World Heritage Sites

世界遺産一覧

(2016年登録)

アンテケラの支石墓遺跡

Antequera Dolmens Site
アンテケラの支石墓遺跡
『アンテケラの支石墓遺跡』は、スペイン南部アンダルシア地方に位置するヨーロッパの先史時代を代表する巨石文化の遺跡群です。メンガとビエラの支石墓(ドルメン)、エル・ロメラルのトロス(円蓋墓)の3つの巨石遺跡に2つの自然要素が含まれ構成されています。自然要素には「恋人たちの岩」を意味するラ・ペーニャ・デ・ロス・エナモラドスと、この地域のランドマークであるトルカル山が含まれています。これらの巨石遺跡群は、新石器時代から青銅器時代にかけて築かれ、まぐさ石による屋根や人造のドーム型天井を持つトロスが現在も残っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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イラク南部のアフワル:生物多様性の保護地域とメソポタミアの都市の残存景観

The Ahwar of Southern Iraq: Refuge of Biodiversity and the Relict Landscape of the Mesopotamian Cities
イラク南部のアフワル:生物多様性の保護地域とメソポタミアの都市の残存景観
紀元前5000年から前3000年ごろ、一帯の海水面は現在の海岸線よりも約200㎞内側にあり、湿地帯はさらに内陸に広がっていました。前4000~前3000年にかけて、ティグリス川とユーフラテス川が合流するデルタ地帯周辺に、ウルク、ウル、エリドゥといったシュメール都市が発展しました。前2000年以降、2本の川は分岐して海岸線は南東に後退を始め、気候の乾燥化が進んで湿地が干上がると、メソポタミア南部の諸都市は衰退しました。一方で、川の下流では新たな沼地が形成され、現在見られるアフワルの湿地はこの時期に形成されたものと考えられています。イラク南部の極度に高温で乾燥している環境下では、湿原は多くの生物の生息地であり、かつ生物多様性が見られる重要な場所となっており、水鳥たちの保護を目的としたラムサール条約にも登録されています。また、2つの川の沼沢デルタ地域には、ウルクやウルといった古代メソポタミア文明初期のシュメールの都市遺跡があり、紀元前4000年に遡る建造物や遺物が残る、考古学的に重要なエリアとなっています。イラク南部の4つの湿原と3つの考古遺跡を含むエリアが複合遺産として登録されています。 
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(v)(ix)(x)
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カンチェンジュンガ国立公園

Khangchendzonga National Park
カンチェンジュンガ国立公園
インド北部シッキム州のヒマラヤ山脈に位置する『カンチェンジュンガ国立公園』は、標高8,586mの世界第3位の高峰カンチェンジュンガを中心とする国立公園です。標高差は最大でおよそ7.3km(標高1,220m〜8,586m)もあり、ヒマラヤ山脈の中でも非常に急峻な地形が特徴です。この高度差によって気候や降水量の違いが生じ、亜熱帯から高山地帯まで多彩な生態系を有しています。園内には非常に多様な動植物が生息しており、固有種や希少種の多さも評価されています。また、多数の湖や氷河が点在しており、その中には全長26kmのゼム氷河も含まれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(vi)(vii)(x)
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ナーランダ・マハーヴィハーラの遺跡群

Archaeological Site of Nalanda Mahavihara at Nalanda, Bihar
ナーランダ・マハーヴィハーラの遺跡群
インド北東部ビハール州のナーランダ(「蓮のある場所」という意味)には紀元前3世紀から紀元後13世紀にかけての仏教の学術・修道活動が行われた遺跡があります。ストゥーパ(舎利塔)や霊廟、ヴィハーラ(僧院)などの他、多くの貴重な美術品も残されています。ここはインド亜大陸における最初の大学として、5世紀から13世紀までの800年間、途切れることなく体系的な知識の伝承が行われた地です。7世紀にははるばる中国から玄奘三蔵が来て、ここで学んだと伝わります。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iv)(vi)
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ナン・マトール:ミクロネシア東部の儀礼的中心地

