about
アフリカ大陸進出の要「第2のローマ」
アスマラは、標高2,000mを超える高地に位置するエリトリアの首都です。1890年代以降、宗主国・イタリアの植民地支配の軍事拠点となり、アフリカ大陸に進出するための要、「第2のローマ」として発展しました。1935年以降には、当時のイタリアに起こっていた近代建築運動(モダニズム建築運動)「イタリア合理主義」の様式を応用した大規模な建設計画が実施され、都市が整備されました。
初期モダニズムの面影がにじむ街並み
アスマラでは、1935年以降の建設計画の下で次々と建てられた政府庁舎、住宅・商業ビル、映画館、ホテル、教会、モスク、シナゴーグなどが、往事の面影を伝えています。世界遺産には、1893年から1941年にかけて、さまざまな段階の計画を経ながら形成されていった都市地域と、近隣の先住民による昔ながらの地域が含まれます。20世紀初頭の初期モダニズム都市計画と、それがアフリカにおいて適用されたことを示す、類まれな例とされています。
アクセス
日本からアスマラまでは、ヨーロッパ、中東経由便で空路約17時間。市内の主な観光スポットは中心部に集まっており、徒歩で移動可能。
執筆協力者PROFILE
文化遺産や美術工芸を自身のテーマに関西や北陸、四国で長年取材・執筆。アンコールやマヤなど海外の遺跡取材や、「世界遺産ポンペイの壁画展」などの展覧会運営にも携わった。国内唯一の点字新聞でデスクを担った経験から、世界遺産のアクセシビリティーにも関心を持つ。
アクセス
日本からアスマラまでは、ヨーロッパ、中東経由便で空路約17時間。市内の主な観光スポットは中心部に集まっており、徒歩で移動可能。
執筆協力者PROFILE
文化遺産や美術工芸を自身のテーマに関西や北陸、四国で長年取材・執筆。アンコールやマヤなど海外の遺跡取材や、「世界遺産ポンペイの壁画展」などの展覧会運営にも携わった。国内唯一の点字新聞でデスクを担った経験から、世界遺産のアクセシビリティーにも関心を持つ。
Similar Heritage
特徴が似た遺産を探す