World Heritage Sites

世界遺産一覧

("メソポタミア"関連)

アッシュル(カラット・シェルカット)

Ashur (Qal'at Sherqat)
アッシュル(カラット・シェルカット)
バグダッドの北約390km、メソポタミアのチグリス川中流域に位置するアッシュルは、かつて存在したアッシリア帝国最初の首都となった都市です。現在ではカラット・シェルカットと呼ばれています。都市の起源は紀元前3千年紀前半、シュメール人の初期王朝が存在していた時代に遡ります。アッカド帝国(紀元前2334~前2154年頃)の時代には重要な中心地であり、ウル第3王朝(紀元2112~前2004年頃)には統治下に置かれていました。紀元前14世紀から前9世紀にかけては、アッシリア帝国の都が置かれ、西アジアの交易都市として発展していきます。しかし、紀元前612年に新バビロニアとメディアにより破壊され、その後1~2世紀のパルティア時代に都市は再建されました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (iii)(iv)
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アルスランテペの遺丘

Arslantepe Mound
アルスランテペの遺丘
トルコ中央部、肥沃なマラティヤ平原に位置するアルスランテペは、紀元前6000年紀には人が住んでいたことがわかる高さ30mの考古学的遺丘です。「ライオンの丘」を意味し、これはヒッタイト時代の遺跡からライオン像が発見されたことに由来因ています。ウルやウルクなどのさまざまな都市国家がメソポタミア地方で出現しますが、それらの都市国家の影響を、アルスランテペは少なからず受けていたことも知ることができます。また、世界最古の文字は、メソポタミア地方でシュメール人が使用していたとされる楔形文字と言われていますが、それよりはるか前にこの地域で、官僚制度が登場したことも判明しています。文字のなかった時代(先史時代)で官僚制度が存在したというのは俄かに信じがたいかもしれませんが、食料の分配や物資の移動を管理するために用いられた何千もの印影が発見されたことから、官僚制度が存在していたことが明らかとなりました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (iii)
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イラク南部のアフワル:生物多様性の保護地域とメソポタミアの都市の残存景観

The Ahwar of Southern Iraq: Refuge of Biodiversity and the Relict Landscape of the Mesopotamian Cities
イラク南部のアフワル:生物多様性の保護地域とメソポタミアの都市の残存景観
紀元前5000年から前3000年ごろ、一帯の海水面は現在の海岸線よりも約200㎞内側にあり、湿地帯はさらに内陸に広がっていました。前4000~前3000年にかけて、ティグリス川とユーフラテス川が合流するデルタ地帯周辺に、ウルク、ウル、エリドゥといったシュメール都市が発展しました。前2000年以降、2本の川は分岐して海岸線は南東に後退を始め、気候の乾燥化が進んで湿地が干上がると、メソポタミア南部の諸都市は衰退しました。一方で、川の下流では新たな沼地が形成され、現在見られるアフワルの湿地はこの時期に形成されたものと考えられています。イラク南部の極度に高温で乾燥している環境下では、湿原は多くの生物の生息地であり、かつ生物多様性が見られる重要な場所となっており、水鳥たちの保護を目的としたラムサール条約にも登録されています。また、2つの川の沼沢デルタ地域には、ウルクやウルといった古代メソポタミア文明初期のシュメールの都市遺跡があり、紀元前4000年に遡る建造物や遺物が残る、考古学的に重要なエリアとなっています。イラク南部の4つの湿原と3つの考古遺跡を含むエリアが複合遺産として登録されています。 
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(v)(ix)(x)
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ギョベクリ・テペ

Göbekli Tepe
ギョベクリ・テペ
ギョベクリ・テペは、文明発祥の地とされるメソポタミア地域に位置し、アナトリア南東部シャンルウルファ県オレンジク村の近くにある遺跡です。ここでは、新石器時代の神殿と考えられている巨石建造物が発見されています。1994年、ドイツ考古学研究所によるの発掘調査の結果、人類がまだ狩猟採集の生活を営んでいた約1万1,500年前に、世界で最も古い信仰の痕跡が見られることが分かりました。それまでの研究では、農耕が始まることで人類が定住生活を送るようになり、貧富の差がうまれ、やがて宗教的権力者が現われ、神殿が建てられるという文明発達の過程が定説とされてきました。狩猟採集の時代、人々は食料を求めて移動生活を送っていたため、大規模な建造物は存在しないとされていたのです。しかし、ギョベクリ・テペの発見はこの定説を覆し、農耕が始まる以前から神殿を建設するほど発達した文明の存在を示しているのです。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ダマスカスの旧市街

Ancient City of Damascus
ダマスカスの旧市街
紀元前3000年頃、メソポタミアとアラビア半島、地中海をつなぐ結節点に築かれた都市。郊外にある遺跡の調査で、紀元前10000年から紀元前8000年頃には人が定住していたことが明らかになっていて、世界最古の都市の1つと言えます。ローマ帝国やビザンツ帝国、オスマン帝国などさまざまな国家に支配され、東洋と西洋が交わる要衝としていつの時代においても文化、商業の中心地として栄えました。イスラム世界初の王朝となったウマイヤ朝の首都でもあり、アラブ世界の都市の模範となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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バビロン

Babylon
バビロン
バグダードの南約85kmに位置する『バビロン』は古代世界で最も強い影響力を持った帝国が存在したことを示す遺跡です。「バビロン」の名は古代アッカド語で「神の門」という意味の言葉に由来します。この地が最初に歴史に登場するのは紀元前23世紀ごろの古代アッカド帝国時代に遡ります。紀元前19世紀ごろに「ハンムラビ法典」で知られる古バビロニア王国(バビロン第1王朝)が興り、ここを首都としました。その後ヒッタイトやアッシリアなどの支配を受けますが、紀元前7世紀に新バビロニア王国その都となりました。「ユダヤ人のバビロン捕囚」で有名なネブカドネザル2世の時代には、当時の世界でもっとも人口の多い繁栄した都市であったと伝わっています。その後のペルシャ帝国やアレクサンダー大王の時代にも繁栄は続きましたが、7世紀のイスラム勢力の侵攻による破壊以降衰退し、10世紀以降は打ち捨てられました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ユダヤ低地にあるマレシャとベト・グヴリンの洞窟群:洞窟の大地の小宇宙

Caves of Maresha and Bet-Guvrin in the Judean Lowlands as a Microcosm of the Land of the Caves
ユダヤ低地にあるマレシャとベト・グヴリンの洞窟群:洞窟の大地の小宇宙
ユダヤ低地の厚く均質な白亜質の地層には、古代の人々が多数の洞窟を掘り、管理してきた跡が見られます。古代都市マレシャとベト・グヴリンの地下にある個性的な複合施設の中には約3,500の地下室があり、それは紀元前8世紀にマレシャが建設されてから十字軍の時代まで、2,000年にわたる掘削と利用の歴史を示しています。これらの人工的な地下空間は、当初は採石場として掘られましたが、後に貯水槽、搾油場、浴場、礼拝所、そして動乱期の隠れ場所など、多種多様な目的に転用され利用されました。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (v)
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