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サン・アントニオ・ミッションズ
San Antonio Missions
サン・アントニオ・ミッションズは、テキサス州南部のサン・アントニオ川流域12.4kmにわたって展開する5つの辺境伝道所群と、そこから37km南方に位置する牧場から構成されています。これらの伝道所遺跡は、農地、牛の放牧地、住居、教会、穀倉、工房、窯、井戸、外壁、そして水道システムなど、多様な建築物および考古学的建造物から成り立っています。これらは、1718年から1731年にかけてフランシスコ会の司祭によって建設されたものです。伝道所の建設以前、テキサスにはスペイン人による恒久的な入植地は存在していませんでした。これらの施設は、スペイン国王が新大陸の支配地域「ヌエバ・エスパーニャ(新しいスペイン)」の北部辺境において、植民地化、伝道活動、防衛を図った努力の証といえます。
サンフランシスコ山地の洞窟壁画
Rock Paintings of the Sierra de San Francisco
サンフランシスコ山地の洞窟壁画は、バハ・カリフォルニア半島、エル・ビスカイノ生物圏保護区内に位置する、世界有数の岩絵が残る遺跡です。岩絵は紀元前1100~後1300年ごろまでこの地域に暮らしていた先住民によって描かれ、スペインの植民地以前の歴史を残す重要な場所でもあります。岩絵は非常に良好な状態で残っており、人間や動植物が写実的に描かれていると同時に、抽象的な絵も赤や黄色、オレンジ、白、黒など天然素材から生成された顔料で色彩豊かに描かれています。一部の壁画は非常に高い位置や岩の張り出し部分に描かれ、その巨大さが強調されているなど、さまざまな技法が用いられています。さらに洞窟内には顔料を混ぜるためのパレットとして使用されたと考えられる、岩の窪みなども残っています。
サン・ミゲルの要塞都市とアトトニルコにあるナザレのイエスの聖地
Protective town of San Miguel and the Sanctuary of Jesús Nazareno de Atotonilco
シアン・カーン自然保護区
Sian Ka'an
シャーロットヴィルのモンティチェロとヴァージニア大学
Monticello and the University of Virginia in Charlottesville
アメリカ独立宣言の起草者であり、合衆国第3代大統領であるトマス・ジェファソン(1743〜1826)は、新古典主義建築に秀でた才能を有する建築家でもありました。彼は、自身のプランテーションであるモンティチェロと、その約8km北西に位置するシャーロットヴィルにヴァージニア大学を設計しました。ヴァージニア大学は、ジェファソンが理想とした教育理念を実現するために創設されたもので、独特のU字型平面プランを特徴としています。中心にはロタンダが据えられ、南側にはパビリオン、ホテル、学生用の居室、庭園などが整然と配置されています。これらの建築群は、自然環境との調和、機能主義と象徴主義の融合を通じて、新古典主義建築の優れたかつ個性的な例といえます。古典および当時の建築様式を綿密に研究した成果が随所に表れており、ジェファソンが描いた新しいアメリカ合衆国の理想像を色濃く反映しています。
自由の女神像
Statue of Liberty
マンハッタン島南西のアッパー・ニューヨーク湾に浮かぶリバティ島に立つ「自由の女神像」は、1886年にアメリカ合衆国の独立100周年を記念してフランスから贈られたものです。建設を提案したのは、法学者で政治家でもあったエドゥアール・ドゥ・ラブライエであり、制作を担ったのは彫刻家フレデリック・バルトルディと技術者ギュスターヴ・エッフェルです。この女神像は「世界を照らす自由」と名づけられ、アメリカ人建築家リチャード・モリス・ハントによる設計の台座上に立っています。台座を含めた高さは93メートル、総重量は225トンに及びます。右手には希望の象徴である長さ9メートルのたいまつを高く掲げ、左手には「1776年7月4日」と記された独立宣言書を抱えています。女神は力強く左足を踏み出しており、その足元では奴隷制と専制政治を象徴する鎖を踏みつけています。アメリカの象徴ともいえるその姿は、入国の玄関口であったリバティ島の隣、エリス島を目指して海を渡ってきた何百万人もの移住者たちに勇気を与えてきました。
