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西ローマ帝国の滅亡時に首都であった街
ラヴェンナはアドリア海に面した、フィレンツェの北東100㎞ほどの場所にある港町です。西ローマ帝国皇帝のホノリウスが、402年にローマからラヴェンナに遷都して繁栄が始まりました。476年の西ローマ帝国滅亡後は、ゲルマン王オドアケルや東ゴート王国の支配を経て、540年にビザンツ帝国の支配下となり、総督府が置かれて重要な拠点となりました。とりわけ、ユスティニアヌス帝とその皇后のテオドラは、ラヴェンナに強い思い入れを持ち、街に繁栄をもたらしました。
「色彩のシンフォニー」を奏でるモザイク装飾
4世紀末にローマ帝国でキリスト教が国教とされてから、各地で聖堂の建設が進められました。ラヴェンナでも聖堂や霊廟が建設されて、5~6世紀に建造された建築物が数多く残されています。サン・ヴィターレ聖堂をはじめ、サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂、ガッラ・プラチディア霊廟など、8つの建造物が世界遺産に登録されています。これらの初期キリスト教建築物の特徴は、イタリアの詩人ダンテが「色彩のシンフォニー」と評したモザイク装飾です。モザイクは、建物内部の壁や天井に、色大理石や色ガラスの小片を並べて図、像、模様を表すもので、これらの文化芸術は5~6世紀のラヴェンナで頂点に達したとされています。

モザイク美術の傑作が見られる聖堂
サン・ヴィターレ聖堂は、547年にビザンツ帝国のユスティニアヌス帝により建てられました。初期キリスト教建築の特徴の一つである八角形の平面を持つ集中式の聖堂です。内部には精緻なモザイク装飾が見られ、曲線文様が多用されています。建物中央の内陣天井には、子羊を中心に4人の天使の姿が見られます。後陣には、全世界を表すとされる青い球に座る青年キリストが、天使と並んで描かれています。また後陣左下には、紫色のマントを着たユスティニアヌス皇帝のモザイク壁画があり、司教や従臣たちとともに描かれています。
アクセス
フィレンツェから列車で約1時間ボローニャ着。ボローニャから列車で約1時間半でラヴェンナ着。
執筆協力者PROFILE
米国総合化学会社の日本法人にて海外人事部門などで40年間勤務した後、筑波大学大学院人間総合科学研究科世界文化遺産学専攻の博士課程を修了。博士(世界遺産学)。日本造園学会会員。日本シルク学会会員。元大東文化大学国際関係学部非常勤講師。
アクセス
フィレンツェから列車で約1時間ボローニャ着。ボローニャから列車で約1時間半でラヴェンナ着。
執筆協力者PROFILE
米国総合化学会社の日本法人にて海外人事部門などで40年間勤務した後、筑波大学大学院人間総合科学研究科世界文化遺産学専攻の博士課程を修了。博士(世界遺産学)。日本造園学会会員。日本シルク学会会員。元大東文化大学国際関係学部非常勤講師。
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