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ガンビア川の河口に位置する奴隷貿易の重要拠点
クンタ・キンテ島は、ガンビア共和国の西部、ガンビア川の河口に浮かぶ小さな島です。川の河口に位置することから、水路を制圧するうえで戦略的な要衝となっていました。ガンビア川はアフリカ内陸部に向かうルートとして重要な役割を担っていました。クンタ・キンテ島にはインドへの航路を探る探検家や商人が訪れ、アフリカとヨーロッパの初期の文化交流地の一つとなりました。ポルトガルが地元の支配者から島を1456年までに奪い取り,要塞の建設を始めました。島には15世紀から20世紀にかけてヨーロッパ各国が築いた要塞や、奴隷の収容所などの遺構が残っています。
7つの別々の場所に分かれている遺産群
この遺産には、クンタ・キンテ島の要塞とアフリカ大陸における初期のヨーロッパ人による占領に関連する一連の遺跡が含まれています。この遺産群は7つの別々の場所に分かれており、クンタ・キンテ島全体、クンタ・キンテ島の北の対岸にあるアルブレダ村のポルトガル人礼拝堂と植民地倉庫(CFAO社屋)の遺跡群、ジュフレ村のモーレル兄弟の商館、サン・ドミンゴのポルトガル人入植地の遺跡、そして首都バンジュールにある六連砲台跡とその対岸にあるバレン要塞が含まれています。
奴隷貿易を阻止する目的で建設された遺産群
ガンビア川河口の両岸に位置する六連砲台(1821年建設)とバレン要塞(1827年建設)は,クンタ・キンテ島よりもずっと後に建設されました。これは1807年にイギリスで奴隷制度廃止法が成立し奴隷貿易が違法となった後、奴隷貿易を阻止するという明確な目的のために建てられたものです。これらは、この地域で奴隷貿易を特に阻止するために建設された唯一の防御施設として知られています。クンタ・キンテ島を含むこの地域のほかの要塞は、奴隷貿易を阻止するためではなく、強化や管理の手段として建設されました。六連砲台とバレン要塞の2つの軍事拠点によってイギリスはガンビア川を完全に掌握し、最終的には植民地政府の樹立への道を開きました。
アクセス
日本からバンジュール国際空港への直行便はないため、カサブランカやブリュッセル、アムステルダムなどを経由する必要がある。バンジュール市内には世界遺産の構成資産の一つである六連砲台があるが、観光客の立ち入りは制限あり。バンジュールからフェリーでガンビア川を渡った対岸のバッラには、六連砲台と対をなす構成資産のバレン要塞があり、こちらは見学が可能。さらにバッラからタクシーで東に向かうとアルブレダとジュフレに到着し、ここにも構成資産がある。アルブレダとジュフレの2つの村からはクンタ・キンテ島に渡るツアーがいくつか催行されている。
執筆協力者PROFILE
國學院大学文学部史学科卒。東海大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。文学修士。NPO法人世界遺産アカデミー認定講師。世界遺産検定マイスター。歴史能力検定1級。世界史、世界遺産、ビッグヒストリーに関するさまざまな書籍の執筆・翻訳・監修を手掛けてきた。
アクセス
日本からバンジュール国際空港への直行便はないため、カサブランカやブリュッセル、アムステルダムなどを経由する必要がある。バンジュール市内には世界遺産の構成資産の一つである六連砲台があるが、観光客の立ち入りは制限あり。バンジュールからフェリーでガンビア川を渡った対岸のバッラには、六連砲台と対をなす構成資産のバレン要塞があり、こちらは見学が可能。さらにバッラからタクシーで東に向かうとアルブレダとジュフレに到着し、ここにも構成資産がある。アルブレダとジュフレの2つの村からはクンタ・キンテ島に渡るツアーがいくつか催行されている。
執筆協力者PROFILE
國學院大学文学部史学科卒。東海大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。文学修士。NPO法人世界遺産アカデミー認定講師。世界遺産検定マイスター。歴史能力検定1級。世界史、世界遺産、ビッグヒストリーに関するさまざまな書籍の執筆・翻訳・監修を手掛けてきた。
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