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後ウマイヤ朝のカリフの離宮があった地
スペイン南部のコルドバ郊外にあるメディナ・アサーラのカリフ都市は、後ウマイヤ朝のカリフであるアブド・アッラフマーン3世によって10世紀半ばに築かれた都市です。アラビア語で「花」を意味するザフラー宮殿は30年以上かけて築かれて、以後数年間は繁栄したのですが、1009~1010年のカリフ制廃止をもたらした内戦によって荒廃しました。以後、人々の記憶から忘れ去られ、都市の遺構が発見されたのは約1,000年後の20世紀初頭でした。約1,000年も忘れ去られていたため、保存状態は良好です。イベリア半島におけるイスラム文明を示す都市遺跡は少なく、非常に価値があると言えます。

カリフによって計画された都市
当時イスラム世界にカリフは3人いたのですが(これを「カリフ鼎立」といいます。)、アブド・アッラフマーン3世はその内の一人で、アッバース朝と盛んな交流を行い、後ウマイヤ朝の全盛期を現出しました。首都コルドバの人口は当時50万人もいたと言われ、その郊外のこの地は富裕層が集まる都市となっていました。先述したザフラー宮殿は東西1,500m、南北700mと非常に広大であり、特にカリフ謁見の間である「リコの間」が有名であり、象牙や黒檀で作られたアーチが並びます。また、都市には水道施設や道路、橋などのインフラが充実しており、現在消滅したアル・アンダルス(イスラム勢力統治下のイベリア半島一帯のことを指す呼称)の繁栄を垣間見ることができます。
アクセス
コルドバから西へ車で約20分。
執筆協力者PROFILE
世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。
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コルドバから西へ車で約20分。
執筆協力者PROFILE
世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。
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