about
近郊で採れる銀の管理地として建設された街
南米大陸の中央部にある「ボリビア多民族国」。憲法上の首都であるスクレは、同国の中南部、標高2,600mの高原盆地にあります。この街の起源は、スクレから130㎞ほど離れた、ポトシ銀山と関係しています。銀が生み出す富にあやかろうとポトシに入植してきたスペイン人たちは、1538年、ポトシよりも標高が低く過ごしやすいスクレを銀の管理地としました。実は、スクレは当初からこの地名だったわけではなく、当時の地名は「新トレドの銀の街」を意味する「シウダード・デ・ラ・プラタ・デ・ラ・ヌエバ・トレド」でした。その後も「チュキサカ」「チャルカス」と、その名称を何度か変えてきました。
ヨーロッパの建築様式と地域独自の伝統が融合
ポトシ銀山の隆盛もあり、スクレは、文化や宗教の中心地へと変貌を遂げていきます。1552年には司教座都市に指定され、さらに1624年にはイエズス会によって「サン・フランシスコ・ハビエル大学」がつくられました。これはアメリカ大陸で、最も古くからある大学のひとつです。スクレで最も古いサン・ラサロ教会など16世紀の宗教建築は、ヨーロッパからもたらされた建築様式と、この地域独自の伝統が融合した独特なスタイルになっており、植民地時代の雰囲気を今に伝えています。
国の独立へと導いた「自由の家」
1825年にボリビアはスペインから独立を果たすと、この街は、初代大統領の名にちなんで、スクレに改称されます。独立宣言の調印が行われた「自由の家」は、この国で最も重要な歴史的建造物とされています。国会をはじめとする政治・行政機関は1900年にラパスに移転しましたが、最高裁判所だけは今もスクレに残っています。ボリビアの歴史を背負ったこの古都を、スクレの人々は「白い街」と呼びます。条例で建物の外観を白く塗装することが義務付けられているからで、それによって当時の街並みが現在に受け継がれています。
アクセス
ラパスからスクレのフアナ・アスルドゥイ・デ・パディーリャ空港まで飛行機で約45分。同空港から市内まではコレクティーボ(乗り合いバス)かタクシー。
執筆協力者PROFILE
北海道出身。高校時代にAFSでタイ王国へ交換留学。その後、同志社大学へ進学し、卒業後は専門紙記者として10年働いたのち、一般メディアで編集および取材活動に従事。世界遺産検定マイスター。特に好きな分野は、一神教などの宗教・信仰関連遺産。趣味は華道。
アクセス
ラパスからスクレのフアナ・アスルドゥイ・デ・パディーリャ空港まで飛行機で約45分。同空港から市内まではコレクティーボ(乗り合いバス)かタクシー。
執筆協力者PROFILE
北海道出身。高校時代にAFSでタイ王国へ交換留学。その後、同志社大学へ進学し、卒業後は専門紙記者として10年働いたのち、一般メディアで編集および取材活動に従事。世界遺産検定マイスター。特に好きな分野は、一神教などの宗教・信仰関連遺産。趣味は華道。
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