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ローマとキリスト教が融合したドイツ最古の都市
ドイツ西部、モーゼル川沿いに位置するトリーアは、1世紀にローマのアウグスティヌス帝が建設した植民都市を起源とし、次の世紀の初めには大きな交易都市として発展しました。3世紀末にはテトラルキア(四分統治)の首都の一つとなり、「第二のローマ」と呼ばれました。アルプス以北で、これほど多くの重要なローマ建築物やローマ時代の遺構が集中して残されている場所は他になく、その規模と質は、ローマ文明の卓越した証拠です。後期古典時代には、トリーアはローマ帝国最大級の都市の一つであり、ガリア、ゲルマニア、ブリタニア、ヒスパニアの長官府が置かれ、ディオクレティアヌス帝の改革後には西方帝国の副帝(カエサル)の座所となりました。
圧倒的なコンスタンティヌス帝時代の巨大建造物の数々
1〜2世紀に建設された建造物(モーゼル橋、バルバラ浴場、ポルタ・ニグラ、イーゲル円柱)は、商業都市としての繁栄を示しており、そこからライン川沿いの駐屯地や要塞へ物資が供給されていました。一方、コンスタンティヌス帝時代の巨大建造物(帝国浴場、アウラ・パラティナ、大聖堂)は、帝国の威力の壮大さと、古典時代の終焉前に西方から最後に発せられた世界支配の主張を象徴しています。この主張は、帝国の新首都コンスタンティノープルに引き継がれ、トリーアもローマもその地位を譲ることとなりました。古典時代から残る建造物のうち、少なくとも二つは他に類例がありません。ポルタ・ニグラは、その保存状態と建築構造(要塞と宮殿建築の特徴を併せ持つ点)において、他のローマ都市門には見られない独自の存在です。中世には珍しい二重教会へと改築されたことも、西洋史の象徴としての価値を高めています。煉瓦造りのバシリカは、その簡潔な造形と古典時代最大級の内部空間によって、ローマ帝国の権力と「帝国の座(sedes imperii)」を体現していました。西方世界で最も古い教会建築の一つである大聖堂は、コンスタンティヌス帝がキリスト教を公認・保護した時代以来、キリスト教信仰の証人であり続けています。その建築は古典・中世・近世のあらゆる時代の要素を統合していますが、常に創建時の壮大な構想を基調としています。大司教たちの墓所は12世紀から18世紀末までほぼ途切れずに続き、ロマネスクの仕切り壁、ルネサンス様式の説教壇、バロックの大理石祭壇のいくつかは、それぞれの時代を代表する彫刻作品です。聖母教会は、フランス国外で建てられた最初のフランス高ゴシック様式の教会です。その様式の純粋さ(わずか30年で完成)と、部分的な先例はあったものの完全な原型が存在しなかった「段階的に広がる中央空間をもつバシリカ型」の設計を一貫して実現した点により、ゴシック建築における集中式構成の最も完璧な例とされています。
アクセス
日本より直行便でフランクフルト空港まで12時間、フランクフルト空港よりドイツ鉄道(DB)でトリーア中央駅までマインツまたはゴブレンツ経由で2時間半~3時間。各構成資産までは徒歩圏内でアクセス可能。
執筆協力者PROFILE
民間企業勤務のサラリーマン。趣味は世界遺産と言語。「リラの僧侶」の名で世界遺産ポッドキャスト「ニュースで読み解く世界遺産」のラジオパーソナリティーを担当。好きな世界遺産はリラの修道院。
アクセス
日本より直行便でフランクフルト空港まで12時間、フランクフルト空港よりドイツ鉄道(DB)でトリーア中央駅までマインツまたはゴブレンツ経由で2時間半~3時間。各構成資産までは徒歩圏内でアクセス可能。
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民間企業勤務のサラリーマン。趣味は世界遺産と言語。「リラの僧侶」の名で世界遺産ポッドキャスト「ニュースで読み解く世界遺産」のラジオパーソナリティーを担当。好きな世界遺産はリラの修道院。
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