スプリトのディオクレティアヌス帝の宮殿と歴史的建造物群
軍人皇帝ディオクレティアヌス(在位:284~305年)が建造させた宮殿

遺産DATA

地域 : ヨーロッパ 保有国 : クロアチア共和国 所在地 : County of Split-Dalmatia 分類 : 文化遺産 登録年 : 1979年 登録基準 : (ii) (iii) (iv) 遺産の面積 : 0.208㎢ 座標 : N43 30 32 E16 26 21

about

ディオクレティアヌス帝の隠居の地

クロアチア南部の港町スプリトには、ローマ皇帝ディオクレティアヌス帝(在位:284〜305年)が退位後に余生を過ごした宮殿が存在しました。ディオクレティアヌスは、軍人皇帝時代を終結させた後に専制君主政を始め、またローマ帝国最大かつ最後のキリスト教徒迫害を行ったことで知られている人物です。305年に帝国の再建を見届けると、故郷サロナ近郊のスプリトに造営していた宮殿に移り住みました。東京ドーム3分の2ほどの大きさを誇る広大な宮殿に、ディオクレティアヌスは11年間過ごしたと言われていますが、没後は帝国の衰退とともに宮殿は放置されました。

宮殿の中につくられた街

ディオクレティアヌスの死から数百年を経た7世紀、スプリトの近くの町サロナ(現ソリン)は、スラヴ人など異民族の攻撃で甚大な被害を受けました。サロナの人々はスプリトへと逃れ、廃墟となっていた宮殿の敷地内に住み始めました。宮殿の石材を使用して住居や商店を建て、11世紀には宮殿の城壁外にも拡大しました。スプリトではローマの遺跡の上に、ゴシックやルネサンス、バロック様式の建物が築かれ、いくつもの建築様式が融合した街並みが見られます。

1,700年の歴史を伝える建造物

宮殿内には約1,700年間の歴史を物語る建造物が残されています。宮殿の中心に位置する聖ドムニウス大聖堂は、9世紀にディオクレティアヌスの霊廟を教会に転用したものです。一説には、キリスト教迫害を行っていたディオクレティアヌスへの仕返しとして、教会にしたのではないかと言われています。また宮殿の地下室は、食料やワインを貯蔵するためにつくられましたが、中世以降はごみ捨て場として利用されていました。ユピテル神殿はローマ帝国の最高神を祀るために建てられ、後に洗礼者ヨハネを祀る洗礼堂に改築されました。神殿の前のスフィンクスは、ディオクレティアヌスがエジプトからスプリトまで運んできたものと言われています。

アクセス

ザグレブ国際空港からスプリト国際空港まで飛行機で約45分。そこから車で30分。

執筆協力者PROFILE

藤井 翼
藤井 翼
NPO法人世界遺産アカデミー認定講師

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。

遺産DATA

所在地 : County of Split-Dalmatia
分類 : 文化遺産
登録年 : 1979年
登録基準 : (ii) (iii) (iv)
遺産の面積 : 0.208㎢
座標 :N43 30 32 E16 26 21

アクセス

ザグレブ国際空港からスプリト国際空港まで飛行機で約45分。そこから車で30分。

執筆協力者PROFILE

藤井 翼
藤井 翼
NPO法人世界遺産アカデミー認定講師

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。