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ヨーロッパでアラブ式農法が残る唯一の例
スペイン地中海沿岸、バレンシア地方南部の街エルチェには、かつてイベリア半島を支配したイスラム教徒によってつくられた椰子園があります。67の果樹園によって構成されており、中東・北アフリカ原産のナツメヤシが約4万5,000本も植えられています。中には、高さ30m以上に成長し300年以上も生き続けている個体もあります。用水路に沿ってヤシの木が1~2列で並んでおり、イスラムの高度な灌漑技術も垣間見えます。ここで育った白色のヤシの葉は、イベリア半島各地で装飾や棕櫚の主日(聖枝祭、エルサレム入城の日)の用途として広く利用されています。
高度な灌漑技術が築いた椰子園
紀元前5世紀頃、フェニキア人がこの地にナツメヤシを持ち込んだことが椰子園設立のルーツとされています。8世紀以降、イベリア半島の大部分がイスラム勢力によって支配されると、イスラム教徒の都市エルチェが建設され、本格的に椰子園が整備されました。彼らは近くを流れるビナロポ川の塩分を含む水を、灌漑用水路によって農業に利用し、大規模な水路のネットワークや配水ダム等の水利施設を築くことで、不足していた水資源の効率的な管理に成功しました。1265年、レコンキスタ(国土回復運動)によってエルチェはキリスト教徒に奪還され、土地は再分配されましたが、ナツメヤシはそのまま継続して収穫され続けています。
「椰子園の存続」をかけた法律制定
17世紀後半、街の都市化に伴いナツメヤシは伐採されてしまいます。さらに19世紀に入ると鉄道が開通し都市の工業化が進んでいきます。1920年代、椰子園の存続の危機が人々に認識されると、1930年代には残された椰子園を守るための立法処置が取られました。1986年にはバレンシア州議会で「エルチェの椰子園の保護に関する法律」が可決され、現在も世界遺産の登録範囲では約4万5,000本のヤシが保全されています。エルチェの椰子園はヨーロッパ大陸におけるアラブ式農法が残る唯一の例証とされています。
アクセス
バレンシアからアリカンテ駅を経由して最寄りのエルチェパルク駅まで列車で約3時間。エルチェパルク駅からエルチェの椰子園まで徒歩で約15分。
執筆協力者PROFILE
広島県出身。平和継承の入口として世界遺産検定を受験。現在は認定講師として大学、専門学校等で講座実施。2021年にポッドキャスト「行きたくなる世界遺産!」(地域情報/トラベル部門最高2位獲得)を開設しパーソナリティを務めつつ世界遺産関連施設で番組イベントを開催。
アクセス
バレンシアからアリカンテ駅を経由して最寄りのエルチェパルク駅まで列車で約3時間。エルチェパルク駅からエルチェの椰子園まで徒歩で約15分。
執筆協力者PROFILE
広島県出身。平和継承の入口として世界遺産検定を受験。現在は認定講師として大学、専門学校等で講座実施。2021年にポッドキャスト「行きたくなる世界遺産!」(地域情報/トラベル部門最高2位獲得)を開設しパーソナリティを務めつつ世界遺産関連施設で番組イベントを開催。
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