about
翡翠と黒曜石の交易によって繁栄した都市国家
キリグアは、グアテマラ東部のホンジュラス国境近くにあるマヤ文明の都市遺跡です。紀元200年頃に、マヤの都市国家コパンの影響を受けて建設されたと考えられています。マヤ古典期の時代、この地域では金や銀などの金属が存在せず、特に翡翠は最高価値の宝石として珍重されており、周辺のモタグア川渓谷では翡翠や黒曜石が大々的に採掘されていました。そのため、キリグアは翡翠と黒曜石をほぼ独占し、カリブ海沿岸地域との交易で大いに繁栄しました。
石碑に刻まれた歴史
キリグアが最も繁栄し、芸術や建築が絶頂に達したのは8世紀頃、カック・ティリウ王の時代と考えられています。この時期に都市の大改造が進められ、ピラミッドや神殿、宮殿、球戯場などが、祭祀用の広場を囲むように次々と建設されました。しかし、現在はこれらの建造物は森に埋もれ、遺跡で目立つのは10基あまりのステラ(石碑)で、それらは地面から垂直にそびえ立ち、当時の栄華を伝えています。金属の工具を使わずに彫られた石碑には象形文字が細部まで刻まれ、重要な暦日や日食などの天文現象、マヤ神話の場面、政治的・社会的出来事などが記録されています。こうしたことから、キリグアの石碑はマヤ文明研究に欠かせない非常に貴重な資料となっています。中でも「石碑E」は高さ10.6mに達し、マヤ文明最大の石碑として知られています。

バナナプランテーションの時代を経て
9世紀半ばに衰退したキリグアはその後、1841年にフレデリック・キャザーウッドとジョン・L・スティーブンスによる旅行記の出版によって、遺跡の存在が世界に知られることとなりました。保存活動の開始は、ラテンアメリカにおいてバナナ栽培や流通を拡大させていたアメリカ合衆国の巨大多国籍企業「ユナイテッド・フルーツ社(現在のチキータ・ブランズ・インターナショナル社)」が、1910年に地域一帯をバナナプランテーション用地として購入したことがきっかけでした。遺跡は現在もバナナ農園の隣にありますが、好景気に沸いた当時の面影は少なく、ひっそりとした自然公園となっています。
アクセス
グアテマラ・シティ市内から車で約4~5時間。
執筆協力者PROFILE
幼少期に飛行機から見たさまざまな地形や街の姿に魅了され、大学で地理学を専攻。教壇に立つなかで世界遺産の可能性に惹かれ、世界遺産検定マイスターに。気象予報士の資格を持ち、趣味で各地の世界遺産とそこにみられる気候・気象現象との関連を探っている。
アクセス
グアテマラ・シティ市内から車で約4~5時間。
執筆協力者PROFILE
幼少期に飛行機から見たさまざまな地形や街の姿に魅了され、大学で地理学を専攻。教壇に立つなかで世界遺産の可能性に惹かれ、世界遺産検定マイスターに。気象予報士の資格を持ち、趣味で各地の世界遺産とそこにみられる気候・気象現象との関連を探っている。
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