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フェニキア人の港町から古代ローマの巨大都市へ
レプティス・マグナは、紀元前10世紀にフェニキア人が築いた古代植民都市レプティスを起源としています。海洋国家カルタゴの衛星都市として発展し、後にローマ支配下では商業・港湾都市として繁栄を極めました。同名の別都市と区別するため、「マグナ(偉大な)」という形容詞を冠したとされています。紀元前146年の第3次ポエニ戦争によるカルタゴの滅亡後、ローマ人の入植が進むと、アウグストゥス帝の時代以降多くのローマ式建築物が建てられ、ハドリアヌス帝の時代には大公共浴場が建設されました。この地出身の皇帝セプティミウス・セウェルスは地中海の海上輸送網を整備し、街はローマの都に匹敵する巨大都市へ成長して、黄金期を迎えました。
セウェルス帝の壮大な都市整備と繁栄
紀元146年にレプティスで生まれ、現在のリビア出身で唯一のローマ皇帝となったセウェルスは、壮大な都市整備を推進しました。商業の中心となる巨大なバシリカや公共広場のフォルムなどは、いずれも彼の時代に建設されています。中でも繁栄を象徴するものが、セウェルス帝の凱旋門です。198年に東方のパルティア王国を破った勝利を記念して建てられ、南北と東西を結ぶ大通りの交差点に立つ四面門で、レプティスの中心を飾る壮麗な建造物として有名です。また、セウェルスは装飾にも強いこだわりを持ち、従来の地味な漆喰を大理石に置き換え、砂岩の代わりにアスワン産の花崗岩を用いたとされています。さらに港湾設備も拡張し、ローマのコロッセウムに送られる猛獣の取引などを通じて、北アフリカ商業の拠点として街を巨大都市へと繁栄させました。
砂に守られた古代都市の危機
7世紀になると、レプティス・マグナはアラブ軍の攻撃によって破壊され、その後は砂に埋もれたまま忘れ去られてしまいました。1921年、当時リビアを統治していたイタリアの考古学者P.ロマネッリが発掘調査を開始し、第2次世界大戦直前には凱旋門や公共浴場、神殿などが発見されました。約千年ものあいだ砂に覆われていたことで、風化を免れて保存状態が極めて良好だったため、数々の遺物の発見は当時の考古学界を大いに驚かせたそうです。しかし、発掘調査後は、沿岸部に位置するため海水の浸食が進み、1987年と1988年には大規模な洪水被害も受けています。さらにリビア内戦や盗掘などの問題も深刻化し、2016年からは危機遺産リストに登録されています。

アクセス
トリポリ市内から車で約2時間。
執筆協力者PROFILE
幼少期に飛行機から見たさまざまな地形や街の姿に魅了され、大学で地理学を専攻。教壇に立つなかで世界遺産の可能性に惹かれ、世界遺産検定マイスターに。気象予報士の資格を持ち、趣味で各地の世界遺産とそこにみられる気候・気象現象との関連を探っている。
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トリポリ市内から車で約2時間。
執筆協力者PROFILE
幼少期に飛行機から見たさまざまな地形や街の姿に魅了され、大学で地理学を専攻。教壇に立つなかで世界遺産の可能性に惹かれ、世界遺産検定マイスターに。気象予報士の資格を持ち、趣味で各地の世界遺産とそこにみられる気候・気象現象との関連を探っている。
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