たな建築様式の発展に大きな役割を果たしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ベラルーシ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ノルウェー西部のフィヨルド、ガイランゲルフィヨルドとネーロイフィヨルド

West Norwegian Fjords – Geirangerfjord and Nærøyfjord
ノルウェー西部のフィヨルド、ガイランゲルフィヨルドとネーロイフィヨルド
ノルウェーの南西部の海岸線、南北約500kmにわたって雄大なフィヨルド地域が広がっています。ノーベル文学賞を受章したノルウェーを代表する文学者、ビョルンスティエルネ・ビョルンソンは、「ガイランゲルに牧師はいらない。フィヨルドが神の言葉を語るから」という言葉で、この地域のフィヨルドの美しさと荘厳さを表現しています。また、フィヨルドという言葉は、ノルウェー語の「氷河に深く削られ狭く急が掛けが海中まで続く谷」を語源としており、氷河による造形美の代表例であることを表しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ノルウェー王国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (vii)(viii)
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プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館とその関連施設

Plantin-Moretus House-Workshops-Museum Complex
プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館とその関連施設
プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館とその関連施設は、ルネサンスからバロック時代にまで遡る印刷工房兼出版社の建物です。この施設は、パリやヴェネツィアと並んで、初期ヨーロッパ印刷の三大都市の一つであったアントウェルペンに位置しており、活版印刷の発明と普及の歴史と深く結びついています。その名は、16世紀後半の最も偉大な印刷出版者であるクリストフ・プランタンにちなんでいます。その歴史的重要性は、16世紀末にヨーロッパで最も多産であったこの印刷・出版社の活動の様子と業績を示している点にあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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フレーデフォート・ドーム

Vredefort Dome
フレーデフォート・ドーム
今から20億2,300万年前にアフリカ大陸に隕石が落下しました。その痕跡が「フレーデフォート・ドーム」です。南アフリカ共和国のヨハネスブルクの南西120kmに位置します。半径は最大190kmもある世界最大かつ最も深くえぐられた隕石痕で、地球上で発見された隕石痕のなかで最古級のものです。直径およそ10~12キロメートルの隕石が秒速20キロメートルで衝突した可能性があり、地球史上最大級の単一のエネルギー解放イベントだったとされています。隕石衝突によるクレーター底下の地殻構造を露出させた唯一の事例として、隕石が天体に及ぼす影響を研究するうえで貴重な研究材料になっています。
地域: アフリカ / 国名: 南アフリカ共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (viii)
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ベラトとギロカストラの歴史地区

Historic Centres of Berat and Gjirokastra
ベラトとギロカストラの歴史地区
ベラトとギロカストラは、オスマン帝国時代の建造物が良好な状態で残されている貴重な遺産です。アルバニア中部に位置するベラトは、要塞としての機能を持ちながらも開放的な雰囲気の街で、古くから職人や商人たちが暮らしてきました。丘一帯には、オレンジ色の屋根に白い壁、そして大きな窓が特徴的な同じ形の建物が立ち並んでいます。その特徴的な景観から、ベラトは「千の窓の町」という名で親しまれています。地元で「カラ」と呼ばれる城の起源は紀元前4世紀にまでさかのぼりますが、現存するものの多くは13世紀に建てられたものです。城内の地区には、主に13世紀のビザンチン様式の教会が数多く残されているほか、1417年からのオスマン帝国時代に建てられたモスクも点在しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: アルバニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (iii)(iv)
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マカオの歴史地区

Historic Centre of Macao
マカオの歴史地区
中国大陸の南岸、珠江デルタに位置するマカオ(澳門)は、ポルトガルのアジア貿易の拠点となった港街です。元は漁村であり、福建省から中国沿岸を航海する船乗りが立ち寄る中継地でした。ポルトガル人が最初に中国へたどり着いたのは明代の1513年のこと。1557年に明王朝から居住権が与えられ、東アジアで最初のヨーロッパ入植地となると、数多くのカトリック教会や礼拝堂が築かれていきました。 17世紀になると、ポルトガルはオランダをはじめとする他のヨーロッパ列強諸国を 遠ざけるため、マカオに要塞を築きました。1849年、ポルトガルはマカオを自由貿易港と宣言し、1889年にはポルトガル領植民地となりました。イギリス領の香港が発展していくと、次第に貿易の中心は香港へと移り、マカオは外国人の別荘地となりました。1999年に中国へ返還され、現在は特別行政区です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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モスタル旧市街の石橋と周辺

