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アーメダバードの歴史都市
Historic City of Ahmadabad
アスマラ:アフリカのモダニズム都市
Asmara: A Modernist African City
アフロディシアス
Aphrodisias
アフロディシアスは、トルコの南西部、モルシナス渓谷の上流にあり、都市遺跡とその北東部にある大理石の採石場で構成されています。古くはレルゴノポリス、メガロポリスと呼ばれていましたが、紀元前2世紀にローマ帝国の支配が強化されたことで、この街は神聖な場所としての重要性を増し、美、愛、自然、豊かさの女神アフロディーテに由来してアフロディシアスの名前が付けられました。街の中心には、女神を祀ったアフロディーテ神殿つくられ、現在も堂々とした14本の柱を見ることができます。発掘調査によると、劇場の壁に書かれた文字に「カエサルから女神アフロディーテに贈った黄金のエロス像」とあることから、カエサルはこの街に来て女神に忠誠を捧げたと考えられています。
ヴァロンゴ埠頭の考古遺跡
Valongo Wharf Archaeological Site
「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群
Sacred Island of Okinoshima and Associated Sites in the Munakata Region
クジャター・グリーンランド:氷冠周縁部におけるノース人とイヌイットの農業地域
Kujataa Greenland: Norse and Inuit Farming at the Edge of the Ice Cap
鼓浪嶼(コロンス島):歴史的共同租界
Kulangsu, a Historic International Settlement
厦門に面した小さな島、鼓浪嶼(コロンス島)に残る931の歴史的建造物からなっています。1842年に結ばれた南京条約によって、翌1843年に厦門が開港し、1903年に鼓浪嶼に共同租界が設立されると、中国における海外貿易の重要な窓口となりました。様々な国の外国人がここに住み着いたことから、世界の様々な様式の建築が建てられ、文化的な混交が生まれました。アール・デコやモダニズムなどの西洋の建築様式と、厦門周辺地域の文化が融合して生まれた「アモイ・デコ様式」という鼓浪嶼独自の建築様式は、その一例になっています。共同租界とは、清朝や中華民国内に築かれた外国人居留地で鼓浪嶼では各国が共同で外国人居留地を管理しました。
サンボー・プレイ・クックの寺院地区:古代イシャナプラの考古遺跡
Temple Zone of Sambor Prei Kuk, Archaeological Site of Ancient Ishanapura
サンボー・プレイ・クックの寺院地区は、カンボジア中央部コンポントム州 に6世紀後半から7世紀前半にかけて栄えた真臘国(チャンラ王国)の都イシャナプラと呼ばれた場所にあります。イシャナプラはスタン・セン川やオー・クル・ケー川が流れる平野にあり、インドと中国とを結ぶ海上交易路の要所であったため、商業だけでなく宗教の中心地としても発展しました。サンボー・プレイ・クックという名前は、クメール語で「豊かな森の寺院」という意味で、7世紀初めに即位したイシャナヴァルマン1世は、この地に多くのヒンドゥー教の寺院が建てました。これらの寺院はアンコール・ワットよりも古く、プレ・アンコール期とされるクメール建築が生まれた初期の特徴がみられます。「空中宮殿(フライング・パレス)」や「怪魚マカラ」など遺跡に残る砂岩の彫刻は、サンボー・プレイ・クック様式と呼ばれています。100以上ある寺院遺跡の多くはレンガ造りで、そのうち10の寺院は東南アジアでは珍しい八角形の祠堂を持っています。約2㎞四方の環濠に囲まれた都城の中には、寺院だけでなく、水路や溜池などの水利施設、古い道などが残されています。しかし、これら遺跡の多くは熱帯の植物に覆われて倒壊の危機に瀕しており、修復・保存への取り組みが国際的協力のもとで進んでいます。
スヴィヤジツクの集落島にある生神女就寝大聖堂と修道院
Assumption Cathedral and Monastery of the town-island of Sviyazhsk
生神女就寝大聖堂(アサンプション大聖堂)は、スヴィヤジスクという町全体が島となった地域に位置し、同名の修道院の一部を成しています。ロシアのヴォルガ川、スヴィヤガ川、シュチュカ川が合流する地点にあり、シルクロードとヴォルガ交易路が交差する要衝にあたります。スヴィヤジスクは、1551年にイワン雷帝によって、カザン・ハン国征服を開始するための前線基地として築かれました。就寝修道院は、征服された地域における宣教と行政の中心として機能することが期待されていました。大聖堂は、比較的短期間で完成した広範な壁画群を備えており、イスラーム王国であったカザン・ハン国を征服した直後のロシア国家が掲げた文化的・政治的な野心を反映しています。また、当時のロシアおよびヨーロッパにおける正教会美術の新しい潮流を示すものでもあります。
