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カンボジア内戦中に大量虐殺を行ったポル・ポト政権
カンボジアではベトナム戦争中の1970年にロン・ノル将軍らの親米右派によるクーデターが起こり、シハヌーク元首が追放されたことからカンボジア内戦(1970~91年)が始まりました。1975年にロン・ノル政権が崩壊すると、翌1976年に赤色クメールを指導したポル・ポトによる政権が誕生しました。この政権は政治的反対勢力を抑圧し、集団農業によって階級のない農業社会を強制するために全国規模の治安システムを構築しました。カンボジア全土のあらゆる地域に約200の「治安センター」と「無数の処刑場」が建設され、都市から農村への強制移住、通貨の廃止、反対者の大量虐殺などが行われました。犠牲者は1000万人以上とされています。1978年には隣国ベトナムが 侵攻し、翌年にベトナムの支援を受けたヘン・サムリン政権が成立しましたが、ポル・ポト派によるゲリラ活動などの内戦は1991年まで続きました。「カンボジアの記憶の場:抑圧の中心から平和と反省の場へ」はポル・ポト政権によって大量虐殺が行われた3つの資産で構成されています。
2つの刑務所と1つの処刑場
3つの資産は、旧M-13刑務所、トゥール・スレン虐殺博物館(旧S-21刑務所)、そしてチューン・エク虐殺センター(旧S-21処刑場)です。これらの場所はポル・ポト政権崩壊後も保存されてきました。旧M-13刑務所跡地はコンポンチュナン州にあり、囚人の拘禁と尋問のための4つの坑道、織物や金属工芸品、さらに元々していた池や小川、竹林の残骸などが含まれます。プノンペンの中心部にある旧S-21刑務所跡地(現在のトゥール・スレン虐殺博物館)には、留置室、尋問室、管理施設、職員宿舎、そして墓地があります。犠牲者の名前が刻まれた記念碑や銘板が数多く設置され、定期的に追悼式典が開催され、現地解説や展示会も行われています。旧S-21処刑場跡地(現在のチューン・エク虐殺センター)もプノンペン市内にあり、64基の集団埋葬地(以前は129基と推定されています)、1980年代初頭に掘り起こされた6000体以上の犠牲者の遺骨、処刑道具などが残されています。その後、高い記念仏塔が建立され、遺物の展示や現地解説を含む小さな博物館も設けられました。
アクセス
トゥール・スレン虐殺博物館とチューン・エク虐殺センターはいずれも首都プノンペン市内にある。日本からプノンペンへの直行便はないため,タイのバンコクやベトナムのハノイなどを経由して向かうことになる。
執筆協力者PROFILE
國學院大学文学部史学科卒。東海大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。文学修士。NPO法人世界遺産アカデミー認定講師。世界遺産検定マイスター。歴史能力検定1級。世界史、世界遺産、ビッグヒストリーに関するさまざまな書籍の執筆・翻訳・監修を手掛けてきた。
アクセス
トゥール・スレン虐殺博物館とチューン・エク虐殺センターはいずれも首都プノンペン市内にある。日本からプノンペンへの直行便はないため,タイのバンコクやベトナムのハノイなどを経由して向かうことになる。
執筆協力者PROFILE
國學院大学文学部史学科卒。東海大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。文学修士。NPO法人世界遺産アカデミー認定講師。世界遺産検定マイスター。歴史能力検定1級。世界史、世界遺産、ビッグヒストリーに関するさまざまな書籍の執筆・翻訳・監修を手掛けてきた。
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