about
地中海とヨーロッパ内陸部を結ぶ交易の拠点
イタリア北東部のアドリア海北端、ナティッサ川沿いにあるローマ帝国の都市遺跡です。紀元前181年に共和政ローマによって軍事目的で築かれた植民都市で、452年にアッティラ王率いるフン族により略奪・破壊されるまで、数百年間にわたり、地中海とヨーロッパ内陸部を結ぶ交易の拠点として栄えました。当時の繁栄は残された公共施設跡や個人邸宅跡からうかがい知ることができます。この都市遺跡はまだ大部分が未発掘のままです。
初期キリスト教の歴史を伝える総主教座聖堂
この地には当時、初期キリスト教の主教座が置かれ、4世紀起源の総主教聖堂が残されています。これは11世紀にロマネスク様式で再建されましたが、4世紀初頭のモザイクの床が現存しており、これはキリスト教圏でも最も豪華なものといわれています。また、ホールに残るモザイク画には、救世主キリストのギリシャ語表記の最初の2文字「X」と「P」を組み合わせた「ラバルム」の印が確認でき、キリスト教信仰の歴史を伝えています。
アクセス
ヴェネツィアから東へ、トリエステに向かう途中にある。ヴェネツィアから東へ88km、トリエステから西へ35km。高速バスや列車が出ている。
執筆協力者PROFILE
早稲田大学卒業。損害保険会社勤務の傍ら世界遺産を勉強し、退職後いくつかの大学にて関連講座を担当。現在は大学講師と趣味の音楽(クラシック歌手)の二刀流。
アクセス
ヴェネツィアから東へ、トリエステに向かう途中にある。ヴェネツィアから東へ88km、トリエステから西へ35km。高速バスや列車が出ている。
執筆協力者PROFILE
早稲田大学卒業。損害保険会社勤務の傍ら世界遺産を勉強し、退職後いくつかの大学にて関連講座を担当。現在は大学講師と趣味の音楽(クラシック歌手)の二刀流。
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