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危機からの復活を遂げたドゥブロヴニク
クロアチア南部のアドリア海に面するドゥブロヴニクは、7世紀初頭から地中海交易の拠点として繁栄した自治都市です。かつてイギリスの劇作家バーナード・ショーが「ドゥブロヴニクを見ずして天国を語るなかれ」と称していたように、まるで天国のような景観のドゥブロヴニクは、1979年と、かなり早い段階で世界遺産に登録されました。ところが、ユーゴスラヴィア内戦が1991年に勃発すると、同年10月に最初の砲弾が落とされて、なんと建物の7割が損壊しました。市民たちは「世界遺産の街は攻撃しないだろう」という期待をしていたようですから、これは非常に衝撃的な出来事です。その結果、ドゥブロヴニクは危機遺産に登録されたのですが、内戦が終了すると、復旧工事が進み、1998年に危機遺産リストから削除され、復活を遂げました。
交易で繁栄した要塞都市
ドゥブロヴニクは、東地中海へ至る海路上に位置するため、早くから海上交易の中心として栄えました。7世紀初頭には街の基礎が築かれていたようです。13世紀には行政制度も整い、腐敗した政治を防ぐために首長が交代制になっているなど、優れた政治体制を作り上げていました。特筆すべきなのが、海上交易の中心地であるが故に、外国船が頻繁に往来するのですが、それらから発生する伝染病を防ぐために公衆衛生が重視されていたところです。検疫所の設置や上下水道の整備により、疫病の蔓延を防いだとされています。また、交易で栄える一方で他民族の侵攻も多く発生したため、数々の要塞が残っています。国を要塞で固めつつも、交易を行い開放的だった様子は、ドゥブロヴニクがいかに「自由」を求めた都市であったかということがわかります。残念ながら、1808年のフランス軍の征服により、共和政の歴史は終わりますが、現在でもクロアチアの代表的な世界遺産として名を世界に轟かせています。
アクセス
ザグレブ国際空港からドゥブロヴニク国際空港まで飛行機で約50分。そこから車で約20分。
執筆協力者PROFILE
世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。
Details
フランシスコ教会/修道院
The Franciscan friary and church
ピレ門
Pile Gate
聖ヴラホ教会
St Blaise's Church
レヴェリン要塞
Revelin Fortress
アクセス
ザグレブ国際空港からドゥブロヴニク国際空港まで飛行機で約50分。そこから車で約20分。
執筆協力者PROFILE
世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。
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