構成資産DATA
陸側の脅威に備えた城壁
北の金閣湾と南のマルマラ海を結ぶように、全長約6kmにわたって延びる「テオドシウスの城壁」は、ローマ皇帝テオドシウス2世の治世下の413年に築かれた城壁です。イスタンブル旧市街は三方を海に面していますが、街の西側は陸続きのため攻め入れられる可能性がありました。この弱点を克服するために城壁が建設され、古くは4世紀のコンスタンティヌス1世の時代に遡ります。「テオドシウスの城壁」はさらにその西側にあり、テオドシウス2世の父アルカディウスの治世下にあたる404年頃から建設が始まったようです。城壁は413年に完成しますが、447年の大地震で深刻な被害を受けました。ちょうどそのころ、アッティラ率いるフン族がイスタンブルまで迫っており、わずか60日で城壁の修復作業が行われたと伝わっています。
三重の防御線からなる鉄壁の構造
テオドシウスの城壁は、内城壁、外城壁、壕の三重構造となっており、内城壁と外城壁の間には幅15mほどの通路が設けられていました。内城壁は高さ約12m、厚さは約3~4mで、外城壁は高さ約8m・厚さ約2m、壕の幅は約18mでした。城壁には高さ20mほどの監視塔が50~70m間隔で設けられていたほか、塔を備えた10の主要な門、いくつかの小さな門があり、主門は街の幹線道路とつながっていました。強固な城壁は、1453年にオスマン帝国によって破られるまで、1,000年近く街を守り続けました。

執筆協力者PROFILE
東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
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東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。