Nan Madol: Ceremonial Centre of Eastern Micronesia
ナン・マトール:ミクロネシア東部の儀礼的中心地
ミクロネシア連邦のポンペイ島の沖合には、およそ100を数える人工島があります。現地語で「ナン・マトール」と呼ばれ、「神々と人間との間に広がる空間」という意味を持つ遺跡群です。柱状玄武岩とサンゴの巨石や小石を積み上げてつくられた人工島は、幅が約1.5㎞、奥行約700mの海域に点在します。人工島にはそれぞれ宮殿や寺院、墓所、浴場や住居といった機能がありました。外海からの入り口は一つで、人々は、カヌーに乗り移動していたとされています。ナン・マトールは太平洋地域で最大規模を誇る遺跡で、今もなお、地元民によって神聖な場所とみなされています。しかし、マングローブなど植物の繁茂や、水路でのシルト堆積といった脅威により、世界遺産リスト登録と同時に危機遺産リストにも記載されました。
地域: オセアニア / 国名: ミクロネシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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ピリッポイの考古遺跡

Archaeological Site of Philippi
ピリッポイの考古遺跡
ギリシャ北東部にあるピリッポイは、マケドニアの王フィリッポス2世によって、紀元前356年に創建された都市です。ここはヨーロッパとアジアを結ぶエグナティア街道が通る、交通の要所として栄えました。また、紀元前42年にはフィリピの戦いが起き、それ以降しばらくは「小ローマ」として繁栄しました。また、49年から50年にかけては使徒パウロが訪れたとされ、その後はキリスト教信仰の中心地にもなりました。ギリシャ風の都市の様子を保ちながらも、交通の要所となり、キリスト教信仰の中心地となった場所でもあるため、大変価値の高い都市となっています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ペルシアのカナート

The Persian Qanat
ペルシアのカナート
「カナート」とは、「カレーズ」(ペルシア語)ともいわれ、乾燥地帯によくみられる地下水路です。紀元前のペルシアが発祥で、その後広く東西に伝播し、いまでは中央アジア・中国やアフリカでも見られます。水源地から水平方向へ水路を伸ばし低地へ水を供給するもので、中には長さ数キロに及ぶものもあります。この水路により農地や都市へ公平で持続可能な水の供給がなされました。現在イラン全土には4万ものカナートがあるといわれていますが、そのうちの11本が世界遺産となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ルート砂漠

Lut Desert
ルート砂漠
ルート砂漠は、イラン南東部に広がる乾燥地帯です。周囲を山々に囲まれた内陸盆地に位置しており、降水量が少なく乾燥しています。また、太古の昔の火山活動で形成された地表の黒い溶岩質の岩が、亜熱帯の太陽熱を吸収することで、極めて高温になります。夏の気温は70℃以上にもなり、「世界で一番暑い場所」と言われています。全体の広さはイランの総面積のおよそ1%を占めるという広大な不毛の地で、世界遺産には2万2,780㎢が登録されています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (vii)(viii)
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ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献

The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement
ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献
フランスで活躍した近代建築家ル・コルビュジエの建築作品のうち、日本を含む3大陸7ヵ国に点在する17の資産が、2016年に世界で初めて「トランス・コンチネンタル・サイト」として世界遺産に登録されました。これら建築作品は、建築史上初めて、ある近代建築の概念が地球規模で広がり、実際に実践されたことを証明するものです。ル・コルビュジエは20世紀を代表する建築家の1人で、「住宅は住むための機械である」という言葉に象徴されるように、機能主義の建築家として近代建築運動を推進しました。彼は、建築の際の基準となる「モデュロール」や「近代建築の五原則」、「ドミノ・システム」などの重要な概念を次々と打ち出し、過去の伝統的な建築家たちと決別を図ったのです。
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