about
アドリア海に面した景観の美しい港町
コトルはアドリア海に面したコトル湾に位置する港町です。古くからロヴツェン山という天然の要塞もあったことから、ローマ時代から争奪の対象となってきました。15世紀にヴェネツィア共和国の支配を受けますが、それ以前に建設された聖トリフォン大聖堂や宮殿など中世の面影も色濃く残っています。要塞都市としての景観だけでなく集落や宮殿、修道院、岩山の斜面の段々畑と海の景観とも調和した都市です。コトルは海洋交易によって栄え、何世紀にもわたり芸術活動の中心地であったため、コトルの美術や金細工、建築学校はアドリア海岸の芸術に深い影響を与えました。
コトル支配をめぐる争奪の歴史
港町都市でだけでなく要塞をもつコトルは古くからその支配をめぐり争奪が繰り広げられてきました。紀元前3世紀にはイリュリア人の支配を受けていたコトルはその後、ルーマニア人、ローマ人の支配を受けるようになります。その後は12世紀まで東ローマ帝国の統治を受けます。以後もセルビア国家などの支配を受けます。15世紀からはヴェネツィア共和国の保護下におかれ、18世紀末以降はオーストリア、ロシア、フランス統治下とめまぐるしく支配者が交代し、2006年にモンテネグロの一部になりました。そのため一部の要塞にはそれぞれの支配者期の建築様式がみられ、ヨーロッパの要塞建築でもユニークな例となっています。
地震から復興を遂げた街
コトルは世界遺産に登録された1979年に深刻な地震の被害を受けました。しかし歴史的な建造物や市街地はユネスコの支配下で修復・再建が行われ、建築や都市としての歴史的な価値を保っています。1979年の地震後はこの地域全体の管理は国連開発計画の支援を受け、旧市街と集落の文化遺産の保存、展示、修復プログラムや、資産の特性と矛盾する産業施設の撤去が行われました。
アクセス
ポドゴリツァからバスで2時間、クロアチアのドゥブロヴニクからバスで2時間~2時間半。
執筆協力者PROFILE
筑波大学人文・文化学群人文学類在学。2021年度「世界遺産✕SDGsチャレンジ!」小論文部門、2022年度「世界遺産✕SDGs教員養成プログラム」で最優秀賞。現在は中央アジアを中心とする無形文化遺産の保護や活用について関心がある。
アクセス
ポドゴリツァからバスで2時間、クロアチアのドゥブロヴニクからバスで2時間~2時間半。
執筆協力者PROFILE
筑波大学人文・文化学群人文学類在学。2021年度「世界遺産✕SDGsチャレンジ!」小論文部門、2022年度「世界遺産✕SDGs教員養成プログラム」で最優秀賞。現在は中央アジアを中心とする無形文化遺産の保護や活用について関心がある。
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