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建物の配置や装飾に現れた王族の価値観
故宮とは「昔の宮殿」という意味です。北京の中心部にある故宮と、中国東北部の瀋陽にある故宮はともに明・清王朝の皇帝が居城とした宮殿の遺構で、かつては紫禁城と呼ばれていました。禁城は一般人が立ち入ることを禁じるということを意味します。北京と瀋陽にある故宮は、15世紀から20世紀にかけて、封建時代後期の中国における国家権力の中心でした。今も残る建築群の配置や設計、装飾など宮殿のさまざまな構成要素の中に、明清時代の王族の生活様式や価値観が反映され、当時の宮廷文化を物語っています。中国の官営建築として最高の技術的・芸術的成果といえる木造建築が保たれていることも高く評価されています。
中国最大の木造建造物が現存する北京の故宮
北京の故宮は、明の永楽帝が造営を開始し、1421年に都を北京に移した際に居城としました。明・清時代の約500年間、計24人の皇帝が居城とし、政治の中枢となりました。東西約750m、南北約960mの広大な敷地には、明代には9,000人の女官、10万人の宦官が住んでいたといいます。敷地は大きく2つに分けられ、南は皇帝が公務を行う外朝、北は居住に用いる内廷とされました。外朝には南から順に太和殿、中和殿、保和殿の3つの建物が並んでいます。太和殿は現存する中国最大の木造建造物で、皇帝の即位や祭礼など重要な行事や儀式が執り行われました。保和殿は1789年以降、科挙の最終試験「殿試」の会場となったことで知られます。内廷は、皇帝のみが使うことを許されていた黄色の瑠璃瓦が葺かれた宮殿や多数の宮院で構成され、当時の華やかな宮廷文化を今に伝えています。
遊牧民族と漢民族の文化が融合した瀋陽の故宮
瀋陽の故宮は、北京の故宮の世界遺産登録から17年後の2004年、世界遺産に追加登録されました。清の前身である後金を建国したヌルハチと後継者ホンタイジにより着工され、1637年に完成しました。清が都を北京に移してからも、王族の離宮として使われていました。建物は中国の宮殿建築の伝統を踏襲しつつも、遊牧民族の住居パオを起源とする八角形の建物も配置するなど、清のルーツとなる遊牧民族の文化や建築技術が融合しているのが特徴です。皇帝のための祭祀場もあり、数百年にわたり遊牧民族が実践してきたシャーマニズムの風習の名残を感じさせます。
アクセス
北京の故宮へは北京市内の地下鉄「天安門東駅」または「天安門西駅」で下車。瀋陽の故宮へは北京駅から瀋陽北駅まで高速鉄道で5時間弱。地下鉄を乗り継ぎ、「中街駅」または「懐遠門駅」で下車。
執筆協力者PROFILE
文化遺産や美術工芸を自身のテーマに関西や北陸、四国で長年取材・執筆。アンコールやマヤなど海外の遺跡取材や、「世界遺産ポンペイの壁画展」などの展覧会運営にも携わった。国内唯一の点字新聞でデスクを担った経験から、世界遺産のアクセシビリティーにも関心を持つ。
アクセス
北京の故宮へは北京市内の地下鉄「天安門東駅」または「天安門西駅」で下車。瀋陽の故宮へは北京駅から瀋陽北駅まで高速鉄道で5時間弱。地下鉄を乗り継ぎ、「中街駅」または「懐遠門駅」で下車。
執筆協力者PROFILE
文化遺産や美術工芸を自身のテーマに関西や北陸、四国で長年取材・執筆。アンコールやマヤなど海外の遺跡取材や、「世界遺産ポンペイの壁画展」などの展覧会運営にも携わった。国内唯一の点字新聞でデスクを担った経験から、世界遺産のアクセシビリティーにも関心を持つ。
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