サンティアゴ・デ・クーバのサン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城
断崖上の要塞は、スペインが主にイングランドの侵攻から防衛する目的で建設した

遺産DATA

地域 : 中米・カリブ海 保有国 : キューバ共和国 所在地 : Provincia de Santiago de Cuba 分類 : 文化遺産 登録年 : 1997年 登録基準 : (iv) (v) 遺産の面積 : 0.9388㎢ バッファ・ゾーン : 1.5199㎢ 座標 : N19 58 6.406 W75 52 13.6

about

スペインの海軍力低下と要塞建築の背景

1588年、無敵艦隊を有していたスペインは、イギリスとのアルマダ海戦で歴史的大敗を経験します。それまで海上で圧倒的優位を誇っていましたが、この敗北を機に両国の軍事バランスは逆転します。その影響はカリブ海にも波及し、スペイン王フェリペ2世による植民地防衛強化策の一環として、1590年~1610年にキューバ東部の拠点であるサンティアゴ・デ・クーバ湾口の岬(スペイン語で「モロ」)に三角堡(ラヴリン)と砲台が建設されました。17世紀にイギリスがアメリカ大陸で植民地政策の展開を進め、スペインと対立が深まる中で、サンティアゴ・デ・クーバの総督ペドロ・デ・ラ・ロカ・イ・ボルハは、既存の三角堡の地に石造要塞の建設を開始しました。この要塞建築にはイタリアの軍事建築家フアン・バウティスタ・アントネッリも参加したので、ルネサンス様式を基本とした堅牢さと機能美を備えた要塞が建てられました。それが、断崖上に建設されたサン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城です。城の名前は総督に由来しています。

サン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城の行く末

要塞の建設には莫大な年月と費用がかかり、それ故に難攻不落の堅牢な要塞として有名となりました。1662年にはイギリス軍の襲撃で一部が破壊されましたが、その後大規模に拡張され、フランス軍や海賊の攻撃を退けました。1675年、1678年、1679年に起きた三度の地震により大きな被害を受けるも再建され、ついに1747年にはイギリスの攻撃を撃退することに成功しています。サン・ペドロ・デ・ラ・ロカ城は、修復されるごとに堅固さを増し、緻密に設計された要塞や弾薬庫、堡塁、砲台などが増築されていったのです。18世紀末からこの城は牢獄として利用されるようになり、現在は「海賊博物館」として内部は公開されています。スペインが新大陸に築いた軍事建築のなかで、最も完全で保存状態の良い要塞となっています。

アクセス

首都ハバナのホセ・マルティ国際空港から、サンティアゴ・デ・クーバのアントニオ・マセオ国際空港まで、飛行機で約1時間30分。空港から車で約10分。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。

遺産DATA

所在地 : Provincia de Santiago de Cuba
分類 : 文化遺産
登録年 : 1997年
登録基準 : (iv) (v)
遺産の面積 : 0.9388㎢
バッファ・ゾーン : 1.5199㎢
座標 :N19 58 6.406 W75 52 13.6

アクセス

首都ハバナのホセ・マルティ国際空港から、サンティアゴ・デ・クーバのアントニオ・マセオ国際空港まで、飛行機で約1時間30分。空港から車で約10分。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。