「大政奉還」の舞台となった壮麗な城
二条城は、江戸幕府の初代将軍である徳川家康が、天皇の暮らす京都御所の守護と将軍上洛時の宿泊所とするために、1603年に築いたものです。京都市内にはかつて、織田信長や羽柴秀吉(豊臣秀吉)などが築いた二条城と呼ばれる城もありましたが、現在残っているのは徳川家康が築いた城のみです。江戸幕府3代将軍の徳川家光が大改修を行い、障壁画などに彩られた壮麗な城となりました。1867年には第15代将軍の徳川慶喜が二の丸御殿で政権を朝廷に返上する「大政奉還」の意思を示し、250年以上続いた江戸幕府の時代が幕を閉じました。

江戸幕府の威光を示す障壁画
6棟からなる二の丸御殿は、国内に唯一残る御殿群として国宝に指定されています。約3,600面もの豪華絢爛な障壁画が描かれており、その多くは幕府御用絵師であった狩野探幽が率いる狩野派の絵師たちによって制作されました。来殿者が控える遠侍に描かれた徳川家の権力を示す虎を含む「竹林群虎図」や、将軍と大名が対面する大広間に描かれた巨大な松と鷹が目を引く「松鷹図」、老中が控える式台に描かれた「芦雁図」や「柳鷺図」など、部屋ごとに異なるテーマで障壁画が描かれています。また特別名勝に指定されている二の丸庭園は、二の丸御殿の大広間と黒書院、行幸御殿の三方向から鑑賞できるように石や木々の配置などが工夫されています。

天皇を支える四つの世襲親王家である桂宮家の御殿を受け継ぐ本丸御殿
二の丸御殿の奥には、後水尾天皇が二条城を行幸した際に設けられた本丸御殿があります。1626年に築かれましたが、1788年の大火で焼失しました。現在の建物は、二条城が皇室の離宮になった後、明治天皇が桂宮家の御殿の一部を1894年に移築したものです。明治から大正時代にかけて、天皇の宿泊所として使用されました。江戸時代の障壁画が描かれた木造の御殿に絨毯がひかれ、シャンデリアや電話などの近代的な設備が整えられるなど、近代の宮廷文化を伝える建物となっています。

執筆協力者PROFILE
北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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