ジョギンズの化石断崖群
Joggins Fossil Cliffs
スカン・グアイ
SGang Gwaay
ソチカルコの古代遺跡地帯
Archaeological Monuments Zone of Xochicalco
ダイナソール州立公園
Dinosaur Provincial Park
タオス・プエブロの伝統的集落
Taos Pueblo
チチェン・イツァの古代都市
Pre-Hispanic City of Chichen-Itza
チャコ文化
Chaco Culture
ニューメキシコ州北西部に位置するチャコ・キャニオンで発見された集落は、10〜12世紀にかけて先住民アナサジ族によって築かれた集落群です。大規模な集落は12、小規模なものは400以上に及びます。アナサジ族は当時、独自の石工技術を用いて、数百の部屋を備えた多層構造の「グレートハウス」と呼ばれる巨大な石造建造物を建設しました。これらの建物は計画的に設計・建設されており、2〜5階建ての集合住宅となっています。壁は砂岩と泥モルタルで構築され、屋根梁には松材が使用されています。これらはチャコ文化の全体像を示す、良好な保存状態の考古学的遺跡です。多層構造と洗練された石積みを特徴とする高度に組織化された大規模建造物は、当時の社会構造の複雑化を物語っています。
テオティワカンの古代都市
Pre-Hispanic City of Teotihuacan
テワカンとクイカトランの渓谷:メソアメリカの起源となる環境
Tehuacán-Cuicatlán Valley: originary habitat of Mesoamerica
独立記念館
Independence Hall
「独立記念館」は、アメリカ北東部ペンシルベニア州南東部に位置するフィラデルフィアにあります。1776年7月4日、この建物においてアメリカ東部の13のイギリス植民地代表による第2回大陸会議が開催され、ヴァージニア代表トマス・ジェファソンが起草した独立宣言が採択されました。アメリカ独立戦争の結果として、1783年のパリ条約によりイギリスはアメリカの独立を承認しました。さらに、1787年にはこの建物で憲法制定会議が開かれ、世界最古の近代的成文憲法であり、現行憲法でもあるアメリカ合衆国憲法が承認されました。1790年から1800年までの10年間、フィラデルフィアはアメリカの首都であり、この期間中、この建物は国会議事堂として使用されました。当時、議員数の少なかった元老院は2階を、多かった代議院は1階を議場として使用しており、これが「上院」「下院」の語源となっています。
トラコタルパンの歴史的建造物地区
Historic Monuments Zone of Tlacotalpan
トロンデック・クロンダイク
Tr’ondëk-Klondike
カナダ北西部のユーコン川流域には、先住民(ファースト・ネーションズ)のトロンデック・フェチン族(Tr’ondëk Hwëch’in)が数千年にわたり暮らしてきた故郷があります。ユーコン川は北米有数の大河で、その流域は亜寒帯の気候帯に位置します。夏は比較的暖かく冬は非常に寒冷で、豊かな自然環境が広がる土地でした。この地域では、サケやヘラジカ(ムース)、トナカイ(カリブー)などの動物が数多く生息し、トロンデック・フェチン族は狩猟や採集、交易を行い、資源を求めて1年を通じて小集団で移動する生活を営んでいました。季節ごとに資源が豊富な場所を選び、土地を枯渇させないようにするための先祖の知恵を受け継いで暮らしていました。なお、トロンデック・フェチン族の“Tr’o”はサケ漁用の仕掛けを川の河口に打ち込む石(ハンマーストーン)を意味し、“ndëk”は「川の河口」、“Hwëch’in” は「人々」を意味します。
ナハニ国立公園
Nahanni National Park
パキメの遺跡
Archaeological Zone of Paquimé, Casas Grandes
バッファロー狩りの断崖
Head-Smashed-In Buffalo Jump
