ツェツィーリエンホーフ宮殿
皇太子夫妻の住居として、イギリスのカントリーハウス様式で建てられた宮殿

最後のドイツ皇帝が長男夫妻のために建てた宮殿

ホーエンツォレルン家が築いた最後の宮殿であるツェツィーリエンホーフ宮殿は、1913年に着工し、第一次世界大戦の只中であった1917年に完成しました。これはドイツ帝国最後の皇帝ヴィルヘルム2世が、自身の長男であるヴィルヘルム皇太子とツェツィーリエ妃のために建設させたものです。建築家パウル・シュルツェ=ナウムブルクが設計しました。英国の田園地帯にたたずむ別荘のような趣の宮殿は、レンガや木材などの伝統的な素材が使われ、周りの自然環境にも調和した外観となっています。

ツェツィーリエンホーフ宮殿
複数の棟が中庭の周囲に分散し、宮殿の巨大さが分かりにくくなっている(©Mario Hagen/Adobe Stock)

四季を問わずに滞在可能な設備とこだわりが詰まった部屋

5つの中庭を囲むスタイルで176の部屋が配置されているツェツィーリエンホーフ宮殿は、プロイセンの宮殿のなかでも、最も近代的な建物です。四季を問わず滞在できるように設計された館内には、電話回線や高度な温水暖房設備も備えられていました。宮殿の上階にある皇太子夫妻の居室からは、20世紀初頭における貴族の生活文化をうかがい知ることができます。船に強い愛着を抱いていたというツェツィーリエ妃のための、客船のキャビンをモチーフにした部屋などもあります。また、皇太子専用の広々としたバスルームは、壁一面がビレロイ&ボッホ製のダークブルーのタイルで覆われています。床に埋め込まれた石灰岩のバスタブの上には、ニンフを描いたマヨリカ焼きのレリーフがあしらわれており、当時のまま保存されています。

中庭に設置されたソ連の象徴―赤い星を模した花壇

ツェツィーリエンホーフ宮殿は、第二次世界大戦の戦勝国によるポツダム会談が開催された場所として知られます。会談の開催に伴い、宮殿の主要な部屋では調度品が整えられ、「名誉の庭」と呼ばれる中庭には、ソ連の象徴である赤い星を模した花壇が設置されました。会談は1945年7月17日から8月2日まで行われ、「ビッグ・スリー」と呼ばれた、米国大統領トルーマン、英国首相チャーチル(のちに後継のアトリーに交代)、ソ連の最高指導者スターリンが集結しました。この会談は、第二次世界大戦終結のための決定的な条件を整えただけではありません。その後のヨーロッパにおける分断、ベルリンの壁の建設へとつながる東西冷戦の始まりを象徴する歴史的舞台となりました。

会議室
ポツダム会談が行われた会議室(©Mirek/Adobe Stock)

 

執筆協力者PROFILE

記者(フリーランス)/NPO法人世界遺産アカデミー認定講師

北海道出身。高校時代にAFSでタイ王国へ交換留学。その後、同志社大学へ進学し、卒業後は専門紙記者として10年働いたのち、一般メディアで編集および取材活動に従事。世界遺産検定マイスター。特に好きな分野は、一神教などの宗教・信仰関連遺産。趣味は華道。

執筆協力者PROFILE

記者(フリーランス)/NPO法人世界遺産アカデミー認定講師

北海道出身。高校時代にAFSでタイ王国へ交換留学。その後、同志社大学へ進学し、卒業後は専門紙記者として10年働いたのち、一般メディアで編集および取材活動に従事。世界遺産検定マイスター。特に好きな分野は、一神教などの宗教・信仰関連遺産。趣味は華道。