第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場
ベルギーのタイン・コット墓地。多数はイギリス軍兵の墓だが、一部はドイツ軍兵のものもある

遺産DATA

地域 : ヨーロッパ 保有国 : フランス共和国, ベルギー王国 分類 : 文化遺産 登録年 : 2023年 登録基準 : (iii) (iv) (vi) 遺産の面積 : 8.7991㎢ バッファ・ゾーン : 300.6122㎢

about

総力戦であった第一次世界大戦

1914年から1918年に、人類史上最初の世界大戦がありました。第一次世界大戦はイギリス・フランス・ロシアを軸とする連合国側と、ドイツ・オーストリアを軸とする同盟国側が衝突した戦争です。この戦争は、主にヨーロッパで展開されましたが、多くの植民地の人たちが徴兵されたことからも、世界大戦の性質を帯びています。また、これまでの戦争は、戦場における兵士たちが戦うという設定でしたが、この戦争では先述した植民地の人たちが徴兵されたり、各国の経済力・工業力・技術力、そして武器工場に従事する女性を含めた国民の全体が戦争に動員されたため、「総力戦」とも呼ばれています。以上のことから、誰もがすぐに終わると考えていたこの戦争は、実に四年間にわたり繰り広げられ、非常に多くの戦死者を出しました。

泥沼化した「西部戦線」

ドイツは東部戦線と西部戦線の両方に軍を派遣し、壮絶な戦いを繰り広げたのですが、中でもフランスとドイツの西部戦線の状況は凄惨なものでした。機関銃の登場により、平地を進行することが非常に危険となり、その結果、穴を掘って地道に進行していく「塹壕戦」が繰り広げられました。そして、この塹壕戦を克服しようと登場した新兵器が、戦車や毒ガスなどでした。その結果、西部戦線の泥沼化が進み、多くの戦死者が出ました。たとえ、機関銃や毒ガスの被害を免れたとしても、雨水が溜まった塹壕の底は非常に冷たく、そこを歩き続ける兵士たちの足は凍傷してしまい、苦しむのです。この凄惨な状況をレマルクが『西部戦線異状なし』で描いており、同作は映画化もされており、1930年制作の映画はアカデミー賞の作品賞などを受賞しています。

犠牲者の一人ひとりを尊重する空間

このような中、西部戦線で非業の死を遂げた全ての人達を弔うために、ベルギーの北部とフランスの東部に大規模な墓地や病院墓地などが築かれました。それまで戦争の死者に関しては、歴史上有名な偉人のみが手厚く埋葬されてきた傾向がありましたが、今回の戦争では兵士として動員された多くの無名の民間人が犠牲になったため、犠牲者一人ひとりが社会的・文化的背景の区別なく、個別に追悼されました。これは歴史上初めてのことであり、これまでの葬送儀礼を大きく変容させました。以降の戦争でも、このやり方が伝統となっていきます。なお、遺体が発見されていない人でも、霊廟や慰霊碑にその名を刻むことが伝統となっています。ベルギーのサン・シンフォリアン軍事墓地、IWGC(帝国戦争墓地委員会)が築いたタイン・コット墓地などが有名であり、これらの共同墓地は戦争の悲惨さを永続的に伝える「記憶の場」として、2023年に世界遺産に登録されました。

アクセス

フランス北部からベルギー西部にかけて139の構成資産からなる。主要な激戦地となったイーペルには、ベルギーの首都ブリュッセルから車で約80分。

執筆協力者PROFILE

京都橘大学・大阪成蹊大学講師/NPO世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。

遺産DATA

分類 : 文化遺産
登録年 : 2023年
登録基準 : (iii) (iv) (vi)
遺産の面積 : 8.7991㎢
バッファ・ゾーン : 300.6122㎢

アクセス

フランス北部からベルギー西部にかけて139の構成資産からなる。主要な激戦地となったイーペルには、ベルギーの首都ブリュッセルから車で約80分。

執筆協力者PROFILE

京都橘大学・大阪成蹊大学講師/NPO世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。