about
約50年間だけ繫栄した港町
ペルシャ湾沿岸の城壁に囲まれた町アル・ズバラは、18世紀後半から19世紀初頭にかけての約50年間という短い期間に真珠採取と貿易の中心地として繁栄しました。クウェート出身のウトゥブ商人によって築かれ、真珠の輸出で大きな役割を果たし、最盛期にはインド洋、アラビア半島、西アジアとの広範な貿易関係が築かれました。アル・ズバラは現在のカタール沿岸部やペルシャ湾岸地域に栄えた要塞化された交易都市の一つであり、イスラム初期あるいはそれ以前から20世紀にかけて続いた沿岸都市の交易と真珠採取の伝統を示す優れた証拠とされています。また、オスマン帝国やヨーロッパ諸国、ペルシャなどの大国の支配を受けることなく繁栄した小さな独立国家群の発展を促し、最終的には現代の湾岸諸国の成立につながった都市基盤の好例と見なされています。
砂漠の砂の下に眠る街並み
アル・ズバラは1811年に大部分が破壊され、20世紀初頭には放棄されました。その後、残っていた石造やモルタル造りの建物は崩壊し、砂漠から吹き付ける砂によって徐々に覆われていきました。この遺産は、宮殿やモスク、通り、中庭のある家屋、漁師小屋、港、二重の防御壁、運河、墓地などの遺構から構成されています。近くには、砂漠の水資源がどのように管理・保護されていたかを示すカルアト・ムライル要塞の遺跡と、1938年に建設された別の要塞があります。比較的短い存続期間ののち放棄され、砂に覆われて以来ほとんど手つかずのままである点がペルシャ湾の他の交易都市とは異なる特徴です。2013年に世界遺産として登録され、現在はカタールで唯一の世界遺産です。
アクセス
カタールの首都ドーハにあるハマド国際空港へは、日本の成田空港や羽田空港から直行便が運航している。ドーハ中心部のアル=ガニム・バスステーション(Al Ghanim Bus Station)からは、アル・ズバラ要塞(Al Zubarah Fort)行きのバスが1日3往復運行している。要塞からアル・ズバラの都市遺跡までは約1.5㎞あり、徒歩での移動が必要。バスの本数が少ないため、帰りの時間には十分注意する必要がある。
執筆協力者PROFILE
國學院大学文学部史学科卒。東海大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。文学修士。NPO法人世界遺産アカデミー認定講師。世界遺産検定マイスター。歴史能力検定1級。世界史、世界遺産、ビッグヒストリーに関するさまざまな書籍の執筆・翻訳・監修を手掛けてきた。
アクセス
カタールの首都ドーハにあるハマド国際空港へは、日本の成田空港や羽田空港から直行便が運航している。ドーハ中心部のアル=ガニム・バスステーション(Al Ghanim Bus Station)からは、アル・ズバラ要塞(Al Zubarah Fort)行きのバスが1日3往復運行している。要塞からアル・ズバラの都市遺跡までは約1.5㎞あり、徒歩での移動が必要。バスの本数が少ないため、帰りの時間には十分注意する必要がある。
執筆協力者PROFILE
國學院大学文学部史学科卒。東海大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。文学修士。NPO法人世界遺産アカデミー認定講師。世界遺産検定マイスター。歴史能力検定1級。世界史、世界遺産、ビッグヒストリーに関するさまざまな書籍の執筆・翻訳・監修を手掛けてきた。
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