飛鳥・藤原の宮都
蘇我馬子の墓とされる石舞台古墳。墳丘が失われ石室のみが残る

遺産DATA

地域 : 東・東南アジア 保有国 : 日本国 所在地 : 奈良県明日香村、橿原市、桜井市 分類 : 文化遺産 登録年 : 2026年 登録基準 : (ii) (iii) 遺産の面積 : 1.3799㎢ バッファ・ゾーン : 11.2793㎢ 座標 : N34 28 19 E135 49 13(飛鳥宮跡)

about

律令国家である日本国の起源

710年に、現在の奈良市の辺りに平城京が築かれる前、それよりも南の飛鳥の地には飛鳥京や藤原京が築かれ、律令国家である現在の日本国の起源となるような時代がありました。この約120年間は飛鳥時代と呼ばれます。『飛鳥・藤原の宮都』は、「宮殿・官衙(かんが)跡」と「仏教寺院跡」、「墳墓」の3分野で、6世紀末から8世紀初頭にかけて大陸や朝鮮半島と交流しながら日本で初めての中央集権体制に基づく宮都が誕生したことを示しています。

文化交流と飛鳥時代の証明が価値

19の構成資産は、中央集権国家の形成過程を示す「宮殿・官衙跡」として飛鳥宮跡や藤原宮跡など5件、国家宗教としての仏教寺院の成立を示す「仏教寺院跡」として飛鳥寺跡や大官大寺跡など7件、律令による墓制の変化を示す「墳墓」として石舞台古墳や高松塚古墳など7件で構成されています。古代の宮都を作り上げる過程で大陸や朝鮮半島の国々と建築や土木の分野での交流があったこと、また古代の宮都がどのように形成されていったのかを飛鳥と藤原の2つの宮都で証明していることが評価され、登録基準(ii)と(iii)が認められました。

そして律令制に基づく都が築かれた

飛鳥宮や藤原宮が築かれる以前は、天皇が替わるごとに「都」が遷されていました。ここでいう都とは、藤原京以降の宮都のような中央集権的なものではなく、大和地方を中心とした各地で暮らす有力な豪族が必要に応じて天皇の住む皇居(宮)を訪れて政務を行うという小さくゆるやかなものでした。それが飛鳥宮で宮殿が一カ所に定着していきます。そして、天武天皇は天皇を中心とした体制を強固なものにするために、中国大陸などで確立していた律令制に基づく大規模な宮都の建設を計画しました。そうして造られたのが 天武天皇の皇后であった持統天皇が築いた藤原京です。 藤原京では天皇が暮らす皇宮(藤原宮)を中心に官衙(役所)が築かれ、宮都内に貴族や役人、その家族、農民などが集まって暮らす都市となりました。

国家宗教としての仏教寺院と墓制

仏教が伝わる以前は、『百舌鳥・古市古墳群』で見られるような巨大古墳が、天皇(大王)や豪族などを埋葬する墳墓でした。しかし、仏教が伝わると巨大古墳は作られなくなります。多くの天皇(大王)が飛鳥京と呼ばれる一帯で暮らしたと考えられる時代には、有力豪族や氏族が自分たちの氏寺として各地に仏教寺院を建設しました。それが、中央集権的な藤原京が築かれてからは、宮都に「大官大寺」や「本薬師寺」などの国家寺院が計画的に配置されました。また藤原京の時代には「牽牛子塚古墳」のような日本独自の八角墳が天皇陵として築かれました。

構成資産一覧

  資産名 よみかた
宮殿・官衙跡 1 飛鳥宮跡 あすかきゅうせき
2 飛鳥京跡苑池 あすかきょうあとえんち
3 飛鳥水落遺跡 あすかみずおちいせき
4 酒船石遺跡 さかふねいしいせき
5 藤原宮跡 ふじわらきゅうせき
仏教寺院跡 6 飛鳥寺跡 あすかでらあと
7 橘寺跡 たちばなでらあと
8 山田寺跡 やまだでらあと
9 川原寺跡 かわらでらあと
10 檜隈寺跡 ひのくまでらあと
11 大官大寺跡 だいかんだいじあと
12 本薬師寺跡 もとやくしじあと
墳墓 13 石舞台古墳 いしぶたいこふん
14 菖蒲池古墳 しょうぶいけこふん
15 牽牛子塚古墳 けんごしづかこふん
16 天武・持統天皇陵古墳 てんむ・じとうてんのうりょうこふん
17 中尾山古墳 なかおやまこふん
18 キトラ古墳 きとらこふん
19 高松塚古墳 たかまつづかこふん