青海フフシル(可可西里)
Qinghai Hoh Xil
フフシルはモンゴル語で「青い峰」を意味し、チベット語では「ホホシリ」と呼ばれています。「青海フフシル」は、チベット高原の北東端に位置し、世界最大かつ最も高い場所にある高原です。海抜4,500m以上の高山とステップ地帯からなる北部エリアが世界遺産に登録されています。年間平均気温は0℃以下、最低気温はマイナス45℃に達することもある極寒の高原気候で、北極・南極とならんで「第三極」と言われています。氷河の雪解け水は無数の河川となり、湿地帯や湖沼を形成しています。このような環境下で独特な生態系が築かれ、3分の1以上の植物種と、すべての草食哺乳類は 一帯の固有種です。この地はチベットカモシカ(チルー) が「渡り」を行うルートでもあります。北のアルトゥン山脈からフフシルを経由して青海省南部まで移動するルート上には高速道路や鉄道が敷かれているうえに密猟者も出現することから、現在は国家自然保護区に登録され、パトロール活動が盛んです。
ダウリアの景観群
Landscapes of Dauria
モンゴル東部とロシア・シベリアにまたがる4つの保護区、9,126㎢が世界遺産として登録されています。モンゴル側のダグール特別保護区、ウグタム自然保護区、ロシア側のダウルススキー自然保護区、ジェレン自然保護区で構成され、草原から森林までの様々な形態のステップが見られます。構成地域の多くの部分は、ラムサール条約の登録地及びUNESCOの人間と生物圏計画に基づく生物圏保護区と重複しています。この景観群には手付かずのステップ環境が残されており、乾季と雨季を繰り返すステップ気候に起因する多様な生態系が見られます。また、マナヅルやノガン、ゴビズキンカモメ、サカツラガンなどの絶滅の危機にある渡り鳥やその他の希少動物の重要な生息地となっており、モウコガゼルの渡りのルートとしても重要な地域となっています。
タプタプアテア
Taputapuātea
タルノフスキェ・グルィの鉛・銀・亜鉛鉱山とその地下水管理システム
Tarnowskie Góry Lead-Silver-Zinc Mine and its Underground Water Management System
ポーランド南部のシロンスクに位置するタルノフスキェ・グルィ地域は、ヨーロッパ有数の鉛、銀、亜鉛鉱山として知られています。16世紀半ばから19世紀後半にかけて、鉱山の発展とともに、地下水の大量流入という難題に直面し、これを解決するために50㎞以上の主要排水トンネルや、無数の坑道・竪坑を含む広大な排水網が築かれました。18世紀後半にはイギリスから蒸気機関が導入され、地下深くの水を汲み上げることができるようになりました。重力による排水坑道と蒸気揚水技術が組み合わさることで、排水に加え、鉱山水を周辺都市や産業地区の飲料水・工業用水として活用する画期的なシステムが実現しました。このシステムは、19世紀には上シレジア工業地帯(カトヴィツェ周辺)など広域への給水も担い、2001年まで稼働が続きました。
ヘブロン:アル・ハリールの旧市街
Hebron/Al-Khalil Old Town
パレスチナ西岸地区の南部に位置するヘブロンは、マムルーク朝時代に築かれた市街地です。しかし、それより以前にも隊商交易の要衝でもあり、紀元前1世紀には最初の預言者とされるアブラハムとその家族の墓も築かれました。『旧約聖書』によると、アブラハムは「マクペラの洞穴」に葬られたとされ、その洞穴がヘブロンにあると信じられたため、ここに墓が築かれました。アブラハムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教徒にとって、「啓典の民」の始祖とされるため、ヘブロンは三つの宗教の巡礼地となっています。都市の構造としては、マムルーク朝からオスマン帝国と、やはりイスラム王朝の支配が続いたので、イスラム都市の要素が多いです。マムルーク朝時代のスークやモスク、ハマムなども現存しています。
ヤズドの歴史都市
Historic City of Yazd
ここはイラン中央部の砂漠地帯にあるシルクロードの隊商都市です。ここには、乾燥して寒暖差が激しいという砂漠地帯の厳しい環境に適応した建築物が多くみられます。最大規模のカナート(地下水路)を始め、風を取り入れて室温調節をするバードギールや日差しを避けるための地下室などが残っています。また、日干しレンガで造られている建物が多いのも特徴です。日干しレンガは断熱性にすぐれているといわれ、夏涼しく冬は暖かいそうです。ここはその立地と厳しい気候により、他のイランの都市のような近代化から取り残された都市で、そのためこれらの伝統的な建物群が残されているのです。市内にある「ドウラトアバード庭園」は別の世界遺産「ペルシア庭園」に登録されており、日干しレンガ造りのバードギールが特徴です。これも砂漠に適応した建築の代表例です。
ンバンザ・コンゴ:旧コンゴ王国の首都遺跡
Mbanza Kongo, Vestiges of the Capital of the former Kingdom of Kongo