パドレ・テンブレケ水利施設の水道橋
Aqueduct of Padre Tembleque Hydraulic System
パパハナウモクアケア
Papahānaumokuākea
パパハナウモクアケアは、ハワイ諸島の北西250~1931kmの広範囲に連なる小島と環礁からなる、広大かつ孤立した島嶼群に付けられた名称です。総面積は約362,075㎢におよび、世界最大級の海洋保護区の一つとされています。この地域は、比較的静止したホットスポットと安定したプレート運動の結果として形成された海山列を示す好例であり、ハワイ・エンペラー海山列の大部分を占めています。世界最長かつ最古の火山列の大半を構成するパパハナウモクアケアは、プレートテクトニクス理論およびホットスポットに関する理解を形成する上で、極めて重要な役割を果たしてきました。地質学的にはハワイ火山国立公園と密接に関連しており、ホットスポット火山活動の重要な証拠を共有しています。
パレンケの古代都市と国立公園
Pre-Hispanic City and National Park of Palenque
ハワイ火山国立公園
Hawaii Volcanoes National Park
ピマチオウィン・アキ
Pimachiowin Aki
カナダ中部のマニトバ州にあるマニトバ湖東岸からオンタリオ州にかけて広がる面積約2万9,000㎢の広大な土地がカナダ初の複合遺産として登録されました。ベレンズ川、ブラッドベイン川、ピジョン川、ポップラー川の源流にある「ピマチオウィン・アキ」とは、先住民アニシナアベ族の言葉で「命を与えてくれる土地」という意味です。ピマチオウィン・アキには「ブラッドベイン川」「リトル・グランド・ラピッズ」「パウインガッシ」「ポップラー川」という4つのアニシナアベ族の共同体の伝統的な土地が含まれています。川や湖、湿地によって分断された森林地帯で、アニシナアベ族は7,000年以上にわたり狩猟や漁労、採集などを行いながら自然と共存してきました。
プエブラの歴史地区
Historic Centre of Puebla
プエルト・リコの要塞とサン・フアン国立歴史地区
La Fortaleza and San Juan National Historic Site in Puerto Rico
フランク・ロイド・ライトの20世紀の建築
The 20th-Century Architecture of Frank Lloyd Wright
アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが20世紀前半に設計したアメリカ国内の8つの建築物が、世界遺産に登録されています。これら8つの建築物は、1906〜1909年に建造されたユニティーテンプルから、1956〜1959年に建造されたソロモン・R・グッゲンハイム美術館まで、ライトの70年にわたるキャリアの中の約50年間の代表作です。これらの建築物は、彼が提唱した「有機的建築」の概念を明確に示しています。「有機的建築」とは、「オープン・プラン(流動的な設計)」や「建築空間の内外の曖昧な境界」、「鉄やコンクリートなどの素材の斬新な組み合わせ」といった特徴を持つ建築スタイルです。彼が確立した、水平ラインを強調するプレイリースタイル(草原様式)は、その好例と言えます。
ホープウェルの儀礼的土塁群
Hopewell Ceremonial Earthworks
『ホープウェルの儀礼的土塁群』は、アメリカ合衆国北東部のオハイオ川中流域沿いにおいて、約2,000〜1,600年前に築かれた8つの巨大な土塁群です。これらは、現在「ホープウェル文化」と呼ばれる先住民の伝統を最もよく示す遺構として位置付けられています。多くの土塁群には、広大な空間を囲む土塁と、意図的に配置された記念碑的な門が備えられています。土塁は地形に応じて幾何学的に正確な円形、四角形、八角形などの形状で構築されており、地域全体で共通して用いられた標準寸法や幾何学的原理に基づいて建設されたと考えられています。内部には複数の墳丘(塚)が存在し、土塁群は主に土塁、門、墳丘によって構成されています。これらの構成要素は、太陽および月の動きを考慮して配置されたとされています。