アクセス

大阪市内から近鉄飛鳥駅まで特急で約40分。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員

北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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Trivia

似て非なる2つの古墳

構成資産の「キトラ古墳」と「高松塚古墳」は、同じ時期の7世紀後半から8世紀初頭に築かれたと考えられており、どちらも内部に「朱雀、青龍、玄武、白虎」の四神像だけでなく、太陽や月、星空などの色鮮やかな壁画が描かれています。しかし、高松塚古墳の白虎が一般的な南向きなのに対し、キトラ古墳の白虎は北向きに描かれており非常に珍しいものです。またキトラ古墳では星空の様子を精密に「天体図」として描いているのに対し、高松塚古墳では星空をデザイン化した「星宿図」で描いていたり、キトラ古墳では東西南北に獣頭人身十二支像が描かれているのに対し、高松塚古墳では男女群像が描かれているなど、様々な違いがあります。

似て非なる2つの古墳

Properties

飛鳥宮跡

飛鳥宮跡

Asuka Palace Site

630年に推古天皇の後を継いだ舒明天皇が築いた岡本宮を起源とし、4時期にわたって都となった。飛鳥岡本宮と飛鳥板蓋宮、後飛鳥岡本宮、飛鳥浄御原宮がこの地にあったとされるが、中央集権的な造りではなかったと考えられている。645年の「乙巳の変」で中大兄皇子らが蘇我入鹿を討った場所としても知られる。
藤原宮跡

藤原宮跡

Fujiwara Palace Site

大陸や朝鮮半島との交流を行いながら、律令制度に基づく天皇を中心とした中央集権国家が誕生したことを示している。694年に持統天皇が遷宮した藤原宮には、天皇の住居や儀式の空間のほか官衙なども集められた。その周辺には藤原京が築かれ官人(役人)などが暮らしたほか、大官大寺と本薬師寺の2つの官寺も築かれた。後の平城京や平安京の都市計画に大きな影響を与え、平城京に遷都された際には主要な建物も解体して遷された。
石舞台古墳

石舞台古墳

Ishibutai Mounded Tomb

かつては墳丘で覆われていた方墳で、現在は墳丘が失われて石室の天井石が露出している。『日本書紀』では桃原墓と呼ばれ、蘇我馬子の墓であると考えられている。
キトラ古墳

キトラ古墳

Kitora Mounded Tomb

7世紀後半から8世紀初頭に築造された、藤原宮の南の墓域に位置する古墳。内部の壁画には、現存する東アジア最古の天文図が描かれており、それは中国で観測されたものであることが判明している。
高松塚古墳

高松塚古墳

Takamatsuzuka Mounded Tomb

7世紀後半から8世紀初頭に築造された、藤原宮の南の墓域に位置する古墳。国宝に指定された内部の壁画には高句麗や唐の影響が見られ、中国の伝統的な思想に基づいた四神像や星宿図、男女群像が描かれている。
酒船石遺跡

酒船石遺跡

Sakafuneishi Ritual Site

飛鳥宮跡の北東に位置する、7世紀中頃に造営された祭祀遺跡。近くに湧き水を地上へ導く湧水施設があり、酒船石は天皇による国家祭祀遺跡であると考えられている。
川原寺跡

川原寺跡

Kawara-dera Temple Site

7世紀中頃に築かれた仏教寺院で、構成資産の大官大寺、薬師寺、飛鳥寺と共に四大寺に数えられている。天智天皇が、亡き母である斉明天皇のために築いたとされ、仏堂を中心とした伽藍配置をもつ。

遺産DATA

保有国 : 日本国
所在地 : 奈良県明日香村、橿原市、桜井市
分類 : 文化遺産
登録年 : 2026年
登録基準 : (ii) (iii)
遺産の面積 : 1.3799㎢
バッファ・ゾーン : 11.2793㎢
座標 :N34 28 19 E135 49 13(飛鳥宮跡)

アクセス

大阪市内から近鉄飛鳥駅まで特急で約40分。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員

北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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