about
19世紀ヨーロッパの都市貧困を救済した社会実験
『慈善のための居住地群』は、啓蒙主義思想に基づいて行われた、19世紀の社会改革の実験にまつわる遺産です。ナポレオン戦争後に成立したネーデルラント連合王国(現在のオランダとベルギー)は、経済的に疲弊し、都市部の貧困問題に頭を悩ませていました。この状況に対応するため、人里離れた荒れ地に農業を基盤とした居住地を設立するという取り組みが進められました。貧しい人々が農業を通じて生計を立てると同時に、人々が勤勉で自立した市民となり、国の富を増やす存在になることが期待されていました。最盛期の19世紀半ばには、オランダ国内の居住地だけで1万1,000人以上、ベルギーでは1910年に約6,000人が居住地で生活をしていました。
自由と強制の2つの側面をもつパノプティコン型集落
この居住地群は、オランダのフレデリクスオールトとウィルヘルミーナオールト、フェーンハイゼン、ベルギーのウォルテルという3つのエリアにある、4つの居住地から構成されています。フレデリクスオールトとヴィルヘルミナオールトでは、家族向けの小規模な農場が並ぶ「自由」居住地が形成されました。一方、フェーンハイゼンでは、孤児や物乞い、路上生活者などを収容するための、大規模な寄宿施設と集中的に管理された農場が整備され、警備員の監督下で労働が行われる「非自由」居住地として機能しました。ベルギーのウォルテルはその中間的な存在で、当初は家族向けの自由居住地として建設されたものの、後に非自由居住地へと性格を変えていきました。これらの居住地はいずれも、監督と秩序を重視する「パノプティコン型」集落の考え方が採用されており、居住者の行動や労働を管理しやすい空間構成となっています。
アクセス
フレデリクスオールトへはアムステルダム→ズウォレ→ステーンヴィクと列車を乗り換え(約2時間)、最寄り駅からバスで約20分。
執筆協力者PROFILE
福島県出身。世界遺産や絶景、離島などを求め、国内に留まらず70カ国以上を旅するほどの旅好き。普段は上場企業の会社員として働きながらトラベルライターや小笠原諸島のアンバサダーなど、世界遺産や旅を軸に多岐にわたり活動を行っている。
アクセス
フレデリクスオールトへはアムステルダム→ズウォレ→ステーンヴィクと列車を乗り換え(約2時間)、最寄り駅からバスで約20分。
執筆協力者PROFILE
福島県出身。世界遺産や絶景、離島などを求め、国内に留まらず70カ国以上を旅するほどの旅好き。普段は上場企業の会社員として働きながらトラベルライターや小笠原諸島のアンバサダーなど、世界遺産や旅を軸に多岐にわたり活動を行っている。
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