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世界最大級の硝石鉱床の開発
ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群は、チリ北部に位置する、世界で最も乾燥した砂漠のひとつであるパンパ地帯に存在した200以上の硝石精製所を代表する遺構です。1880年から60年以上にわたり、「パンピーノ」と呼ばれるチリ、ペルー、ボリビアから集まった数千人の労働者たちが、過酷な環境の中で世界最大級の硝石鉱床を開発し、農業用肥料である硝酸ナトリウムを生産しました。硝石は18世紀後半に爆薬として欧米に輸出されていましたが、1830年代に肥料としての効果がヨーロッパで発見されると、アメリカやロシア、アルゼンチンやブラジル、キューバなどの地域で需要が高まりました。肥料は北米・南米、ヨーロッパの農地を変革し、チリに莫大な富をもたらしました。しかし、1930年代以降、需要の低下に伴い市場は縮小し、1959年には工場は閉鎖されました。
最も保存状態の良い硝石工場の遺構
世界遺産には、約1.5㎞離れて並ぶ2つの主要な遺構が含まれています。サンタ・ラウラには、硝石加工に使用された産業施設の遺構が残っており、現存する唯一の浸出槽(鉱石を温水に浸し浸出液をつくるための施設)、硝石粉砕機、ヨウ素製造施設などが含まれます。ハンバーストーンには居住区や共同施設など都市的な特徴が見られます。サンタ・ラウラとハンバーストーンの工場は、チリ国民の多くの生活を変え、国に莫大な富をもたらした産業の最も代表的かつ保存状態の良い遺構です。硝石工場は特別に建設された鉄道網によって結ばれており、両工場を結ぶ鉄道の線路跡も含まれています。
労働組合による先駆的な社会的取り組み
硝石工場はチリに莫大な富をもたらした一方、労働者は過酷な共同生活が強いられました。パンピーノは労働条件改善を求めて労働組合を組織し、様々な国から集まった労働者をつなぐ共通の言語を生み出しました。このような創造性、連帯感、そして社会正義を求める先駆的な闘争を通じて、独自の共同体文化「パンピノス文化」が形成されました。産業とともに発展したパンピノス文化は、労働者の子孫を中心とする人々に共有されており、遺産の重要な要素のひとつです。この場所は、パンパス出身者や元労働者、その家族にとって象徴的かつ感情的なつながりを持ち、記念行事の場として今も利用されています。
アクセス
日本からチリへの直行便はない。ダラス、ヒューストン、ロサンゼルス経由でイキケ空港まで30~40時間。イキケ空港から遺産までは45㎞。自由度、快適さを求めるのであればタクシーやレンタカーで、低価格を求める場合は乗り合いバスで移動。現地ツアーもある。
執筆協力者PROFILE
民間企業勤務のサラリーマン。趣味は世界遺産と言語。「リラの僧侶」の名で世界遺産ポッドキャスト「ニュースで読み解く世界遺産」のラジオパーソナリティーを担当。好きな世界遺産はリラの修道院。
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日本からチリへの直行便はない。ダラス、ヒューストン、ロサンゼルス経由でイキケ空港まで30~40時間。イキケ空港から遺産までは45㎞。自由度、快適さを求めるのであればタクシーやレンタカーで、低価格を求める場合は乗り合いバスで移動。現地ツアーもある。
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民間企業勤務のサラリーマン。趣味は世界遺産と言語。「リラの僧侶」の名で世界遺産ポッドキャスト「ニュースで読み解く世界遺産」のラジオパーソナリティーを担当。好きな世界遺産はリラの修道院。
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