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ユカタン半島北部のマヤ文明の遺跡
チチェン・イツァはユカタン半島北部のマヤ文明の中心地の一つで、マヤ文明とトルテカ文明が融合した遺跡です。チチェン・イツァは最初にマヤ系の民族によって都市が形成されましたが、後に一度都市は放棄されました。その後10世紀にトルテカ文明(テオティワカン文明崩壊後にメキシコ全域に広がった文明)の影響を受けたイツァ人によって都市が再興されました。そのためチチェン・イツァでは10世紀以前の遺構が多く残る地域を「旧チチェン」、10世紀以後を「新チチェン」と呼び両者は建築様式等でもそれぞれ異なる特徴がみられます。
チチェン・イツァの衰退
チチェン・イツァは13世紀以降大きな建設が行われずに、15世紀半ば頃には急激に衰退していきました。チチェン・イツァは10世紀にユカタン半島の都市であるウシュマル、マヤパンとの間で同盟を結成しました。結成初期はチチェン・イツァは強い影響力を持っていました。しかし時が経ち同盟が解体されると戦いが起こり、チチェン・イツァは最も大きな被害を受け、敗北しました。イツァ人は逃亡したために、チチェン・イツァでは巡礼地以外の機能は失われました。
チチェン・イツァのピラミッド「エル・カスティーリョ」
エル・カスティーリョは新チチェンにある9層の階段状のピラミッドです。階段は365段で一年が表現されていると考えられ、ピラミッドの最上部にはククルカン(ケツァルコアトル)神殿が建てられています。春分と秋分の日には階段の欄干に三角形をつなぎ合わせたようなジグザグの影ができ、蛇に羽毛が生えたとされるククルカンを表現しているように見え、「ククルカンの降臨」と呼ばれています。また調査によりエル・カスティーリョの下にセノーテがあることもわかっています。
アクセス
メリダ、またはカンクンからバスやツアーを利用するのが一般的。2024年に全線開業したマヤ鉄道を利用する方法もある。
執筆協力者PROFILE
筑波大学人文・文化学群人文学類在学。2021年度「世界遺産✕SDGsチャレンジ!」小論文部門、2022年度「世界遺産✕SDGs教員養成プログラム」で最優秀賞。現在は中央アジアを中心とする無形文化遺産の保護や活用について関心がある。
Details
聖なるセノーテ
The Sacred Cenote/ El Cenote Sagrado
カラコル
El caracol
ツォンパントリ
Tzompantli
大球戯場
Great Ball Court / Gran juego de pelota
戦士の神殿
The Temple of the Warriors / El templo de los guerreros
アクセス
メリダ、またはカンクンからバスやツアーを利用するのが一般的。2024年に全線開業したマヤ鉄道を利用する方法もある。
執筆協力者PROFILE
筑波大学人文・文化学群人文学類在学。2021年度「世界遺産✕SDGsチャレンジ!」小論文部門、2022年度「世界遺産✕SDGs教員養成プログラム」で最優秀賞。現在は中央アジアを中心とする無形文化遺産の保護や活用について関心がある。
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