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律令国家である日本国の起源
710年に、現在の奈良市の辺りに平城京が築かれる前、それよりも南の飛鳥の地には飛鳥京や藤原京が築かれ、律令国家である現在の日本国の起源となるような時代がありました。この約120年間は飛鳥時代と呼ばれます。『飛鳥・藤原の宮都』は、「宮殿・官衙(かんが)跡」と「仏教寺院跡」、「墳墓」の3分野で、6世紀末から8世紀初頭にかけて大陸や朝鮮半島と交流しながら日本で初めての中央集権体制に基づく宮都が誕生したことを示しています。
文化交流と飛鳥時代の証明が価値
19の構成資産は、中央集権国家の形成過程を示す「宮殿・官衙跡」として飛鳥宮跡や藤原宮跡など5件、国家宗教としての仏教寺院の成立を示す「仏教寺院跡」として飛鳥寺跡や大官大寺跡など7件、律令による墓制の変化を示す「墳墓」として石舞台古墳や高松塚古墳など7件で構成されています。古代の宮都を作り上げる過程で大陸や朝鮮半島の国々と建築や土木の分野での交流があったこと、また古代の宮都がどのように形成されていったのかを飛鳥と藤原の2つの宮都で証明していることが評価され、登録基準(ii)と(iii)が認められました。
そして律令制に基づく都が築かれた
飛鳥宮や藤原宮が築かれる以前は、天皇が替わるごとに「都」が遷されていました。ここでいう都とは、藤原京以降の宮都のような中央集権的なものではなく、大和地方を中心とした各地で暮らす有力な豪族が必要に応じて天皇の住む皇居(宮)を訪れて政務を行うという小さくゆるやかなものでした。それが飛鳥宮で宮殿が一カ所に定着していきます。そして、天武天皇は天皇を中心とした体制を強固なものにするために、中国大陸などで確立していた律令制に基づく大規模な宮都の建設を計画しました。そうして造られたのが 天武天皇の皇后であった持統天皇が築いた藤原京です。 藤原京では天皇が暮らす皇宮(藤原宮)を中心に官衙(役所)が築かれ、宮都内に貴族や役人、その家族、農民などが集まって暮らす都市となりました。
国家宗教としての仏教寺院と墓制
仏教が伝わる以前は、『百舌鳥・古市古墳群』で見られるような巨大古墳が、天皇(大王)や豪族などを埋葬する墳墓でした。しかし、仏教が伝わると巨大古墳は作られなくなります。多くの天皇(大王)が飛鳥京と呼ばれる一帯で暮らしたと考えられる時代には、有力豪族や氏族が自分たちの氏寺として各地に仏教寺院を建設しました。それが、中央集権的な藤原京が築かれてからは、宮都に「大官大寺」や「本薬師寺」などの国家寺院が計画的に配置されました。また藤原京の時代には「牽牛子塚古墳」のような日本独自の八角墳が天皇陵として築かれました。
構成資産一覧
| 資産名 | よみかた | ||
| 宮殿・官衙跡 | 1 | 飛鳥宮跡 | あすかきゅうせき |
| 2 | 飛鳥京跡苑池 | あすかきょうあとえんち | |
| 3 | 飛鳥水落遺跡 | あすかみずおちいせき | |
| 4 | 酒船石遺跡 | さかふねいしいせき | |
| 5 | 藤原宮跡 | ふじわらきゅうせき | |
| 仏教寺院跡 | 6 | 飛鳥寺跡 | あすかでらあと |
| 7 | 橘寺跡 | たちばなでらあと | |
| 8 | 山田寺跡 | やまだでらあと | |
| 9 | 川原寺跡 | かわらでらあと | |
| 10 | 檜隈寺跡 | ひのくまでらあと | |
| 11 | 大官大寺跡 | だいかんだいじあと | |
| 12 | 本薬師寺跡 | もとやくしじあと | |
| 墳墓 | 13 | 石舞台古墳 | いしぶたいこふん |
| 14 | 菖蒲池古墳 | しょうぶいけこふん | |
| 15 | 牽牛子塚古墳 | けんごしづかこふん | |
| 16 | 天武・持統天皇陵古墳 | てんむ・じとうてんのうりょうこふん | |
| 17 | 中尾山古墳 | なかおやまこふん | |
| 18 | キトラ古墳 | きとらこふん | |
| 19 | 高松塚古墳 | たかまつづかこふん | |
アクセス
大阪市内から近鉄飛鳥駅まで特急で約40分。
執筆協力者PROFILE
北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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Trivia
構成資産の「キトラ古墳」と「高松塚古墳」は、同じ時期の7世紀後半から8世紀初頭に築かれたと考えられており、どちらも内部に「朱雀、青龍、玄武、白虎」の四神像だけでなく、太陽や月、星空などの色鮮やかな壁画が描かれています。しかし、高松塚古墳の白虎が一般的な南向きなのに対し、キトラ古墳の白虎は北向きに描かれており非常に珍しいものです。またキトラ古墳では星空の様子を精密に「天体図」として描いているのに対し、高松塚古墳では星空をデザイン化した「星宿図」で描いていたり、キトラ古墳では東西南北に獣頭人身十二支像が描かれているのに対し、高松塚古墳では男女群像が描かれているなど、様々な違いがあります。
Properties
飛鳥宮跡
Asuka Palace Site
藤原宮跡
Fujiwara Palace Site
石舞台古墳
Ishibutai Mounded Tomb
キトラ古墳
Kitora Mounded Tomb
高松塚古墳
Takamatsuzuka Mounded Tomb
酒船石遺跡
Sakafuneishi Ritual Site
川原寺跡
Kawara-dera Temple Site
アクセス
大阪市内から近鉄飛鳥駅まで特急で約40分。
執筆協力者PROFILE
北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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