ブルサとジュマルクズク:オスマン帝国発祥の地
ジュマルクズク村。オスマン帝国初期の頃の面影が残る

遺産DATA

地域 : 西・南アジア 保有国 : トルコ共和国 分類 : 文化遺産 登録年 : 2014年 登録基準 : (i) (ii) (iv) (vi) 遺産の面積 : 0.27467㎢ バッファ・ゾーン : 2.49266㎢ 座標 : N40 11 5.03 E29 3 44.41(Khans Area (Orhan Ghazi Külliye and its surroundings))

about

トルコ第4の都市ブルサ

オスマン帝国は1299年に誕生し、1922年に滅亡する非常に寿命の長い帝国ですが、その初期の都となったのがこのブルサです。オスマン帝国はブルサ、エディルネイスタンブルと都を変えてきました。世界遺産には、トルコ北西部の南マルマラ地方に位置するブルサの8つの遺跡群、その近郊の村であるジュマルクズクからなる遺跡群が登録されています。ブルサはシルク・ロードの西の基点として繁栄し、オスマン帝国はビザンツ帝国からブルサを奪い、1326~1365年まで首都としました。現在でも300万人以上の人口を有し、トルコ第4の都市として栄えています。ブルサには、オスマン帝国による都市部と農村部からなる都市設計が見られ、それが現在でも残っているため非常に高く評価されています。

オスマン帝国の始祖が眠る町

ブルサの中心部にはモスクやマドラサ(学校)、ハマム(公共浴場)などのイスラム都市にみられる施設はもちろん、オスマン帝国の始祖であるオスマン・ベイとその息子であるオルハン・ベイの霊廟も残ります。これらの宗教施設はまとめてキュリエと呼ばれています。数あるモスクの中でも、ブルサで最も重要なモスクは1399年に建造されたウル・ジャーミーでしょう。またブルサ近郊のジュマルクズクは、オスマン帝国初期に作られた村であり、2階建てのカラフルな家屋はオスマン帝国独特の伝統家屋を彷彿させます。これらの農村部が都市部を支えたのも事実であり、その面影を色濃く残します。

アクセス

ブルサはイスタンブルから車で約3時間半。ジュマルクズクはブルサから車で約20分。

執筆協力者PROFILE

京都橘大学・大阪成蹊大学講師/NPO世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。

遺産DATA

保有国 : トルコ共和国
分類 : 文化遺産
登録年 : 2014年
登録基準 : (i) (ii) (iv) (vi)
遺産の面積 : 0.27467㎢
バッファ・ゾーン : 2.49266㎢
座標 :N40 11 5.03 E29 3 44.41(Khans Area (Orhan Ghazi Külliye and its surroundings))

アクセス

ブルサはイスタンブルから車で約3時間半。ジュマルクズクはブルサから車で約20分。

執筆協力者PROFILE

京都橘大学・大阪成蹊大学講師/NPO世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。