Old Bridge Area of the Old City of Mostar
モスタル旧市街の石橋と周辺
モスタル旧市街は、15世紀から16世紀にかけてオスマン帝国の国境都市として発展し、19世紀から20世紀のオーストリア・ハンガリー帝国時代にも繁栄を遂げました。この地域は、オスマン帝国、地中海、西欧の建築様式が融合した独自の都市景観を形成しています。​街の中心にある石橋は、スターリ・モスト(古い橋)と呼ばれ、16世紀にミマール・スィナンの弟子ミマール・ハイルッディンが設計し、オスマン建築の傑作とされています。​1990年代のボスニア紛争で街の大部分とともに破壊されましたが、2004年に各国の援助やユニスコの支援を受けて再建され、和解と国際協力、多文化共生の象徴となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ボスニア・ヘルツェゴビナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (vi)
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ヤロスラーヴリの歴史地区

Historical Centre of the City of Yaroslavl
ヤロスラーヴリの歴史地区
モスクワの北東約250km、ヴォルガ川とコトロスリ川の合流点にあるヤロスラーヴリは、ヤロスラフ1世によって築かれ、商業中心地として11世紀以降発展した古都です。この街で有名な建物に、12世紀後半に異教徒の寺院跡に築かれたスパソ・プレオブラジェンスキー修道院があります。もとは要塞としての役割もありましたが、これはヴォルガ川流域で最古の修道院の一つです。この修道院は幾度もの火災を経てその後、長い時間をかけて再建されたので、13世紀から16世紀の様々な建築要素を確認できます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ル・アーヴル:オーギュスト・ペレにより再建された街

Le Havre, the City Rebuilt by Auguste Perret
ル・アーヴル:オーギュスト・ペレにより再建された街
ノルマンディー地方、イギリス海峡に面した都市ル・アーヴルは、第二次世界大戦中に激しい爆撃を受け、壊滅的な被害を受けました。破壊された地域は、当時70歳だったフランスの建築家オーギュスト・ペレ率いるチームの計画に基づき、1945年から1964年にかけて再建されました。旧市街の構造や現存する歴史的建築物の面影を残しつつ、新しい都市計画や建築技術の理念を融合させており、特に6.24mを基準とする碁盤目状の都市計画やプレハブ工法、鉄筋コンクリートの革新的な活用が特徴です。再建された地区は、ル・アーヴルの行政・商業・文化の中心を形成していて、数ある戦後再建都市の中でも、統一性と完全性において際立っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ワディ・アル・ヒタン(鯨の谷)

Wadi Al-Hitan (Whale Valley)
ワディ・アル・ヒタン(鯨の谷)
首都カイロから西に150km離れた砂漠地帯にある『ワディ・アル・ヒタン(鯨の谷)』では、約4,000万年前のクジラの祖先にあたる海洋動物の化石が多数発見されています。かつてこの一帯には、浅い海が広がり、バシロサウルスと呼ばれる後ろ足のあるクジラ類が生息していました。この地域で発掘された化石は、陸生哺乳類が陸上から海へと生活の場を移して海生哺乳類となり、後ろ足が消えようとする最終段階のもので、生物進化の過程を解明する貴重な証拠となっています。また、その他にもサメの歯やマングローブの根の化石などもこの一帯から出土されています。ワディ・アル・ヒタンは、化石の多さや密集度、そしてその質とともに世界に類例のない場所で、当時の周辺環境や生態学的状態の再現までもが可能なほどとされています。
地域: アフリカ / 国名: エジプト・アラブ共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (viii)
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